第186話 『ビッグブラザー』の正体に近づいたという男
「そうだよね……でも、5年前ってのが重要、俺はそう思ってる。5年前、この国にある事件が起きた……しかもそれは経済的事件で、しかもそれによりこの国の経済が大きく変わり……その原因は地球圏にある。そしてそれをきっかけにこの国はそれまで一顧だにしなかった『遼州同盟』などと言う組織への加入を決め、俺達のような同盟機構の役人がこの国で活動を始めた……さあて、問題。ランよ、5年前の東和の経済的大事件ってなーんだ?」
今度はふざけた調子で嵯峨はまるで子供にクイズを出す父親のような表情でそう言った。
「おい、舐めてんのか?5年前って言ったら前の戦争の地球圏の発行したとんでもない額の戦時国債の償還期間じゃねーか。そのおかげで、これまで新たな道路建設も新規の住宅の開発も行われなかったこの国で開発ラッシュが始まった。そしてそれを背景とした圧倒的経済的有利で同盟機構ではイニシアティブを握れると踏んだ東和政府が同盟への加盟を決めた。そのぐらいの事はアタシだって知ってるよ。そんなの社会常識だ。アタシを神前みたいな理系馬鹿だと思って舐めてんのか?ふざけるな」
嵯峨の態度に腹を立てたよううにランはそうまくしたてた。
「そう怒りなさんなって……確かに表面上……ランが見える範囲ではそれが正解なのかもしれないね。でも、俺みたいに国家の裏側の情報を嫌と言うほど見てきた人間から言わせるとそんなのは氷山の一角……確かに経済的な動きに関してはある意味正解だ。あの莫大な利益……さすがに金を隠すのが得意なこの国でも隠しようがないほどの金額だもんね。でも、東和政府の……いや、『ビッグブラザー』の同盟機構への加盟はそれが無くても行われていた……20年前の戦争が終わり、遼帝国が統一されればそのタイミングで遼州には政治機構が必要になる……『ビッグブラザー』はそう考えた……いや、そう考えるようにいつの間にかなって来たんだな……」
そう言う嵯峨の言葉の真意がランにはつかめずにいた。
「そう考えるようになっていた?じゃああれか?『ビッグブラザー』も気が変わるのか?」
ランの関心事はこれまで400年間首尾一貫してこの国の一国平和主義と20世紀末日本のような状態を維持してきた存在である『ビッグブラザー』が考えを変えてきているということに剥いていた。
「そう考えるしかないよね。となると、『ビッグブラザー』と言うものが何者なのか……確かに具体的に誰かまでは分からないけどその正体に一歩近づけると俺は思っている。気が変わる……考え方や見方が変わる……つまりそれはAIなんかじゃなく明らかに人格を持った個人だという何よりの証に俺には見える。そして400年間は最低でも存在している訳だからそいつは間違いなく不死人。400年間生きている個人でそれなりの権力を握り、そして永遠の命を持つ。遼州人だから現状維持で満足し、別に何か欲を持つというわけでもない……そんな人物……この事件で俺は『ビッグブラザー』の存在にまた一歩近づけた……そんな気がするんだよ」
嵯峨はそう言うと満足げにタバコをふかした。ランは目の前の嵯峨が何処まで『ビッグブラザー』の正体に近づいたか確認したい気持ちに駆られたが、秘密主義で知られるこの男がただ自分をはぐらかすだけなのは分かり切っていたので諦めたようなため息をついてその満足げな笑みを眺めているだけだった。




