34.初デート
朝食を三人で食べる。
隣にはいつものようにニアが、向かいにはロマが上機嫌で粥をすすっている。
新たにロマを我が家へと迎え入れてから数日は引っ越しも含めて慌ただしく過ぎて行ったので、久々にゆっくりとした朝のひと時であった。
「ふぅん。それにしてもニア君のごはんはおいしいねえ。一人の時は食事を栄養補給と割り切りがちだったけれども、おいしいに越したことはないからね。感謝するよ」
感謝の点も含め、まったくもってその通りである。俺もロマ程ではないにせよ、一人での飯は面倒くささが勝ちやすく、外食以外では適当に済ませることがどうしても多かった。
「えへへ、うれしいです。こんなに良い暮らしをさせていただいているのも、ご主人様のお陰です。こちらこそありがとうございます」
俺はロマの提案により二人を養っていくことになった。しかしながら危惧していた通り、実際は面倒を見てもらっているに近い。
身の回りの世話はサーシャやニアに任せっきりだし、結婚手続きの書類関係もロマ任せだ。俺が貢献していることと言えば、風呂掃除とニアの送迎くらいのものである。金を出しているだろうと思ったとしても、ロマは俺と同等以上に資産があるのだ。これで二人を養っていると胸を張って言えるのだろうか…
「しかしニア君は勤勉だねえ。隔日で酒場で仕事をしつつ家事を一通りこなし、空いた時間には勉強。ボクも落ち着いたら研究の合間にでもサーシャ君に何か家事を習おうかなあ」
「ロマさんの教え方ってすごくわかりやすくて勉強していて楽しいです。家事でしたら私がお教えできるかもしれませんよ。後は調査のことなんですけど、翼を出せなくってすみません。自分でもどうやって出したのか…痛いようなのは嫌ですけど、できるだけ協力させてください」
「ふぅむ。採血くらいはするつもりだけれども、まずは観察かなあ。ボクも翼の出し方なんてわからないからとやかく言うつもりはないよ。ただ、外でこの件を話すのは禁止にしよう。ニア君も面倒事はいやだろう、ボクも嫌だし、彼も望むところではないだろうしねえ」
最近ニアの自習はロマが見てあげることになって俺は先生役としてはお払い箱だ。まあここ最近は戦力外であったが…現在ロマ先生の一番弟子はニアで俺は二番弟子だ。多分もう逆転できない。
さらに悲しいことに収入面でも俺はこの三人の中でぶっちぎりの最下位である。
特許だか何だかの使用料が毎月入るロマ、安定した収入のニア、ゼロの俺。
これってどう見ても美人でやり手のロマと、可愛らしくて気立ての良いニアに寄生するダニではないのか?仮に、仮にだ。遊び人みたいなやつが二人を騙してこんな生活をしていたら…ダメだ、とてもじゃないが許せない、絶対に斬る…
「どうしたんだい、難しい顔をして。今日はニア君が仕事に出るついでにボクも外出するからね。一緒出かけようじゃないか」
やった!ロマからの指名依頼だ。こういうのを確実にこなしていって、信頼を築き上げよう。二人とも、俺も何とか頑張るから見捨てないで欲しい、頼む。
「…随分と嬉しそうじゃないか、まあボクもうれしいよ…」
「わあ、今日は三人でお出かけですね。私は酒場までですけど楽しみです」
そういえばどこに行くのだろう。街の外ならそれなりの準備をする必要がある。ニアもいるので泊りがけということはないだろうが、ロマが俺を連れるということは高難度な依頼の可能性もある。気を引き締めないといけないな。
「街の外に行くんですか?お二人とも気を付けてくださいね、私は外に出たことが無いからちょっと羨ましいです」
「街の外に出るつもりはないよ、ニア君は外に出たことが無いのかい?それならば今度三人で旅行をしても良いかもしれないねえ」
旅行か。みんなと行けるのであれば、俺も街を大きく離れたことはないので楽しみだ。道中の身辺警護役として大いに貢献できそうなところも魅力である。
「ふぅむ。一度真剣に考えてみてもいいね。街を出入りする際の身分証の問題もあるし、まあ今日はその問題も一気に解決してしまおうって訳だよ」
俺とニアは顔を見合わせる。分かるかニア、俺は分からん。
ニアの青緑の瞳が自信なさげに彷徨う、良かった。ニアもわかっていなそうだ。
§
ニアとロマの二人が手を繋いで前を歩く。
「ニア君、手がすべすべだねえ。水仕事をしているから荒れてしまいがちと思っていたのだけれども。ふぅむ、今度美容クリームをプレゼントしよう。ボクの発明品の中でも特に人気らしいよ。でも使うときには注意するんだ、ボクが渡すのはオリジナルのものだからね。市販のものよりも効果の高さは保証するが副作用もその分強い、脱毛作用があるので顔に使ったら悲惨だよ」
「ええ!ロマさんは発明もしているんですか!?すごいです!」
ニアの手がすべすべなことや、ロマが凄いということにうんうんと頷く。
俺は二人の後方を警戒して付いて行く形で同行している。視界が開けたところは前方よりも死角からの奇襲の方が怖い。ロマは魔道具の扱いにも長けているし、察知能力や攻守の判断力も高い。彼女が防御に徹すれば短時間に限り、俺に匹敵するだろう。
