第137話 超高級ホテルの不味いコーヒーと野心的家族
東都、銀座にある超一流のホテルのラウンジでアメリアは文庫本を読みながら出入りをする客を眺めていた。読んでいるのは深沢七郎『笛吹川』。そんな本を文学作品などにはまるで興味のないアメリアに無理やり読ませるのは隊一の読書家で知られる強引な幼女クバルカ・ラン中佐以外はあり得なかった。
それでも興味深げにそれを読み終えるとアメリアはテーブルの上の冷めたコーヒーに手を伸ばした。
「へえ、地球人の農民も大変よね。長男は土地があるから食べていける。でも、次男は?三男は?みんな足軽としてだみょうたちに酷使され使い捨ての駒として消費されてていく……そしてその大名家、あの未来永劫続くと思った名門武田家が滅びてしまえば……まあ、この国で次男や三男が不死人だった場合には今かなめちゃん達がいる三谷に流れていくわけだけどね。そして長男が不死人なら永遠にその土地で農業を続ける……この国の20世紀末日本と比べて圧倒的に多い農家の数……彼等のどれくらいがその永遠を生きる不死人なのかしら……政府も農家の人達も一切それを語らないけど……」
そんな独り言を言うと冷めたコーヒーにうんざりしたアメリアは携帯端末を取り出した。
「かなめちゃん、ネットを使った電脳戦は向いていないとか言ってた割に結構うまい事情報を集めてくれたじゃないの。確かに、甲武で生まれ育ったかなめちゃんは二十歳で軍に入隊するまではネットなんて触れたことは無かったらしいけどまあ、8年も軍に居ればそれなりに慣れて来るってことよね。貰った条件の三人の女の拠点もこうしてつかめた訳だし」
アメリアは携帯端末を操作して三人の白人女性の画面を表示させた。
どれもまるで映画の主役を演じられるほどの美女である。そしてその視線の鋭さが見るものを威圧する感じがするのでアメリアにはアクション映画の戦うヒロインや推理映画の犯人を追い詰める切れ者の刑事役などが向いているんじゃないかとつまらないことを考えていた。
「この三人……全員が元アメリカ陸軍の特殊部隊の出身者……おそらく金で軍から引き抜かれたんでしょうね。地球圏……特にアメリカはお金持ちが完全にすべての権力を掌握している国だもの。お金さえあれば何でもできるのはこの不味いコーヒーが1500円するこの東和の金持ち向けのこのホテルでも一緒だけど……」
そう言うとアメリアは画面を切り替えた。そこにはいかにも超富裕層の家族写真が映し出された。
立派過ぎる服装の恰幅の良いその家の当主と呼べる髭の老人とその妻の前には二人の野心的笑みを浮かべる青年が立ち、その前に置かれた椅子には青いドレスを着た人形じみた少女が腰を掛けていた。
「なるほどねえ、この子が依頼人と言うわけね……ステファニー・ホフマン。ホフマン家は投資ファンド経営から財を成し、現在ではアメリカの製薬業界のほとんどの株式を所有の経営の支配権を握っている。そしてその財力を背景に一族全員が政治に手を染めている……この長男、アレンは若干32歳にして現テキサス州副知事。いずれは州知事を経て大統領選挙……と言うことなんでしょうけど、このステファニーは不老不死を手に入れてその兄の後釜を狙っている……本当にお人形さんみたいなかわいい顔をしてやることがえげつないのよね」
アメリアはそう言うと嵯峨に似た貧乏性で先ほど不味いと言い切ったコーヒーの残りを口に運んだ。




