第247話 去る人格者、やってくる『スキャンダル』の女
そして管理部部長高梨渉の送別会の日が来た。
仕事を終え、誠はいつものように着替えを済ませてかえでの高級車に向う。
「やあ、待っていたよ」
あの姉妹喧嘩の後、かえでの口数は極端に減っていた。そんなかえでを思いやってか、毎晩誠を悩ませていたリンの夜這いもぴたりとやんでいた。
かえでの顔に浮かぶのはいつも通りの笑顔だが、その奇麗な歯並びの口元からいつもなら出てくる前向きな彼女らしい言葉が話されることは無い。
誠は無言で車に向かうかえでに続いて車に向った。
「どうぞ」
待機していた執事服姿のリンはまず誠に対して後部座席のドアを開ける。誠はいつも通りぎこちなくふかふかの座席に大柄の身体を押し込んだ。
そして素早く回り込んだリンがかえでのドアを開けてかえでもまた車に乗り込む。
「お別れなんですね……高梨参事。あの人は本当にいい人だったのに」
沈黙に耐えかねて誠はそんなことを口に出していた。
「それが社会と言う物さ。良い人かどうか……組織はそんなことは考えていないよ。要は効率なんだ。高梨参事はこの程度の組織の管理部門責任者としては過ぎた人物だ……惟基義父さんが無理を言って予算確保のために引き込んだわけだが……国防軍の官僚たちにはそれが面白くなかった。だから、甲武に手を回して彼女に白羽の矢を立てた。甲武の大蔵省ではちょっとしたスキャンダルで冷遇されてきた女性だが、決して仕事ができないわけでもない。そして何より美しい……なにせ僕が愛し、僕を愛する女性だからね」
かえではようやく誠に会話らしい言葉を投げかけてきた。その内容が少し疑問符だらけのものだったとしても彼女の言葉から明るい言葉が聞けたのは誠はうれしかった。
「かえでさん、その人を知っているんですか?」
誠は半分分り切っているような質問をかえでにしてみた。
『スキャンダル』そして『僕が愛し、僕を愛する女性』。その二つの言葉から導き出されるのはかえでのある悪行の関係者であるということを意味していた。
『マリア・テレジア計画』。かえでが上流貴族の若く美しい奥方を誘惑して自分のクローンを産ませて婿養子の旦那を追い出してその家を乗っ取る。
ほとんど犯罪に近いような行為を何度となく聞かされてきた誠にはそのかえでの毒牙にかかった女性があの温厚篤実で人格者そのものと言う高梨の後任に座る事には納得がいかなかった。
「昨日も電話で彼女と話をしてね。彼女も誠君には大いに好意を持っているようなんだ。そして彼女の娘……ああ、僕の娘でもあるね。その子も君との出会いを首を長くして待っている。別れがあれば出会いもある……この出会いが君を成長させるものであることを僕は確信しているよ」
かえでのいつもの能弁を聞いて安心するとともにその女性との出会いがどう考えても普通のものにはなりそうにないことを予感して誠は相槌を打つこともできずに黙り込んでいた。




