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27.ロマの休日

主人公と別視点になります

「全く、予想通りでも面白くないものは面白くないね」



 読み終えた手紙を握りつぶして部屋の片隅に捨てる。最近自分のところへと届く手紙の似たような内容に心底うんざりする。



 先ほどの手紙は、かれこれ十年以上も音沙汰のなかった実家からのもので、良い縁談があるがどうであろうかとのことであった。



 資産を自分以上に所有する者などごく少数。貴族を除けば大商会の上役くらいであろう。三十を目前にして独身、魔素の吸収により外見は二十前半を維持しているとは思うが、そのせいか端から見ればよいカモに見えるということか。



 引退前は良かった。駆け出しの頃こそ言い寄ってくるような輩もいたが、パーティに所属してからはぐっと減ったし、実績を積み上げるにつれてさらに減り、ある時からはピタリと止んだ。



 一方、ボクらのパーティの男性陣はひどく紳士的であった。しかし、全く言い寄られないというのも何か釈然としないものを感じ、ボクも女なところがあるじゃないかと感心したものだ。グリンについてはドワーフだから人間の女など性的な対象ではないのだろうが。



 まあゲンジ君からは時折胸に視線を感じたし、こっそりと娼館に通っていたのだって知っている。紳士的とはいえ男はそんなものだろう。根は真面目でとても優秀だし、実害もない。理想的なリーダーと言っていいだろう。



 しかし、手紙の向こうのこいつらときたら…このボクが見も知らない男に股を開いた挙句に、子供を孕ませられて資産を没収されたいと願う女に見えるのだろうか。まったくもって度し難い。



 部屋にある鏡を見る。不要だというのにリリア君が女子であれば持っておくべきとしつこく勧めるので渋々購入したものだ。二つ購入すると安かったとかそんなところだろう。



 髪は碌に手入れをしておらずボサボサで、最近の寝不足のせいか目の下には濃い隈が浮いている。鏡の中のボクはひどく不機嫌そうにこちらを睨みつけており、睨みたいのはこっちだと愚痴を吐きそうになった。



 自分の好きなことを好きなだけ研究したいと、モノとカネを最速で集めるために探索者になり、成功した。



 今考えればなんと無謀な目論見であっただろう。今の記憶を継いで、もう一度その時に戻ったとして、果たしてボクはその選択肢を選ぶだろうか。



 多少は回る頭に、苗木のように脆弱な身体。装備は魔力も帯びないスタッフ一本に布切れ一枚。

 上級魔術はもちろん、補助魔術や魔力探知も行使できず、こぶし程の大きさの火球を二発だけ。



 無理だ、死ぬ確率が高すぎる。



 しかし、あの仲間たちに誘われたのならば、ボクはもう一度頷いてしまうかもしれない。



「…んぱい、ロマ先輩!」



 ふと顔をあげれば、何故かボクに懐いている後輩が何やら呼び掛けている。また課題の助言でも欲しいといったところか、いや立ち退きの件かな。



「先輩宛に面会希望者が来ているそうです。どうやら先輩のパーティメンバーを名乗っているそうですよ。私の方から断っておきましょうか?」



 予想は良い方向に外れたようだ。そういえば最近ずっと篭りっぱなしで皆とは顔を合わせていない。良い気晴らしになるだろうし、そうでなくても仲間たちと会うのを断る理由などない。すぐに通してくれと返答すると、後輩は意外そうな顔をする。



 さて、誰が来たのだろうかと談話室で待っていると、後輩が戻ってきて時間まで課題の助言が欲しいときた。まあ予想は半分あたりと言ったところか。



 しばらく後輩の課題に付き合っていると、これまた予想外の人物がやってきた。



 ボクらのパーティの壁役であり、「鉄壁」グリンと対をなす、「不沈」と呼ばれた彼である。



 彼から性的な視線を向けられたこともなければ、娼館に通っているとか、同性愛者という話も聞いたことが無い。異性であるのに気の合う友人と接しているような…いや、向こうはどうだか知らないが、ボクは密かに彼に惹かれていた。



 さっさと後輩を追いやると、彼は人懐っこい表情でこちらに声をかけてきた。



 久々に見た顔にボクも表情が緩んだのが分かった。



 挨拶を交わすと彼は周囲の目を気にしているようだ。ここでは言い難い話なのだろう。彼の気にしている方向を見れば、後輩がこちらを観察している姿が見えた。一体何をやっているのだ、アイツは…身内の恥を晒した様で心苦しい。



 こんな状況で少し話をして、はいお終いではさすがに少し寂しい。ここはひとつ我が城へとご招待しよう。あそこなら周囲の目も気にならないし、そもそも他人を入れたこともない。まるで密会の様で少し心が躍った。



 部屋に彼を招き入れ、お茶を用意する。が、肝心のお茶の葉はどこだったか。まだ残っていたような気がしたのだが見当たらない。まあ、それならば味は似ているし、ボクのお気に入りの試作万能茶を振舞おう。多少の問題はあるが、温かいうちに飲み切ればよいのだ。



 試作万能茶を振舞って種明かしをすると、彼はとても驚いてくれる。この素直さが心地よい。変にこちらを持ち上げるでもなく、謙るわけでもない。ごく自然体で、接していて一際心安らぐ男であった。



 世間話をしているときにふと気づく。彼の魔力の巡りが違う、まるで別人の様だ。



 昔から彼の内包する魔力は周りを見ても頭一つ抜けていた。魔素吸収の効率が格段に良いということであろう。ただ、その巡りにはムラがあり、悪い表現をすれば澱んでいるかのようであったのだ。



