第12話 坊主とミャー子
期末テストが終わった。
ホームルームを終えたあとの教室にはまばらな生徒たち。
私は周りを気にしつつ、部室に行こうと席を立った唄子を引き止めた。
「ねえ、部室に行く前に相談したいことがあるんだけど」
あらたまった感じの私に、唄子は特に表情を変えることもない。
「ミャー子のこと?」
「うん。まあね」
どうやら唄子は私がそのことで頭を痛めていることを察していたみたいだ。
前置きは無しにして、私は頭の中に居座る悩みを素直に打ち明けた。
「明日から十二月でしょ。コータとミャー子さ、このままじゃマズいと思うんだ」
「そうね。人形劇があるものね」
そう。人形劇があるのだ。
人形劇は人形のスケールで物語が進行していく関係上、その舞台裏は結構狭苦しい。
白雪姫では最大で八体の人形を登場させる場面があり、その裏では四人の人間が両手を上げてひしめき合う形になる。
普段から坊主に近づくのも嫌そうなミャー子が、人形劇の時だけ康太と肩を並べることができるのだろうか。
見ている限り、到底無理だろうとしか思えない。
「今のうちに二人を何とかしておきたい。彩夏はそう考えているのね」
「まあ、二人というよりもミャー子が問題なんだけど」
康太については特に何の問題も無い。
むしろ、坊主嫌いのミャー子に何とか寄り添おうと積極的に努力している様子が伺える。
しかし、ミャー子の坊主嫌いは結構根深い。
ミャー子の家は、彼女以外は男ばかりの五人家族で、父親と三人の兄は坊主で野球馬鹿。食卓を囲めば野球の話ばかりで、さらには応援している球団がみんな違うせいで、いつも何かと揉めているそうだ。
母親がいないので普段からミャー子は家事をしている。そして家族経営の中華料理店が忙しいときには店の手伝いをさせられ、さらに男どもは当然のように家事を手伝わないので、そういった所でも坊主たちと日々喧嘩しているのだそうだ。
つまるところ、普段から坊主でストレスを溜めているミャー子は、学校でも坊主に出くわす度に過剰に拒絶反応を起こしてしまうのだった。
「山田君というよりは坊主が良くないんだよね」
「まあ、野球をやってる汗臭い坊主の男子が駄目なのよね」
「全部当て嵌まってるのよね……」
唄子は腕を組んで目を閉じるとウーンと唸った。
何か問題があれば予め解決案を用意している唄子には珍しいと言えた。
「唄子も名案はないみたいだね」
「うん。私もこのことは色々考えてたんだけど、本当にいい解決法が浮かばなくって」
秀才の唄子でもこの件に関してはお手上げのようだ。
それから唄子は取り敢えず思いつくことをひととおり並べていった。
「少し髪を伸ばすってのはやっぱり駄目なんだよね」
「うん。野球部の規則で坊主って決まってるみたい」
「野球やめてボランティア部に専念するとか?」
「いや、どっちかと言えば、あっちがメインだから」
「制汗剤で汗の匂いを完全に消すとか」
「まあ、今でも一応その辺は気を遣ってるらしいよ」
といった感じでどうもパッとした案が浮かんでこない。
やがて唄子は、眉間に皴を寄せたまま苦し紛れの妙案を捻り出した。
「……実は山田君、ああ見えて女の子だったとか……」
「いや、どう考えても無理があるでしょ……」
それからまたしばらく唄子と意見を出し合ったけれど、これといった名案は出てこなかった。
それでも苦し紛れに私たちは一つの方向性を決めた。
「よし。今日から、仲が改善されるまで二人にはペアで行動してもらいましょう」
そう二人で決めてはみたものの、唄子はやや気が重そうだった。
「ミャー子、嫌がるだろうな」
「仕方ないよ。これしか思いつかないし」
時計に目をやると、そろそろ部活開始の予鈴が鳴る時間だった。
私たちは二人でため息を吐きつつ席を立つと、教室を後にした。
久しぶりの部室には四人の部員が集まった。
新入部員のミャー子だけではなく、野球部と兼部している康太もいるので丁度おあつらえ向きだった。
あとは二人でペアを組ませれば良いだけだ。
「えー、今日はテスト期間中お休みしていた清掃活動を行います」
今日の活動内容を伝えて、取り敢えず私たちは校舎を出た。
校門を抜けて、坂を下って県道に出ると、ミャー子は私と唄子の手をギュッと握ってきた。
「二週間ぶりの部活ですね。ミャー子、今日も頑張ります」
