第11話 テストとスカート
介護施設での人形劇の再上演が決まって、明確な目標が出来たことで、ボランティア部の中の空気が明らかに変わった。
これまでミーティングだけに訪れていた先輩たちは、週に二度は部室に顔を出すようになり、野球部と兼部している康太も、こちらの部活に参加する回数が増えた。
先輩たちと現役中学生の私たちは、毎日のように準備に携わり、忙しい毎日を送る中、季節はいつの間にか本格的な秋になっていた。
「先輩、お疲れ様です」
放課後の部室に現れたミャー子は今日も元気で楽し気だ。
文化祭を終えてすぐにボランティア部に入部したこの一年生は、ここで過ごす私たちとの時間を大いに謳歌しているようだ。
「お疲れさま。じゃあミャー子は昨日の続きをお願いね」
「はい。お任せください」
唄子と私は並んで座っているので、ミャー子は机を挟むようにして向かいに座る。
人形のクリスマス衣装がすべて完成するまでもう少し。
母親がいないせいか、最初から縫物の上手だったミャー子は、今回貴重な即戦力になってくれた。
「クリスマスイベント、すごく楽しみです」
器用に手を動かしながら、ミャー子は意気込みを見せた。
「登場する人形が全部クリスマス衣装だなんて、ワクワクが止まりません。まだ役は決まってませんけど、私は何の役をさせてもらえるんでしょうか? 彩夏先輩」
「うーん、前は瑞希先輩とこの葉先輩で決めてくれたからなー」
夏休みに行った人形劇は、経験豊富な先輩たちが、右も左も分からない私と唄子を引っ張ってくれた。
今回の人形劇も先輩たち主導でやった方が安心だけれど、その辺りの打ち合わせはまだこれからだった。
「この葉先輩から白雪姫役は唄子先輩がやったって聞きました。あの美声ですもの、今回も主役は唄子先輩に間違いないですよね」
ミャー子にはまだ、私たちにハンデがあることを話してはいなかった。
文化祭の合唱で、全校生徒があの歌声を聴いた。
しかし、その時にざわついていたのは二年生だけで、唄子のハンデのことを全く知らなかった一年生は、ただ滅茶苦茶声の綺麗な先輩だと、唄子のことを認識したに過ぎない。
それはミャー子も例外ではなく、敢えて私たちがそのことに触れていなかったこともあって、彼女は普段から普通に唄子に話しかけていた。
打ち明けるべきかどうか、私と唄子は何度も話し合った。
そして話し合いの結果、せめてボランティア部のみんなには本当のことを伝えておこうと決めた。
しかし、私たちが出した結論は、即座に律子先生に止められてしまった。
「それは賛成できないわ。確かにあの子たちは信用に足る存在ではあると思う。でもね、気を付けていても、ついうっかりなんてことは誰だってある。いい、これはとても繊細なことなのよ」
嘘をつくのは好きではない。ましてや初めて出来た後輩に、自分たちを偽りたくは無かった。
「それに、真実を伝えないのは皆の為でもあるの。仮に花山さんに真実を話したとして、その話をついうっかり口にしてしまい、あなたたちが窮地に陥ったとしたら、彼女はきっと自分を許せない筈よ」
律子先生の言うとおりだった。ようやく私たちはそれが単純なものでは無いことを気付かされた。
自分たちのことだけでなく、誰かを傷つけることのないよう秘密をそのままにしておく。そのような考え方を私たちは学ばなければいけないのだろう。
「律子先生の仰るとおりです。唄子のハンデのことはおいおい伝えますが、先輩たちやミャー子には補聴器を使っていると説明しておきます」
「そうね。それが賢明だと思うわ」
そして今、あのとき律子先生を交えて決めたことを、ミャー子に伝えるタイミングだと私は思った。
「ミャー子、実は少しあらたまった話があるの」
「あらたまった話ですか?」
そして私は唄子のハンデについて話し、また、自分自身のハンデのこともミャー子に伝えておいた。
「彩夏先輩と唄子先輩にそんなハンデがあったなんて、私、全然気が付きませんでした」
