26.ロマ
「さあ、ここだよ。入ってくれたまえ」
ロマが建屋の奥まったところの一室に招いてくれた。研究室と言っていたが、自室として使用しているのだろう。なんというか生活感に溢れた部屋であった。
「今お茶でも出そう、そこら辺に座って待つと良い」
動き回るとモノを倒してしまいそうだ。大人しく指定されたあたりに座る。腰を下ろすとクッションから甘いような香りがむわりと立つ。おそらくロマがここに寝ているのだろう。
「おまたせ、すまないがカップはビーカーだ」
礼を言ってお茶を受け取ると、ロマは向かい側に腰を下ろした。
最近はいつも隣にニアが座るのでなんだか新鮮だ。二人で向かい合いながらビーカーをすすりながら一息つく。
見慣れたローブに身を包み、ややクセのある髪の間からは片眼鏡越しの三白眼がこちらを見つめている。あまり寝ていないのだろうか、目の下にはクマが出来ていた。しかし、それを差し引いたとしてもロマはやはり美人だと思う。
「お茶は口に合ったかな?ボクの調合した…そうだね、ハーブティのようなものさ」
色はビーカー越しなのでよく見える。明るい栗色でまるでロマの髪の色みたいだ。
お茶には詳しくないのでよくわからないが、ハーブティと言われればなるほど、そんな感じかもしれない。不思議と落ち着く味と香りであった。
「そうだろう。これはね、弱い鎮静と疲労回復。それに加えて解毒のポーションの効能を持ち合わせているのだよ」
そう言われて驚く。ポーションというのはどれもが不味く、解毒のポーションは一際不味い。むしろこれこそが毒であると言わんばかりの味なのだ。とてもじゃないが、命がかかっていなければ間違っても飲みたいものではない。それに比べたらこれは画期的だ、これを探索中に飲みたかった。
「うんうん、期待通りの反応をありがとう。これはボクの中でもお気に入りでね、ただ探索中に振舞えない理由があったのさ。ん?それはね、これは淹れた直後じゃないと効能が薄れてしまうのだよ。ほら、色を見てごらん。段々と薄くなってきているだろう」
そう言われてビーカーを見れば、確かにその色は先ほどよりも薄くなってしまっていた。温めなおしたらどうだろう、復活しないのだろうか。
「ボクもいろいろ試したのだけれどね、ダメだったよ。探索中に解毒が必要な場面でこれを淹れている余裕などないからねえ…ああ、完全に色が抜けるまで放置すると効果はないのに味だけは解毒のポーションみたいになるんだよ。おもしろいだろう」
それを聞いてビーカーのお茶を一気に飲み干す。確かに面白いかもしれないが、不意打ちであの味を食らったらたまらない。
「流石だね、正しい判断をする。それを聞いて吐き出す不届きなものもいてね…そう、さっき僕と一緒にいた女性がいるだろう。確かイサベル…イサベラだったかな?とにかく彼女も飲んで大丈夫なんですかなんて心配しだすし、人を何だと思っているのだろうね」
ロマはいろいろと怪しいものを作り出すが、人を騙して実験台にするような女性ではない。彼女なりに役立つものを良かれと思って作るのだ。ただ、飲食物を開発した時は効果はともかくとして味が不味いことが多いだけである。
味といれば敷地から一歩も出ないでどうやって食いつないでいたのだろうかと部屋を見渡せば、片隅に包み紙のごみ山が目に入る。アレには見覚えがある、行動食二号改の包み紙だ。
「ああ、アレかい?パーティ解散に伴って携行食が不要になっただろう。キミ以外の皆が持っていた行動食をボクにくれたのさ。おかげでしばらく食事の心配を済んで助かったよ。そして新しい発見もあった。知っているかい?これ、味が無いのに飽きるのだよ、不思議だねえ」
ロマの興味は俺からしたら普段何とも思わないようなことに向かうが、そういった話を聞くと不思議とこちらも興味が湧いてくる。確かに味のないものに飽きるというのはどういうことなんだろう。その後も他愛のない話をして時間が過ぎていった。
「おっと、つい話し込んでしまったね。それで、今日は何の用事があったのかな。ボクとしてはキミが来て来てくれただけでも十分だけれども」
そうだった、会話が楽しくて本来の目的を忘れてしまっていたようだ。まずは忘れないように伝言についてからにしよう、協会からの資産運用継続依頼とここの立ち退き期限の件だ。
「ああ、その話か。大方リリア君とゲンジ君の資金を農業や商会系に移したことで、当座の資金運用に難が出たといったところかな。彼女はやはり動いたのだね。なぜ知っているかって?リリア君はゲンジ君に付いて行って酒を造ると言っていただろう。そちら方面に顔が利くようにしておいた方が立ち回り易いだろうからね」
少し話しただけで状況を把握してしまったようだ。さすがはうちのブレインである。
「そもそもボクたちの仲間がきっかけになったことだよ。協会に恩もあるし、何をするにしても少しくらい待つさ。付き合いも短くないのだ、少し考えればわかるだろうにねえ、マナージ君もそんなだから白髪が増えるのさ」
確かにこの前に見た時は白髪が増えていたような…まあロマのように何でも少し考えれば理解できるような頭を誰もが持っているわけではない。俺に分かることといえば、ロマは頭が良くて、良い奴ということだけだ。
