35.特設面接会場
朝の鐘で目が覚める。体は少しだるいが相棒はすこぶる元気だ。
ニアとロマが一緒に寝るようになってから淫らな夢は見ていない、というか夢を覚えていないのか。きっとぐっすりと眠れているという事なのだろう。
ちょうど一週間前の安息日はロマに粗相をしてしまった影響もあったとは思うが、爛れた一日を送らずに済んだ。これはニアと出会って以来の快挙であり、ロマという存在の大きさが実感できる。あとはお漏らしがあれっきりで本当に良かった、やはりあれは何かの間違いだったのだ。
顔を洗ってリビングで朝食を待つと、二人が配膳をしてくれる。三人で朝食を取りながら今日はどうしようかと他愛のない話をする。
そうだ。先週は例の件を誤魔化すために風呂にしたが、冬場の期間くらいは朝風呂の贅沢を習慣化してしまうのもいいかもしれない。
「ああ、それはいいねえ。朝は寒いし、体が温まれば目も覚めそうだ」
「お洗濯にお湯を回せるのはすごく助かるのですが、冬場の薪って高くありませんか?そうだ、私の酒場でのお給金を貯めて、そういった贅沢分に使う、というのはどうでしょう」
ああ、いつかニアと話していたっけ。これから稼いだ分をどう使うかは二人で相談しようって。その時の俺に言ってあげたい、お前稼ぎないだろうと。
「なるほど、それは面白い。貯金でだらだらと食いつないでいくより余程生活に張りが出そうじゃないか。まあ大きい買い物は別にしてもね。ボクも賛同するよ、ニア君と同じ分だけボクも出そう」
うおお、まずいまずい、これはまずい流れだ。賛同したいが俺には稼ぎが無い。すさまじい疎外感を感じる。
どうしよう、どうすべきだ。は、働かなくちゃ。俺にできる仕事ってなんだ、まともなものが無いから探索者になったのだが…でもあの頃に比べれば読み書きとちょっとだけ計算もできるし、なんとかなるだろうか。
「別にキミは気にすることはないだろう。家主なのだし、ボク達のささやかな恩返しとでも考えておけばいいんじゃないのかな」
「そうですよ!ご主人様にはもうたくさん良くしていただいているんですから、気にしないでください」
気にするな気にするなと言われるほど我が身の情けなさを突きつけられている気分だ。前衛で皆の盾となっていたこの俺がここまで庇われる立場になってしまうとは…
ここ一週間は欲望に負けずに過ごせているが、二人とすれ違った時ににふわりと漂う体臭を感じただけで反応してしまうようになってしまっているのも居心地の悪さに拍車をかける。しかし体調面に問題はない、すべては俺の精神的未熟さ、脆弱さが問題なのだ。元々は十年以上もご無沙汰だったのである、一週間など大したものではないはずだ。
「そんなに気になるのであれば少し働いてみればいいじゃないか。命を張るような仕事には反対させてもらうが、それで気がまぎれるなら好きにするといいよ」
「危険なのはダメですよ!あとあんまりお家にいられなくなるのも寂しいです」
切った張った以外の仕事となると、建築現場や荷物運び等の肉体労働が適任であろうか…そういった仕事を馬鹿にするわけではないが、探索者になる前の仕事に逆戻りである。前よりも体もひどく丈夫になっているので適正は大きく上がっているだろう。悲しいことだ。
なんかこう、就職時に面接をするような、子供の頃漠然と考えていたような大人の仕事をしてみたかった。
「ふぅむ。じゃあ趣向を変えてみようか。ボクとニア君でキミの面接官をしよう、話している間に何かしらの気づきがあるかもね。お遊びで採用不採用も通知しようじゃないか」
「面接ですか?私もノワールさんにしてもらいましたよ。ノワールさんは言っていました、面接はその人のいいところを見つけてあげることなんだって。ご主人様のいいところはいっぱい知っていますから任せてください!」
「ニア君はとても眩しく見えることがあるねえ」
ロマに心の中で同意する。一応俺たち探索者間でも面接、というか売り込みというのはある。その時に見るのはその者の良いところではない。命を懸けるのだ、使える奴であるというのは大前提だ。
我々の業界でルーキーでもないのに売り込みをかけるというのは、何らかの問題があってあぶれているという事。その問題点を許容できるかどうかの見極めなのである。