「まあ、部活の時は補聴器を着けてるからね」
唄子は用意していた小型の補聴器を、耳から外してミャー子に見せた。
勿論これは使っていますよとアピールするための、その辺で売っている代物だ。
ミャー子は何やら感心しつつ、身を乗り出して来た。
「補聴器って初めて見ました。でもハンデをものともせず、ボランティア活動をしている先輩たちって、滅茶苦茶カッコいいです。ミャー子、あらためて惚れ直しました」
前向きに明るく解釈してくれた後輩に、私の心は少し痛んだ。
そして私は、話を人形劇に戻しておいた。
「配役についてはまた相談しておくね。今回はミャー子がいるから、多分先輩たちも考えてると思うし」
「前回はあの坊主を入れて五人でやったんですよね」
今のところミャー子が康太のことを先輩と呼んだことは一度もない。
坊主を先輩として認めることが出来ないといった感じだ。
「まあ、少しトラブルがあって、初日だけ四人だったんだけど、先輩たちがアレンジをしてくれたおかげで上手くいったんだ」
「それ、聞きました。唄子先輩が追試で抜けたって」
やらかしたことをミャー子に思い出さされて、唄子はちょっと赤くなる。
「すみません。先輩としてお恥ずかしい」
「病欠だったんですよね。それなら仕方ないですよ。人形劇に向けて私もそうならないように、健康管理を万全にしたうえ、今回は赤点を取らないようにしないと」
今何やら少し引っ掛かった。
同じことを感じたのか、唄子が先にそのことについて尋ねた。
「前のテスト、赤点取ったの?」
「はい。三教科ほど」
その平然とした申告は、私と唄子の表情を一変させた。
「なに? そうなの? 毎日ここで遅くまで頑張ってるけどテストの方は大丈夫なの?」
「まあ、そのうちに勉強はやりますよ。私、追い込まれないと本気出せない方なんで」
駄目だ。この子に任せておいたらきっとマズいことになる。
どこまでも調子のいいミャー子に、悪い予感しかしなかった。
「あのさ、私は大したことないんだけど、唄子はテストで90点以下は取ったことが無い秀才でさ。もし良ければ唄子が色々勉強見てくれるよ」
「えっ! 私!?」
突然話を振られた唄子は、微妙な顔をした。
出来れば人形劇のことに集中したい。唄子の胸中はさしずめそんなところだろう。
「試験前には私も唄子に教えてもらってるんだ。どう、ミャー子もうちの家に来て一緒にやらない?」
「先輩の家にお呼ばれってことですか!」
食いついた。勉強したいかはともかく、うちに来る気にはなってくれた。
「唄子もいいよね」
「え? うん、私で良ければ……」
話を合わせてくれた唄子に感謝しつつ、ミャー子の様子を窺うと、何だか悦に浸っているのが見て取れた。
「先輩の家にお呼ばれしてパジャマパーティーか……」
「いや、泊まらないから。ガッツリ合宿とかしないから」
そうゆうわけで、私たちは週末の日曜日にテスト勉強をすることになった。
期末テストまでは一週間ほど、私も頑張らないとだけれど、とにかくミャー子を仕上げておかないと不安だ。
それに、どうせ私も赤点回避のために唄子に勉強を見てもらおうと思っていたので、仲間が一人増えただけと思えばいいだろう。
それともう一つ、勉強とは別に、私にはミャー子を自宅に呼びたい理由があったのだ。
「お邪魔しまーす」
日曜日の朝、予定通りミャー子はうちにやって来た。
唄子は先に来ていたので、二人で出迎えてやった。
「迷ったりしなかった?」
「全然。先輩に書いてもらった地図どおり来たら余裕でした」
それから部屋へ通すと、いきなりミャー子は目を輝かせた。
「女の子の部屋って感じですね。いいなー」
「えっと、そうかな。普通じゃない?」
「ミャー子の部屋は和室で、あんましおしゃれじゃないんです。ベッドがあるなんて羨ましいです」
ちょっと興奮気味のミャー子を座らせて、取り敢えず用意しておいたジュースを勧めた。自転車をこいできたミャー子は喉が渇いていたのか、コップのジュースを一気に飲み干した。