「えっと、そのことなんだけど……」
意気込みを見せたミャー子に、私はちょっと申し訳ないと思いつつ、唄子と決めていたことを実行に移した。
「今日は私と唄子は右側を掃除していくから、コータとミャー子は左側をお願いできるかな?」
「えっ?」
今聞いたことが理解できなかったみたいで、ミャー子は首を傾げた。
「いや、だから今日は四人いるし、二手に分かれた方が早いかなーって……」
ちょっと尻込みしてしまった私を、唄子が援護する。
「そうそう。効率もいいし、楽しくお喋りしながら道を綺麗にしていこうよ」
すると、ミャー子は頬をプッと膨らませた。
「そんな、あんまりです。ミャー子は先輩たちと一緒がいいです」
絶対に抗議されると予想していたのでこれは想定内だ。
私はやや猫なで声でミャー子の機嫌を取るように説得を続ける。
「まあまあ、そう言わずに。一応コータも先輩なわけだし……」
「坊主はヤです。ミャー子は彩夏先輩と唄子先輩がいいです」
清々しい程はっきり言った。
康太はやや困り顔で肩をすくめる。
「いい、ミャー子、ボランティアは人を選んでは駄目。ミャー子だってボランティア部のメンバーでしょ。確かにコータはミャーコの苦手な、男子で野球部で汗臭い坊主だけど、そこはボランティア部の一員として前向きに頑張ろうよ」
言ってしまってから口を滑らせたことに気付いて康太に手を合わす。康太は気にしてないと手を振ってくれたけどちょっと傷ついていそうだった。
一方ミャー子は腕を組んだまま、康太に渋い顔を向けている。
「わかりました。ではゴミ拾いの間だけ妥協します」
もっと駄々をこねると思っていたので内心ほっとした。
気が変わらないうちにと、私たちは早速作業に取り掛かった。
「大丈夫かな、あの二人」
「まあ、様子を見ましょう」
私と唄子は険悪な二人を気にしつつ清掃活動を始めたのだった。
試験前と試験期間中は部活を行えなかったので、県道での清掃活動は二週間ぶりだった。
いつもより時間をかけてゴミを拾い終えて、別行動をしていた二人と合流すると、私たちと同じようにビニール袋がかなり膨らんでいた。
「けっこういっぱいあったんだね」
康太は膨らんだゴミ袋を軽く振って見せる。
「うん。ペットボトルがけっこう多くって。でも花山さんが頑張ってくれたんだ」
ちょっと褒められたミャー子が少し誇らしげに胸を張る。
「まあ、あれですよ。私もボランティア部の一員ですから。お二人も遠慮せずミャー子を誉めて下さい」
「よしよし。偉い偉い」
唄子が頭を撫でてやっている間に、私は康太にそっと尋ねる。
「それで、どうだった? ちょっと仲良くなれた?」
「いや、全く。一言も口利いてくれなかった」
ゴミ拾いは頑張ったみたいだが、どうやらスタンドプレーだったようだ。
この感じでは、まだまだ道のりは遠く険しそうだ。
「そう……まあ千里の道も一歩からって言うし、このまま頑張って」
「まあ努力はしてみるよ……」
清掃活動におけるゴミの収穫はあったが、坊主とミャー子の関係性には進展がなかった。
ちょっと残念な気分で、また学校に戻ろうとした時だった。
「あれ?」
唄子が足を止めたので私も立ち止った。
「どうしたの? 唄子」
「あれってもしかして」
唄子が指さした先には、手を振って歩いて来る人影があった。
「おばあちゃん?」
その姿には見覚えがあった。
地震の時に被災して、いっとき体育館に避難していたおばあちゃんだった。
私たちはゴミ袋を持ったまま、手を振る人影に向かって小走りに駆け出した。
「おばあちゃん、戻って来てたんですか?」
「ああ、先週にね。自治体から家の清掃が終わったって連絡があって」
後から追いついてきたミャー子が、私の袖を引っ張って来る。
「えっと、どなたですか?」
「ああ、この近所に住んでるおばあちゃん。地震で家に水が入ってしばらく東京に行ってたの」
地震に付随した津波で家の中に海水が浸水してしまい、おばあちゃんはしばらく東京の息子夫婦の家で生活していた。
順番待ちだった自治体の清掃活動が終わり、こうして戻ってきたのだ。
「東京の方はもういいんですか?」
「あんまり都会は水が合わなくってね。こっちの方が私には合ってるみたいだよ」
話をしながら、おばあちゃんは後から現れたミャー子のことが気になっている感じだ。