「じゃあご主人様はそこに座ってください、私とロマさんがこちらで面接をしますから」
気を引き締めてその言葉に頷く。二人を正面に迎えての初めての光景に緊張が走った。
「じゃあまずはボクから質問をさせてもらおうかな、キミはなぜ働こうと思ったのだい?」
質問の意図がつかめず困惑する。そんなのは金が欲しいからである、これはアレだろうか。良い言い回しをできるかどうかを見極めようというのだろうか。ロマに頭の良さで敵うわけがないので、せめて努力点をいただけるように頭を絞ろう。
先ほどニアが言っていたように、この金は生活費ではない。つまり、一緒に暮らしている大事な人たちにちょっとした贅沢をさせてやりたいからである。
「っ!そ、それは良い心がけだねえ。うん、とても良いと思うよ」
「合格!合格です!ロマさんこれは決まりでしょう」
予想外の好感触だ。最近損なわれ気味の自己肯定感がもりもりと回復していく。
「動機としては、そうだね。とても良かったよ。ニア君、次の質問を」
「はい。えっと、じゃあご主人様はどんな仕事をしたいですか?希望するような条件はありますか?」
したい仕事はさっぱり見当がつかないが、希望する条件か。
条件としては先ほどニアが言っていたように、危険なことは避けるとして、時間的な拘束があまりないもの…これは逆に考えれば、時間がかかったとしても二人のそばにいられるような仕事なら無視できるのでは?
つまり、給金は二の次でもいいから、二人と時間を共有できるような、例えば一緒に仕事ができるのが理想だろうか。
「採用!採用です!一緒にパイを作りましょう!」
「手伝いというわけか。なるほど、考えたね。いいじゃないか、助手というわけにはいかないが、キミの魔力の巡りの調査もしたい。調査協力という形でどうだろうか」
続けてのクリティカルヒットである、ふふっ、ダメだ…まだ笑うな。面接は終わっていないぞ。
「じゃあ酒場で何かの仕事を貰うとして、そちらでの面接に切り替えようか。それでキミはどんなことができるのかな?」
俺は何と言っても腕っぷしには自信がある。酒場で問題が起きたとしてもほぼすべてのケースで速やかな武力鎮圧が可能だろう。
「喧嘩はダメです!」
「うーん、キミを用心棒として雇い入れるとなると給金の問題が出る。経営は火の車だろうねえ」
ぐあっ、一番自信のある回答だったのだが、あまりにも不評すぎる。褒められていい気になり、オヤジさんにもダメ出しされていたのに頭からすっかり抜けてしまった。
せっかく面接の前半からうまくいっていたのに調子に乗ったせいでこのザマだ、俺は少しくらい枷があるような状態の方がうまくいくのだろう。
それ以外で酒場の仕事となると…料理はできない、ウェイターを俺がやっても常連の不評を買うのは目に見えている。やはり裏方の力仕事とかであろうか。
「うん、最近は忙しいらしいし、荷下ろしとかの力仕事の需要はあるだろう。あそこは男手が二人だけだからね。それにね、用心棒としてではなく、荷下ろしで仕事をしているキミが自衛のために”仕方なく”問題を解決する分には問題ないと思うよ」
「よくわかりませんが、もしダメだったとしても、私のお給金でご主人様を雇います!大丈夫です!」
ロマからは有用そうなアドバイスをいただき、ニアからは雇用のお誘いを受けてしまった。仮に不採用となって、ニアに雇われ、ロマの調査に手を貸してお金をもらうとなると、二人の扶養対象者からお小遣いをもらう構図にならないか?これは…社会的に許されるのだろうか…ヒモだろうこれ。
…とにかく二人に協力してもらったことに礼を言って、風呂の準備でもしよう…
「ふぅむ。最後の方はちょっとしょげていたね。もう少し良い言い方があったかなあ」
「…ロマさん、今日のお風呂なんですけれど、私がノワールさんに聞いたことを試してみませんか?きっとご主人様を元気づけられるし、薪代の節約にもなると思うんです」
「ノワール君が?なんだろう、生活の知恵的なことかい」
§
揺れる炎を見つめて先ほどの反省と、今日は何をするかを考える。
