第217話 交渉とそれぞれの思惑
しばらく島田の携帯端末の画面から人の姿が消えた。島田はイラついて今にもタバコを吸いたそうに貧乏ゆすりをしている。
「本当に乗ってくるんですか?俺がビビってただけなんて……そんなつまんねえ落ちは無しにしてくださいよ。俺だってCB750を傷つけられてそのバノンとか言う奴の顔面に一撃お見舞いしたい一心でこうして電話を……」
愚痴を垂れる島田の目が携帯端末に移った。そこには30代前半と思われる誠から見ても東和でも受けるゲルパルト製映画の主役でも張れそうな眼鏡のいかにも秘書風の白人女性が映った。
『大変お待たせして申し訳ありません……島田……正人さんですね?』
これもまた奇麗な日本語で話す女性を食い入るように見つめる島田の視線を見て、これがいつもの島田のよくやるカスハラ電話だったとしたら逆に島田が何か騙されて大損することになるだろうと誠は苦笑いを浮かべた。
「おっ……おう、なんで俺の名前をアンタが知ってるんだ?それよりなんでアンタみたいな奇麗な人がそんな変な教団に居るの?そんな所よりさあ、俺、司法局実働部隊では整備班長やってて東和の主だったメーカーには顔が効くからさ……」
いきなり相手女性をナンパしようとし始めた島田に取り囲む女性陣から鋭い視線が飛ぶのを感じて島田も自重して咳ばらいを一つした。
『ええ、あなたは非常に有名ですよ……『特殊な部隊』を支える影の功労者。繊細な扱いと消耗部品の多いシュツルム・パンツァーの運用を支える技術部整備班の要。そして、合衆国の特殊部隊員顔負けの技術を持つ優秀な兵士。我が教団にも軍経験者は居ますからその程度の事は知ることは簡単なことです……。そして、遼州人にしかない法術……その不死の法術を使う不死人として常人では考えられない連続勤務も平気でこなすタフガイ……素敵な方ですね」
笑顔を向けて来る相手の女に島田は完全に相手のペースに飲まれようとしていた。
そこでかえではリンから受け取ったメモ帳に取り出したペンで一言書くと島田だけに見えるようにそれを島田に手渡した。それを見た途端、島田は緩んだ表情を真顔に戻して携帯端末の画面をにらみつけた。
「素敵なのは当然だろ?俺は遼州人にしては珍しい彼女持ちだ。そんなことより、この事件の落とし前。どうつけてくれるんだ?今は俺は年度末で忙しいんだ……こちらまでその詫びを入れに来てくれるのが筋ってもんじゃねえのか?」
再びカスハラモードに戻った島田の口調に相手の金髪の長い髪の秘書風の女はまるで島田の言葉を待っていたかのように笑顔を浮かべた。
「これは上手くいきそうだ……きっとこの女性も同じ考えだろうが……彼女は僕達の存在を知らない。こういう素敵な女性を罠にかけるのは趣味ではないが……こちらの望むとおりに彼女には踊ってもらおう」
携帯端末が拾わない程度の小声でかえではそうささやいた。何も知らない島田と話をしている女は手元にあったプロジェクターを一瞥した後、キーボードを叩いて何かを入力している様子が見えた。
『動き出したな……これまでの茜さんのおかげで事件が動き出した時の人の動きが分かるようになった。あとは、それがかえでさんが望むように『神聖聖書教会』が動いてくれるかどうか……』
誠は携帯端末に映し出された女がキーボードへの入力を終え、静かに画面に向き直る様を見ながらそんなことを考えていた。




