第111話 金のない国から来た女と金のある国の忘れてしまったもの
「お金……本来は便利な道具として発明された。しかし、この東和ではそれがもはや道具ではなく生きる目的になっている……ラーナはそう言いたいのかしら。違いまして?」
純粋に街をぽつぽつと歩く昼間から風俗街をぶらつく男達を眺めているラーナに向けて茜は優しくそう言った。
「さすが警部は大学を出てらっしゃるだけあっていうことが違うっすね。そうなんすよ。私の村にはお金なんて有りませんでした。食べるものがあって、水が合って、家があればそれでいいんすよ。食べるものもそんなに多く食べる必要もなっす。ダイエットなんてあれなんすか?太っている人ってただ金があるという自慢がしたいってことっすかね?そんなの少し食べれば十分!おいしい料理。いいっすけど、そんなものだって何時かは飽きるっす。飽きの来ない村の粗末なうどんとそばと少しの野菜の食卓が懐かしいっす」
茜は思った。ラーナはホームシックになっている。
彼女は2年前遼帝国の警察学校を卒業すると優秀な探索型法術を使用できる法術師として司法局本局に推薦されてこの東和にやってきた。
それ以来一度もラーナは国に帰っていないという。
『お金がもったいないっすから』
そう言って笑うラーナを見るたびに茜はラーナの顔に浮かんでいるのが強がりだということは分かっていた。
現在、遼帝国宰相アンリ・ブルゴーニュは『経済立国』を掲げて選挙に勝ち政権を握っている。
それまで班田制を敷いて納税も穀物で行う農業以外の産業の無い遼帝国を地球圏の農業国レベルの大規模農業を行える豊かな国にするというのがブルゴーニュの主張で、そのことに賛同する選挙権を持つ金銭で納税できる階層の支持を集めてブルゴーニュは自国紙幣の発行を皇帝である茜の父の嵯峨に進言していた。
しかし、嵯峨はそれをすべて皇帝の勅命で覆して見せた。国民の99パーセントを占める農民の土地を集約して集団化すればっ効率的な農業により収量が増える。それは間違いないことは父である嵯峨も分かっているだろう。しかし、嵯峨はその行き着く先がもはや取返しもつかない格差の地獄と化した地球圏の国々の地獄のそれなのだと悟っているのだと茜は考えていた。
そんな考え事をしてつい立ち止まっていた茜の前にラーナは立った。
「警部、大丈夫っすか?」
屈託のない笑みを浮かべるラーナに茜は優しく笑いかけた。
「それより、ラーナ。来年は一月くらい休みを取って里帰りをなさい。たぶん……その頃には『特殊な部隊』の皆さんもラーナの代わりくらいは出来るようになっているでしょうし」
そう言って茜はラーナを見つめ、そして自分が育ってそしてそこで生きる人々の為の仕事をしてきた街を振り返った。
そこは欲望の街……あまりに人間の欲が表に出過ぎた街……父はそれが正直で良いというが茜にはその言葉をどこまで本心ととらえて良いか迷いながらぼんやりとした視線で光るネオンを眺めていた。