「お代わり入れるね」
「すみません。いただきます」
ひと息ついたところで、私と唄子はお互いにアイコンタクトを取った。
「あのさ、実はミャー子に見て欲しいものがあって……」
そして私は壁に掛けてある洋服を指さした。
「あそこのハンガーにかけてある服、ちょっと見てくれない? 私と唄子のお下がりだけど、もし気に入ったならミャー子に着てもらいたいな、なんて思ってさ」
ミャーコは吃驚した顔をしたあと、ハンガーにかかっている服に手を伸ばした。
「スカートだ……」
ミャー子はその感触を確かめるかのように、掛けてある洋服を順番に手に取っていった。
「好みとか分からないから、ミャー子に似合いそうなやつを選んだんだ。前にスカート持ってないって言ってたから、取り敢えずスカートのやつを多めに入れておいたんだけど……」
その先を言葉にしようとした時に、ミャー子は私と唄子に向かって飛び込んできた。
勢いよく飛びついて来たその重さを、私たちは受け止める。
「せんぱい、せんぱい……」
「よしよし。どう? 気に入ってくれた?」
「気に入ったなんてもんじゃないです。もう言葉になりません」
声が震えている。抱きしめられているので顔が見えないが、きっと涙を浮かべているのだろう。
「良かった気に入ってくれて、じゃあ、今からこの服で可愛いミャー子をもっと可愛くしてあげる」
「え?」
涙目で顔を上げたミャー子には、戸惑いの色が浮かんでいた。
「今ここで着てもらおうって思ってさ。この部屋、暖房効いてるからスカートでも平気でしょ」
「い、今ここでですか!」
それから、恥ずかしがるミャー子を二人で脱がせて、私たちはファッションショーで盛り上がった。
結局、午前中はミャー子を可愛くするのに時間を使い、午後からは真面目にみんなでテスト勉強をしたのだった。
日が傾いてきた頃合いで、勉強会はお開きになった。
外に出てみると、少し空気が冷たい。
ゆっくりと確実に季節が変わりつつあることを私は肌で感じた。
「可愛い服をいっぱい頂き、本当に嬉しかったです。ありがとうございました」
自転車の籠に服の入った紙袋を入れてから、ミャー子はペコリと頭を下げた。
「それとすみません。日曜日の夜は店の手伝いがあって」
「これからお手伝いかー、ミャー子も大変だね」
ミャー子の家は中華料理店を営んでいるので、店が忙しいときは駆り出されるらしい。中学生なので表向きはアルバイトという扱いではないけれど、お店を一回手伝えば300円もらえるらしい。
「頑張れ、ミャー子」
「また明日、部活でね」
見送ろうとする私と唄子の前で、どういう訳かミャー子は自転車に乗らず、その場でスッとかがんだ。
「あの、少し前から気になってたんですけど、お二人を繋いでいるこの髪の毛の様なものはいったい何なんですか?」
「ああ、これはね……」
いつかは訊かれると思っていたけれど、このタイミングに不意を突かれてしまった。
「えっと、これはさ、半人前の私たちが一人前になれるよう、二人で考えたおまじないっていうか、そんな感じなんだ。ね、唄子」
「そうそう。別に深い意味はないの」
「ふーん」
何やら納得していないかのように、ミャー子は私たちを繋ぐ髪の毛を見つめる。
「先輩ずるいです!」
「えっ!?」
パッと立ちあがったミャー子は、いかにも不満だと言いたげに口を尖らせた。
「先輩たちは完全にもう一人前じゃないですか。奥ゆかしい先輩方の気持ちはわかりましたけど、それなら修行中のミャー子もまぜて下さい」
「え? いや、困ったな……」
そしてミャー子は有無を言わさず、私と唄子の手を取った。
「これで私も先輩たちとお揃いになりました。明日からはこうして三人で繋がって部活を頑張りましょう」
意気込むミャー子に、私と唄子は残念な顔を見せる。
「これ、何にもできないよね……」
言われて気付いたのか、ミャー子は無言で下を向いた。




