第266話 策士の義娘が真の策士へと至るにはまだ早く
「そうよねえ……でも本当にかえでちゃんてすごい量お乳が出るのね……さっきから誠ちゃんが食べた料理に使った母乳の量から逆算すると毎日一リットルは出るみたいね……かえでちゃん……あなた乳牛に転職した方がいいわよ。ふつうそんな量でないから。私も子供を産んだ時はそんなに出なかったし」
そんな落ち着いた口調を聞いて振り返った誠の視線の先にはアメリアとカウラが呆れた顔をして立っていた。
かえでは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに平静を取り戻して二人を余裕の表情で見つめる。
「これはこれは……アメリアさん、あのチケットは手に入れるのには結構リンも苦労したんですよ。それとベルガー大尉……今日こそは勝つとあれほど意気込んでいたじゃないですか?それがなんでここに?」
そう言うかえでに向けて近づいてきた二人の顔にも明らかに敵意を含んだ笑みが浮かんでいた。
「日野、日頃貴様が私にあまりいい感情を抱いていないことは感じていた。それを急にこんな話を持ってきた。以前の私ならばパチンコの魅力に惹かれてすぐに飛びついただろうが……今の私は違う。今の私にはパチンコよりも夢中になれるものがある」
そう言うとカウラは迷うことなく誠の手を取った。
「あのー……」
普段は感情をまるで見せないカウラの突然の行動に誠は何が起きたか分からずに当惑していた。アメリアは急に自分の感情を誠にぶつけるというこれまでのカウラなら考えられない行動に驚いた顔をした後、静かにその手に自分の手を重ねた。
「私もそう、かえでちゃんは隊長みたいに策士になったつもりらしいけど……隊長も一日であの切れ味鋭い権謀術数を手に入れた訳じゃ無いのよ。隊長は相手を常に観察してその望んだ思い込みにつけ入って自分の術中に堕とし敵を倒す。でも、かえでちゃんにはそこまでの深慮遠謀はまだ無理。私やかなめちゃんやカウラちゃんの表面は理解していても内面は理解していない。だから、下手な咲くなんて使うだけ無駄」
アメリアはそう言ってかえでの目の前でポケットから取り出した落語会のチケットをちぎって捨てた。
「そう言うわけだ……叔父貴は25年以上敵に囲まれる生活をしてきた人間だ。オメエはまだ25歳だ。つまり、オメエの人生の丸々全ての期間をあの『駄目人間』は人間の奥底を観察する時間に費やしてきたわけだ……表面だけ叔父貴を真似てアタシ等を嵌めたつもりらしいが……オメエの策はその程度。叔父貴が諸葛孔明ならオメエは馬謖ってところだ」
かなめはあざけるような笑みを浮かべてギターケースを開けると静かにギターを取り出して音合わせを始めた。
完全に自分の策に踊っていたと思ったかなめ達の登場にようやくかえでの顔にも失意の念が浮かんでいた。




