第139話 最悪の車、最悪の異臭
「それにしても……落ちないですね。このタバコのにおい。僕はそれほど気にしない方なんですけどそれにしてもこれはちょっと……かえでさんは平気ですか?まあ、もっと年中タバコ臭い西園寺さんと一緒にいるくらいだから大丈夫かもしれませんけど」
誠はこの空いている車のあまりのタバコ臭さに久しぶりに乗用車での乗り物酔いを感じながら隣に座って考え込んでいるかえでに声をかけた。
リンが用意した県警本部で借りた中型セダン。
確かに誠が指定した通り目立たない灰色の車体には何の問題もなく、なぜこの車に刑事たちが乗りたがらないのか理由が分かりかねる代物だったが、ドアを開けた瞬間にその理由は分かった。
普通のタバコの匂いなら誠はあのヘビースモーカーの嵯峨や島田、そして独特の匂いで人によってはすぐさま背を向けてしまうほどの葉巻の匂いをいつもはなっているかなめと一緒にいても平気なので完全に舐めていたと誠はその時感じた。
いわゆる古い吸い殻入れに年中顔を押し付けているようなきつい匂い。車内の匂いはそんな感じのものだった。すぐにリンが香水を吹きかけるもまるで効果が無く、コンビニで車内消臭剤を在庫全部買い占めて車内に配置してもその匂いは取れなかった。
「タバコのにおい……甲武海軍にはこんな匂いの将校なんて腐るほどいたよ。要は慣れとき持ちの問題だね。まあ、気分が良くないのは確かだが……君も軍人なら環境で自分の判断力を鈍らせるような愚かな真似をしない方がいいかな。軍人には戦場の環境を選ぶ権利なんかないんだからね」
穏やかな言葉のかえでだが、その口元のゆがみから彼女もかなりこの車の異臭には困惑しているように誠には見えた。
「それにしてもさっきの病院……八町総合病院ですか……あそこも明日から一週間専用病棟が抑えられていた。しかも、その人物は保険を使わずに自費で診療を受けるって言うじゃないですか……健康保険に入っていないということは外人と言うことですよね?あそこで決まりなんじゃないですか?」
誠は最初にかえでが目星をつけ実際に訪れた総合病院と呼ぶには小さな落花生畑の中央に立っていた病院の事を思い出してそう言った。
「いや、あそこはダミーだな。僕はあまりあそこには期待していなかった。実際施設を訪れてみるまでは分からなかったが、あの内装。あまりにバノンの趣味とは相いれない。リン、あそこにも臓器移植の専門医が常駐しているという話だが……その医者の評判はどうなんだろうか?」
両脇に続く落花生畑の中を続く真っすぐの道を運転しているリンにかえでは声をかけた。
「はい、正直あまり芳しくありませんね。医療事故こそ起こしていませんが、患者の術後の生存年数の平均が一般的なそれを下回っています。バノンほどの男があの医師を執刀医に選ぶとは私には思えません」
リンははっきりとした口調でそう言い切った。誠は次に行く左倉国立病院の情報を検索しようとポケットから携帯端末を取り出した。