きっと立ち退きに件についてもすぐ解決してしまうだろう。先ほど案内してくれた男の話をすると、意外にもロマは表情を曇らせた。
「…その件だがね、少し悩んでいるのさ。僕はそのうちに魔術協会を抜けようと考えているのだよ。共同研究のために時間を奪われるのがいい加減嫌になってね。登録費用を何倍か払っていいから免除してくれないかと言っても一向に聞きやしない。かといってここに保管している貴重品を置いておける宿などないし、預けてしまうと不便だ。市民権のないボクは家を建てることもできないし、ここを離れるのもねえ」
ロマにも簡単に解決できないことはあるようだ。しかし俺にここで閃きがあった。自宅には空き部屋が二つもあるし、そこに入るというのはどうだろう。生活力がイマイチな我々をフォローできる人間が今ならばサーシャとニアの二人体制である。問題だってすぐにロマが解決策を思いつくはずだ。
「なるほど…素晴らしい案だよ。キミさえよければすぐにでもお願いしたいところだ。早速引っ越しの手配をするとしようじゃないか、あとは…」
彼女はぶつぶつと考え事を口にしている。何かを閃いた時にたまに入る状態だ。こうなった時はそっとしておくのが一番だ。経験上、そのうち完璧なプランを提示してくれる。俺の一言が問題解決の糸口になったようでとてもうれしかった。
ニアはロマに対して好意的だったから同居には反対しないだろう。襲ってしまわないようにと苦し紛れで聞かせた我がパーティの冒険譚様様である。
そしてロマというストッパーがいてくれるなら、俺もニアに対して理性的に振舞えるはずだ。その間に自分をコントロールする術を身に着ける。俺流の完璧なプランだ。
改めてニアにとってもロマにとっても俺にとっても、三者に利のある良い案だと思えた。仮に俺に利が無かったとしても、困っている仲間に手を貸すのは当たり前である。
「ありがとう、考えがまとまったよ。キミの家に皆と泊ったことはあったが、今回は…まあ同棲になるからね。近いうちにそちらにお邪魔して説明させてほしい」
先ほどの曇り顔をすっかりと腫らし、自信満々に話すロマはかっこいい。やはりこういった表情が彼女には似合う。伝言についてはほぼ解決したようなものだし、結婚のことを聞いてみよう。
「っ!?っけ、結婚の仕方?…それは…随分と一足飛びというかなんというか…ふぅむ。つまり…そういう意味ということでいいかい?」
確かにこれまで全く女っ気のなかった俺が急にこんなことを口にしたら驚くだろう。しかし、結婚の意味は考えたことが無かった。結婚とは…結婚のことであろう。手続きや決まりとかが良くわからなく、ロマならば知っていると思ったのだが。
「…わかったよ。一通り目を通しておくから、万事ボクに任せたまえ。ふぅ、しかし少し暑いね…さっきのお茶には代謝を促進する効果はないのだけれど…」
頼もしい。これで結婚についての知識不足の心配は無くなったも同然だ。しかし、俺の前とはいえ胸元をパタパタと扇ぐロマはちょっと無防備すぎる。ローブの下に何も身に着けていないのか、胸元から豊かな胸の谷間がはっきりと見えてしまい、思わず目を逸らした。
実はロマのクッションの匂いを嗅いだ時に、ムズムズしたものを感じてしまったのだ。世間話をしているときは忘れられていたが、その双丘を見て改めて意識してしまう。
現役中に相棒の復活を果たしていたらこんなことで俺は命を落としていたかもしれない。何よりもそれによって仲間を危険に晒さなくて本当に良かった。
「…この胸も役に立つときがあるものだね」
自分の危うさを改めて自覚していると、ロマが何やら呟いた。聞き返しても教えてくれなかったので、いつ頃自宅に来られるか聞いてみる。
まあロマであればいつ来てもらっても問題ない。できれば夕方以降の方がいいだろうか、少なくともニアが家にいる時間である。顔合わせの日にロマを待たせているとなったらニアも気を遣うだろう。
「ふぅん…夜がいいということだね、わかったよ。その時間に伺おう。でもボクも女だからね、少し準備させてほしいのだよ」
暑いといった彼女の顔は先ほどよりも幾分か血色がよくなったように思う。…仲間をそうした目で見るのは良くないのだが、とても色っぽく、その言い回しにドギマギしてしまう。
そうだ、ロマは以前我が家の風呂をゲンジの次ぐらいに喜んでいた事を思い出し、毎日風呂を沸かせて待っているから、いつでも来てくれと返す。ニアが我が家に来てからは我が家の風呂は毎日のように火が入っている。水風呂生活からの脱却であった。
「…男子、三日会わざれば刮目して見よ、か。ゲンジ君の言葉は正鵠を射ることがあるねえ。いやはや興味深い…」
その時夕方の鐘が響く。しまった、遅刻する。ロマに用事があるからこれで失礼すると言い残し、部屋を飛び出す。
廊下に出ると、女性がこちらを驚いた顔で見ている。先ほどロマと話していた女性だ。確か、イサなんとかさんだ。
思わず飛び出してしまったので、ここを出る道案内をお願いすると、彼女は快く応じてくれた。道案内の礼をして別れ際に名前を聞く。
「イセリナです」
そもそもイサじゃなかった、すみません。




