第158話 『騎士』……すべては民の為に
「でも良かったっすね。ちゃんと着替えを持ってきておいて……ても、このあたりで若い女なんて……」
茜の高級車で着替えを済ませたラーナはそう言いながら後部座席から姿を現した。
ダウンのジャケットにジーパン。この季節の若い女性なら普通の姿だったが、この三谷で辻々に立つ同じくらいの女性のその姿と比べると明らかに違和感があった。
誰もがコートを着ているが、その襟元は大きく開かれてきわどい胸元をあらわにしている。丁度茜とラーナの着替えを見守っていた時美のしているような格好。それがこの街の立ちんぼ達の正装のようなものだった。
「大丈夫よ、この街にもいわゆる『人権活動家』とかの女の子たちがそんな格好でやってくることなんて珍しいことでもないもの。でも、彼女達はここの人達に話を聞いても何をするわけでもないし、何が出来るわけでもない。それが世の中……そんなもの……違う?茜ちゃん」
時美はそう言うとこちらはいかにもお堅い弁護士と言う風の紺色のスーツに着替えた茜に目をやった。
その場違いな姿に東和では見ることのほとんどない金髪碧眼でしかも長身の茜の姿は待ちゆく仕事にあぶれた日雇い労働者から好奇の視線を浴びることになった。
「私はこの街には慣れてますから。そもそも私の生まれた甲武ではこの髪と瞳の色のせいでもっとひどい扱いを受けました……そんなことに比べたら大したことは無いですわよ」
茜はそう言って弱弱しい笑みを浮かべた。
「そうよね……惟基先生がこの街に来た時は茜ちゃんは本当に人を見ると逃げ出すような気弱な女の子だった。甲武の話は学校で受けたそのどう見ても白人にしか見えない見た目でいじめられた話ばかり……その茜ちゃんがいつかは甲武四大公家を継いでそのいじめてる女の子たちを顎で使う立場になるってことくらい虐めてる子達も考えなかったのかしら?地球人の後先考えない行動パターンには本当に呆れさせられるわね。今回のケースもそう。軍の極秘情報を簡単に手に入れられるほどの政治家一家のご令嬢が永遠の命を手に入れる……彼女はそれで満足するのかしら?」
時美はそう言って当たりの貧相な簡易宿泊所の続く街を見回した。
「22世紀に入って大統領の当選回数制限は廃止されておりますわ。これまで最長5期20年大統領を務めたのが最長記録。しかし、それでも最後の任期で110歳を超えて衰えの目立った大統領はそれまでの任期で自分に権力を集中させ過ぎたおかげで老衰による判断力の低下が隠しきれなくなって6期目は立候補すらできなかった。でも、今回、不死人になろうとしている女性にはそんなことは起こらない。すでに議会など意味をなさないほどに権力が大統領に集まっているあの国でさらに大統領の権限を集中させる政治を永遠に続けることが出来る……彼女の支配する国はもう民主主義の国なんかではなくなる……絶対王政、絶対帝政の個人崇拝の為だけにある強大な帝国……この問題は遼州圏の為だけでなく、ただでさえ富が50家族ほどの超富裕層に99%が独占されているあの国の人々の為でもあるのです」
強い口調で茜はそう言い切った。その顔には吉原で『人権派弁護士』、そして『騎士』としての社会人生活を始めたばかりの頃の茜を主出すような凛とした雰囲気をまとっており、少し不安げな表情を浮かべていた時美に安堵の笑みを浮かべさせるものだった。