 しかし今はどうだ、内包する魔力はそのままに、淀みなく流れる様はまるで清流を思わせ、美しいとすら感じる。非常に興味深い、少し調査させてくれないだろうか。



 探索を辞め、生き死にから少し離れたことで覚醒したというのであれば皮肉な話だ。現役中にこの様子であればさらに長く、さらに深く安定して探索できたかもしれない。いや、ボクたちがついていけないか。これで良かったのだ、ボク達は。



 楽しい世間話も一段落し、目的について促すと協会から伝言を預かっているそうだ。内容は予想通り、彼からの伝言でなければ聞くにも値しない。



 彼はさらにもう一つ伝言を預かっていた。というか、彼はこんな小間使いみたいな用事をよくもまあホイホイと聞くものだ。相変わらずのお人良しさに眉毛が下がる。



 彼が事も無げに伝えてきたもう一つの伝言は、最近ボクの頭を悩ませている立ち退きの件であった。魔術協会の部外者である彼に一体何を話しているのだ…



 あと一週間程度で出て行く算段はついていない。というか詰んでいるに近い。



 理想的な解決策には今しばらくの時間を要すため、それまでは嫌々ながらも共同研究に時間を割いて、なあなあで済ませるという消極的な策を採用するつもりであった。



 そこで彼が提案をした内容は少なからずボクに衝撃を与えた。



 そうだ、彼は自宅を所有している。あれだけ妙案が浮かばなかったことが嘘であるかのように、引っ越しからボク自身の家を手に入れるためのプロセスが頭の中を駆け巡る。



 しばらく時間が経ってしまっただろうが、彼は黙って待っていてくれた。こういう以心伝心なところが仲間たちといて落ち着くところだ。待ってくれたことと、素晴らしい提案についてのお礼を伝えると、何故か彼の方が嬉しそうな顔をする。



 ボクが市民権を得る条件にはあと一年程度必要で、申請時に書類上は彼の内縁の妻でいるのが理想だ。ここについてはもう一度見直しをしたうえで改めて彼に説明するべきだろう。そして仲間とは言え、異性との同棲。お互いが気持ちよく過ごすためのルール作りは必須だ。当然、家主である彼の意見を最大限尊重したものとしようじゃないか。



 しかし、次に続く彼の言葉にはさすがに仰天した。結婚、まさか彼がそこまで貞操観念の強い男だったとは…彼の中では同棲するのは結婚した者同士ということか。そうであるならば彼にとって同棲を勧めるということは、求婚と同義なのか?



 いや、そこまでではないにしても、気のない相手に結婚の話はしないはずだ。確かに談話室で切り出すような話題ではない。ふふっ…そうか…あの彼が、このボクを。リリア君でも誰でもなく、このボクを…昏い喜びが胸を満たす。ああ、これは良くない感情だ。手に入りそうに見えた瞬間から、ボクは彼が欲しくてたまらない…



 体が熱い、試作万能茶の効果ではない。あれの作用は正反対の鎮静だ。一人で部屋にいる癖でついつい胸元を扇いでしまう。彼の視線が初めて胸に刺さるのを感じた。



 なんだ、この邪魔な胸にも使い道があるじゃないか。



 探索中は胸の固定にも手間取るし、固定をすれば当然のように息苦しいし蒸れる。探索期間が延びれば痒くなると、とにかく良いことはなかった。かといって胸の固縛を怠り、動きを阻害されて命を落とすなんて馬鹿な羽目に陥るわけにもいかない。



 思わず口に出してしまったのだろう。彼が聞き返してくるが、こんなことは話せない。



 答えをはぐらかすと、彼に自宅に来るのはいつでも良いが、夕方以降に来るように言われた。



 夜か。最終的には…ということだろうか。顔が赤くなっていないか心配だ。ボクは自慢ではないが異性との交際経験が全くない。



 二人で食事に行ったりだとか、手を握ったりとかそういったものをすべて飛ばして「お家デート」というわけか。なるほど、分が悪いが受けて立とうじゃないか。



 下着も実用性重視のものしか持ち合わせていないし、知識も不足している。準備が必要だ。



 すると彼は毎日風呂を沸かせて僕を待つというではないか。



 ええぇえ!キミ!やる気満々だねえ!ホント急にどうしたというのだい!?

 こんなことを言われているのに答えてあげたいと思うボクも大概だとは思うがねえ!



 ボクは知っている。

 彼はものぐさ仲間で普段は水風呂にばかり入っていることを。



 ボクは覚えている。

 初めて彼の家のお風呂を借りた時に、思いのほか気持ちが良くて、また入りたいと彼に言って笑った顔を。



 夕方の鐘が鳴り、彼は用事があるとのことで急いで帰ってしまった。



 彼が出て行ってしまったドアをしばし見つめて呆けてしまうが、ふと我に返る。



 こんなことをしている時間は一秒たりとも無い。準備をしなくては。



 引っ越し手続きやその他諸々は協会に顔を出すか使いの者を出すだけでよい。結婚関係の情報は一度目を通せば把握できるだろう。



 しかし、下着や異性交際の知識。誰に頼るのがベストだ?



 ボクの頭に浮かんだのは既婚者であり、ボクと同じような胸の悩みを抱えていそうな戦乙女の看板娘の顔だった。



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