先週はパンツを洗って素振りをしただけな気がする。しかし、同時に安息日に自制ができた記念すべき日でもある。今日も理性的に振舞って、もっと生産的な一日にしたい。そしてこのまま相棒のコントロール技術を高めていけば、きっと平和な日常というものを手に入れることができるだろう。
ニアとロマという大事な二人との生活。俺の浅慮な振る舞いで崩してしまうにはあまりにも惜しい環境だ。相棒もわかるだろう?大丈夫、俺たちならやれるさ。相棒は静かに俺の話を聞いてくれた。
「あ、ご主人様。先にお風呂にどうぞ、私はロマさんと準備してからにしますので後から入りますね」
相棒とじっくりと語り合い、そろそろ風呂も沸くといった頃にそう告げられた。そうか、それなら先に入らせてもらおうと風呂場に移動する。
先週も明るいうちに風呂に入ったが、なんだか気分が変わって気持ちが良いものだった。風呂というのも奥が深い。ゲンジが屋外に設置された露天風呂なるものも風情があって良いと言っていたな。いつかは入ってみたいものだ。
俺の後に二人が入るのであれば湯舟を汚すわけにはいかない。いつもよりも入念に体を洗うべきだろう。石鹸を手に取り泡立てていると、脱衣所に人の気配を感じた。
「や、やっぱりボクはいいよ…」
「ここまで来て何を言っているんですか、ずっと準備してきたじゃないですか」
「それはそうだけれど…せめてだよ、もう少し暗い時のほうが…」
「時間がもったいないですよ、今からならなんだってできます」
脱衣所に二人が入ってきたようだ、思わず体を洗う手が止まってしまう。少し聞こえた内容から家事について先達のニアがロマに何かを教えているという事だろうか。俺がロマに教えてやれることなど殆どないのにすごいことである。
「う、うん。しかし、少しだけ、少しだけ時間をくれないか」
「わかりました。では私が先に行くので必ず来てくださいね、きっとですよ」
時間がもったいない、ニアの言うとおりだ。俺も今日という一日を無駄にしないため、さっさと体を洗ってしまおう。
「ご主人様、失礼します。お背中をお流ししますね」
おっと、想定外ではあるが、対処は可能だ。
そもそもニアの方向には背を向けているし、彼女に背中を流してもらうのは初めてではない。実績的にも風呂場では最初の一回以外は理性崩壊を起こしたことはないのだ。まさに地の利を受けた状態である、余裕をもってよろしく頼むと受けて立つ。
「はい、じゃあ石鹸をこちらに。ありがとうございます、そういえば久しぶりですよね、こういうの。えっと、いっぱい溜まっている分すっきりしましょう」
背中を流してもらうのは確かに久しぶりだ。しかし、まだ脱衣所にはロマがいるだろう。ニアとの関係は既に告げているが、一緒に風呂に入っていたことを明らかにされてしまい、さすがに気恥しい。さらに背中に汚れが溜まっていると言われて恥ずかしさは倍増だ。
ぬるぬると背中をニアの手が這いまわる。
その強さがいつもよりも弱く感じられ、少しだけくすぐったいというか変な気持ちになる。それに反応し、呼んだか?と言わんばかりに相棒がピクリとしてしまう。あいや、待たれよ、正気たれ。先ほどの誓いを忘れたか?
ニアの手が背中から離れた。よし、今の内だ…そう、そうだ。いいぞ、俺たちはやれるんだ。
がらりと脱衣所のドアが開いた音が聞こえる。ニアが出て行ったのだろうか、見たか!相棒!俺たちは切り抜けたぞ…!やったんだ…!
「し、失礼するよ」
えっロマさんなんで?思わず見ちゃったよ、毛は?これは想定外どころではない。いやほら、せめてマナーとして布を巻きつけようよ、ニアは教えなかったのか、それともあれか布が小さくて巻けないのか?俺の準備不足か、シーツでも置いておくべきだったか。
俺が混乱している間にロマは俺の眼前に立った後、こちらを向いて座る。
いや、前は自分で洗えるよ。目のやり場に困るなんてレベルじゃないんだが。ロマもすごく恥ずかしそうじゃないか、なんでこんなことになったんだ…
狭くて後ろには二人いられないのか、洗い場に三人横に並べるような風呂場を用意できない俺のせいか。
ロマを目の前にして目を瞑るのは彼女に失礼な気がして目も瞑れない。
俺の視線は自然と逃げ場を求めるように風呂場の天井に向かう…万事休す…
相棒もこの絶望的な状況に天を仰ぐ…終わりだ。