故に前はロマに任せることにして、俺は後方の担当だ。見通しが悪いダンジョンではどうしても進行方向が危険なので最前列が俺やグリンの立ち位置であったのだが…後ろからの景色はなるほど、こんなものだったのかと変な感動がある。
しかし、彼女らの後方を歩いているとすごく良い匂いがして、集中力が持たないかもしれない。俺は残念ながら後衛適正がとても低いのだろう。
「あ、もう着いてしまいましたね…お二人ともありがとうございました」
また夕方に迎えに行くと言ってニアと別れる。
さて、ここからはロマの指名依頼に取り掛かろう。俺は彼女の歩みに合わせて横に並びかける。考えてみればパーティを組んでから随分と長いが、二人きりで行動するのは初めてであるな。
「確かに…二人きりで街を歩くのは初めてだねえ。所謂…デッ、デートというやつと考えていいのかな。エスコートを頼むよ、なんてね。ニア君には悪いことをしたかなあ」
これはまずいことになった、デートのエスコート依頼という事か。
経験のない俺には荷が勝ちすぎている…普通は下調べとかが必要なんじゃないのか。
いや待てよ、俺はここ最近街をぶらつくことが多い。ある意味下調べは済んでいるも同然ではないか。何が吉と出るかわからないものだ。
問題はデートというものは、何をどうすれば良いデートなのかがわからないという事。
これまでの会話や情報を思い出せ、デートとはそもそも何をするんだ。
確か、二人で手を繋いで歩いて、食事をして、買い物をして…?そういえばニアとは既にしていたな。なんだ、俺はデート経験者じゃないか、自信が湧いてきたぞ。
そうと決まれば早速行動だ、エスコートはよくわからんが、先手必勝である。少し、いや、かなり恥ずかしいがロマの手を握る。一瞬彼女の肩が跳ねるが振りほどかれるようなことはなかった。少しばかり驚かせてしまったようだ。しかし、手を握ることをどう伝えていいかが分からなかったのでニアを見習ってみたのだが、これで合っているだろうか。
「っ!?ああ、すまない。ちょっと驚いただけだよ」
まだ昼食には早い時間である、ロマの希望を聞いて特に無ければ景色がよさそうなところを回ってみるか。運河を渡る船を見るのもいいかもしれない、ちょっと寒いか?今の季節に花が咲いているようなところはあっただろうか。
「希望?ああ、目的地はね、役場だよ。この書類を届け出に行くのさ。ニア君とボクとキミの手続き一式だよ」
ロマはそう言って鞄をふりふりと振って見せる。
?!初デートの行先は役場だと?ちょっとばかりレベルが高すぎやしないだろうか…そして、行き先を告げられたからと言って、じゃあ手を離そうかと言い出せる奴なんているのか?
俺たちは終始もじもじとしながら手を繋いだまま、役場へと赴いた。
§
手を取り合いながら受付へと進む。
職員はひどく微笑ましいものをみるような笑顔で待ち受けている。とても恥ずかしい。
ロマが職員と何やらやり取りをして書類を手渡すとサインを求められた。良かった、これで自然に手を離すことができる。もう散々衆目を集めていたが、終始慣れるという事はなかった。
ちらりと書類に現在の職業と書かれている欄が見える。ニアは飲食店従業員、ロマは家事手伝い、俺は探索者。
ニアはいい、ロマは家事手伝いとは言っても三人の中で一番の高所得者だし、探索者の登録も継続している。そして俺は探索者としては活動していないので実質無職である。思いやりが心に刺さる。
「旦那様のサインをこちらにお願いいたします。奥様、ニア様はこちらに」
「ボクはこちらの方のロマだよ、ニア君の分は代筆となるが構わないはずだろう」
「…失礼いたしました、ロマ様。代筆で問題ありません、こちらにお願いします」
ロマがサインをしている間に視線を感じて職員の方を見ると、その微笑みは酷く冷たいものに見えた。ダンジョンではどんな化け物に対しても怯むことなく睨み返していたものだが、俺の視線は自然と下を向いてしまう。
「扶養者二名分の登録費用と税金のお支払いは一括でよろしいですね」
俺は頷いて支払いのサインをする。最後の探索の換金アイテム分の大半が吹き飛んだが問題ないだろう。それ以外の分配分やこれまで貯めていた分は協会の都合で大きく引き出すことはできないが、大きな買い物の予定もないし、生活費位なら問題なく捻出できる…はずだ。
その後は書類の不備を指摘されることもなく順調に進む。一刻も早くここを立ち去りたい俺にはありがたい限りである。
「はい、お疲れさまでした。これで受理いたします。お二人の、いえ、ご家庭のお幸せをお祈りいたします」
「ありがとう。さてと、これでボクの用事は終わりだね、そ、それじゃあどこにいこうか」
初々しく手を繋いでくるロマは大変魅力的だが、背中に刺さる受付の視線が気になって素直に喜べない俺であった。
結局その後はふらふらと足の向くままに歩いた先、いつもの酒場「戦乙女」の個室で食事をしながら時間を潰すことになる。
「ふぅむ、これもボク達らしくてよいじゃないか、ねえキミ」
ロマがいい奴で本当に良かった。




