第131話 茜の出発点……『嵯峨弁護士事務所』
茜はラーナを連れて昼間から猥雑な字体のネオンサインが輝くソープランドの脇の路地を入り、そのまま小汚い雑居ビルの階段を上った。
「こんなお金がすべての街なんて……どうかしてるっすよ」
遼帝国生まれで貨幣経済とは無縁の生活を送って来たラーナにはお金の為なら何でもするというこの街で出会った女達の考えることがまるで理解できないというようにそんな独り言を口にしながら黙って階段を上る茜の後ろに続いた。
二階の踊り場を抜け、そのまま突き当たったところに小さな表札をラーナは見つけた。茜はその前で立ち止まって振り返った。
『嵯峨法律事務所』
その表札にはそう書いてあるのでラーナは茜の顔を見つめた。
「警部、ここが……こんな街で警部は弁護士先生をしてたんすか?イメージが……全然つながらない……と言うか正直混乱してるんっすけど」
男の気配のまるで感じないその言動と、街を歩く女目当ての男達の飢えた視線を浴びることに慣れ切るほどの美貌の持主である茜がこのようなところに弁護士事務所を構えていたということがラーナには理解できなかった。
「この事務所を始めたのはお父様です。それに近くのアパートが私がこの国で自立できるようになるまで暮らしていた場所です。この街は私の育った場所……甲武の嵯峨屋敷が物心ついた街ですけど、今の私を作ったのはあなたのあまり好きになれそうにないこの街なんですわよ」
そう言って茜は長めの金髪のポニーテールを軽く整えた後、静かに古ぼけた呼び鈴を押した。
『はい、嵯峨法律事務所です』
中年女性の声がインターホンから響いてきた。
「私です……今は大丈夫ですの?」
『ああ、茜先生!待ってください!今お開けしますので!』
少し慌てたような声が響いた後、すぐにロックが相手ゆっくりと金属製のドアが開いた。
「茜先生、お久しぶりですね。この前は盆前に来た時以来じゃないですか……聞いてますよ法術特捜での活躍。それまでの東都警察捜査一課よりやりがいがあるとおっしゃってましたが、まさに茜先生にしかできないお仕事……さすがです。それでは、部下の肩も一緒にどうぞ」
年は40代前後、いや、ラーナの勘では若く見える整った顔立ちと衰えを感じさせない見事な体形がそう見せるだけで50代半ばくらいの年であろうか。
『この人……あの『熟女マニア』の嵯峨隊長の好みの人だな……こんな事務員さんを雇うなんて……やっぱりここは隊長の弁護士事務所なんだ』
ラーナは口には出さないが何となくそう納得してそれほど広くはないがこぎれいないかにも小さな弁護士事務所と言った風情の室内に入っていった。