「それより、少し見ない間に一人増えたみたいだね」
「はい。新入部員が先月入部してくれて」
「そうかい。それは良かったねえ」
それからおばあちゃんは以前と同じように、手に持っていたビニール袋からゴソゴソと紙パックのジュースを取り出した。
「いつもありがとうね。差し入れだよ」
県道沿いのいつもの公園で、私たち四人はおばあちゃんから貰ったジュースを頂いていた。
おばあちゃんは久しぶりに会った私たちに、東京に行ってからのことを楽し気に語った。
「孫が二人いて、男の子だからもう五月蠅くって。ずいぶん相手をさせられたよ」
賑やかだった東京の生活から戻ってきた彼女は、またここで一人暮らしをしていく。
穏やかで静かな生活と、賑やかな家族のいる生活。
望んでここに戻ってきたのかどうか私には分からないけれど、おばあちゃんの表情はとても穏やかだった。
「やっぱり私の故郷はここなんだね」
それからもう少しだけおばあちゃんと話をしてから私たちは公園を出て、学校への坂道を辿り始めた。
下校する生徒たちとすれ違いながら私たちは坂を上がっていく。
お喋りしながら坂を下る生徒たちの顔は、テストが終わったからなのか皆楽し気だ。
校門が見えて来た時、隣を歩いていたミャーコが何故かいきなり駆け出した。
「なにしてんのよ、あんたたち!」
二人連れの男子生徒に向かってミャー子はいきなり噛みついた。
多分同じクラスなのだろう。男子生徒はいかにも面倒くさそうな顔でミャー子から視線を逸らせた。
「見てたわよ。あんたたち、今そこにゴミを捨ててたでしょ!」
私は気付いていなかったが、ミャー子の指さした茂みの奥にはジュースを飲んだ後の紙パックが捨てられてあった。
「あんたたちみたいなのがいるから、ゴミが無くならないのよ!」
きつく糾弾するミャー子に、最初面倒くさそうな顔をしていた男子生徒が態度を変えた。
「なんだよ。おまえだって前は捨ててただろ」
「私はそんなことしないわ」
「いいや、してたね。小学校の時にポイ捨てしてた」
どうやらこの男子生徒とは小学校の時から面識があるみたいだ。
反論されたミャー子は肩を怒らせて、さらに食って掛かる。
「いつの話よ。いいから今捨てた紙パックをちゃんとゴミ箱に捨てなさいよ」
からかってやろうとでも思ったのか、男子生徒は憤慨するミャー子に向かってつまらない皮肉を浴びせた。
「おまえボランティア部なんだろ。丁度ゴミ拾いしてたみたいだし、ついでに拾えばいいだろ」
「何ですって!」
掴みかかりそうな勢いで詰め寄ろうとしたミャー子を私が止めようとした時だった。
「これは君たちが捨てたんだよね」
康太は茂みの奥に手を伸ばして紙パックを掴むと、二人に確認を取った。
一年生の二人は先輩の登場に、ややバツが悪そうに頷く。
「ボランティア部は主に困っている人たちの助けになるよう活動してるんだ。でも君たちは別に困ってなさそうだよね」
男子生徒は何も言い返せない。
康太は黙り込む二人の前で、手に持った二つの紙パックを軽く振った。
「この学校の生徒がポイ捨てをしてるって学校に苦情があってね。それで週に一度、ボランティア部は近隣の人たちが気持ちよく生活できるように清掃活動をしているんだ。君たちが捨てたこの紙パックは学校に持ち帰って担任の先生に処分してもらおうと思うんだけど、どうする?」
男子生徒の顔から血の気が退いていくのが見て取れた。
ミャー子のクラスの久本先生が滅茶苦茶怖いのは全校生徒が知っている。
康太もそれを知っていて、上手く利用したのだ。
「すみません。自分で捨てに行きます……」
完敗した男子二人は康太から紙パックを受け取ると、そのまま学校へと戻って行った。
「さ、僕たちも戻ろうか」
康太が再びゴミの入った袋を手に取って先に歩き出すと、何だか少しそわそわしながらミャー子は康太に小走りに駆け寄った。
「あの……先輩……ありがとうございました」
モゴモゴとかなり分かりにくい感じでそう言うと、すぐにミャー子は私たちのもとへと戻ってきた。
「ねえミャー子、今コータのこと先輩って呼んだ?」
「べ、別に……まあ、先輩は先輩なんで……」
坊主を先輩と呼ぶことにずっと抵抗していた新入部員が、ここへ来てとうとう先輩と呼んだ。
目の前で起こったちょっと信じられない逆転劇に、私はどうしてもニヤついてしまうのだった。




