第二章 ‐search‐
「お、ツマキ。昨日は災難だったなあ?」
「全くだよ……」
俺が教室に入ると、短い焦げ茶色の髪の長身の少年が声をかけてきた。俺の親友であり悪友の鵠沼凌だ。
明るくも冷静な大人びた性格で、特に後輩の女子から人気がある。しかも能力では学年主席を務める程の実力者だ。
リョウの能力名は、《方向強制》。ありとあらゆる力の向き(ベクトル)を操る能力だ。しかし、そんな能力があるのにリョウの愛用する武器は拳鉄甲で、闘う時は普通に殴りかかってきたりする。
「つ、ツマキくんお、おはよう……」
リョウの陰に隠れる、小柄で長い黒髪の少女はクラスメートの喜多川棗だ。
人見知りなうえに臆病な性格で、常に凌の陰に隠れている。因みに、凌とは訳ありの幼馴染らしい。
こんな感じだが、実はナツメもかなり実力者で、能力名は《具現文字》。空中や物に文字を書き、その文字に応じた効果を発動させるというとんでもなく自由度の高い能力だ。
「おはようナツメ。それと、サナエも」
「なんかついでみたいな言い方するわね。ちょっと不満かなー」
そして不服そうな顔をしている眼鏡をかけた、いかにも優等生という雰囲気を持っている少女は俺の幼馴染の内海早苗だ。
生徒会の書記を務めており、結構顔が広い。
能力名は、《分析》。効果はその名の通りで、目視したあらゆるものを任意で分析する。
「災難って言葉がここまで似合う人、私初めて見たわ」
………言い返す言葉もねえよ。
こいつは結構きつい言葉をさらりと言ってきたりする。それは小学生のときからずっと変わらず、そのまま今日まで来てしまったのだ。
直す機会なら幾らでもあっただろうに…………。
「確かにな。入学式のために数百脚の椅子並べから紅白幕の設置までやったにも関わらずすべてパア。しかも半壊した体育館の瓦礫撤去を一人でやらされたんだろ?」
「す、すごいよね」
「その瓦礫撤去を一晩で終わらせるツマキも色々ぶっ飛んでると思うけどね?」
仕事だから仕方がないんだよ。……ぐらいな言い訳しか思いつきませんよ。ええ。
「全く……俺は生徒の筈なのになあ………なんで働いてんだろ」
「ちゃんと給料は出てんだろ?なら良いじゃないか」
「まあな……」
この三人は、俺の事情を色々理解してくれている理解者だ。そして、恐らくこの三人が学年の中で一番、能力について詳しい。
「あ、そうだ。ナツメ、ちょっと聞いてもいいか?」
「な、なに………?」
ナツメの蒼色の右眼が光を反射する。このナツメこそが、能力の開花によって片方の目の色が変わった能力者達の内の一人だ。
「なあナツメ。確かお前のその右眼の色って、お前の能力の開花によるものだったよな?」
「う……うん。そうだけど……」
「どうしたのよ?そんないまさらなこと聞いて」
不思議そうな顔をするサナエ。
「なあ、もしも両目の色が両方とも、別々の色に変わっている人がいたとしたら、どう思う?」
「そんなのありえないです」
普段からおどおどしているナツメが、珍しく断言した。しかも、いつの間にかリョウの陰から出てきている。
「それってつまり、二重能力者ってことですよね。今二重能力者の開発はされている最中で、完璧な二重能力者は存在しないはずです」
確かに、現代二重能力者についての開発は進んでいる。しかし、人工的な方法でしか二重能力者を誕生させる方法は無い。それに、その方法も完璧ではないのだ。
だけど、もう一つ可能性がある。
「……天然の……いわゆる、生まれつきってやつだったとしたら?」
強引な理由ではあるが、可能性が零ではない。
「…………………………………………………………………………あっ」
数秒間静寂が訪れ、その静寂の直後ナツメは間の抜けた声を出した。
この反応からすると、気付いてなかったな。
「そっ、そうですよね………」
おどおどと、再びリョウの陰に隠れるナツメ。お前は小動物か何かか?
「けど、そんなのまだ確認されてないよな?どうしてそんな話を?」
「いや、別に」
自分の席に座り、授業の準備をする。
「ねえツマキ。あなた何か隠してるでしょ?」
相変わらず勘の良いやつだな。………いや、俺が隠すのが下手なだけか?
しかし、そう簡単に言ってもいいことだろうか?ちょっと微妙だな。
「……はぁ。隠してることは認めるよ。だけど、まだ言うわけにはいかないんだ」
「ふうん……」
納得のいかない顔をするサナエ。
「まあ、あんまり踏み込むことじゃないだろ。それにツマキはいつも厄介事をかかえてるしな」
「そうね。確かに厄介事と不運のびっくり箱だものね。ツマキは」
そんな言い方無いだろ……。俺だって、好きで毎回毎回厄介事に巻き込まれてる訳じゃないんだぞ?確かに組織もしょっちゅう潰すし、逆にしょっちゅう襲われるけど、どっちも俺には非が無いんだぞ?
「そういや、佐竹が何処にいるか分かるか?」
サナエの酷い言葉は置いといて、取りあえず本題に入らないと。このことが、今日俺が学校にきたことの一番の目的なんだから。
「佐竹か?そうだな。西棟の校舎裏にでもいるんじゃないか?あいつ、いつもあそこにいるし」
なぜ佐竹の居所を聞いたのかも質問せずに、凌はそう教えてくれた。こういうところは本当に大人だよ。こいつ。
「じゃあ、俺は行くな。ありがと」
教室を出ようと、扉に近づいたところで―――
ガラッ
「待て。如月」
「………げ」
「『………げ』とはなんだ!!」
扉を開け、入って来たのは武田教官だった。
「如月!!お前、昨日の報告レポートをまだ出していないだろう!!」
昨日のような事件がある度、俺はいつもレポートを書かされているのだ。
「か、かんべんしてくださいよ!いくらなんでも次の日に提出っていうのは無理があるんですよ!!」
「お前はそうでもしないと提出しないだろう!?」
ごすっ
教官から、一部の人々には懐かしき出席簿チョップが炸裂する。現代、出席簿を持ち歩く教育者なんてほとんど……というか基本いない。
しかしこの人は何故か常に出席簿を持ち歩き、こうして時折出席簿で生徒を叩く絶滅危惧種教師なのだ。
しかもこの人の出席簿チョップは不思議なことに的確に脳天を捉え、しっかりと突き刺さる。そのため冗談かと思うほど痛い。
「あがああああっ‼」
脳天を抑え、涙目になりながら床を転がる。
自慢ではないが、これでも俺はコンクリートブロックで思いっきり頭を殴られても全くダメージが無いくらい頑丈なのだ。なのに、こんなにも痛い。
「ううううううう………」
「大丈夫か……?」
心配そうに凌が覗き込んで来た。
「鵠沼。お前も宿題のレポートが提出されてないぞ。早急に提出するように」
「は、はい……」
この扱いの差はなんだ。凌は軽く注意されるだけなのに、俺は出席簿チョップまで受けたんだぞ?
「はあ……まあいい。今回だけ特別に私が説得して余裕を持たせてもらおう。しかし、今週末までには確実に提出するように」
「……はい」
「ほら、行け。用事があったのだろう?それと、鵠沼は私と一緒に来い。今度のライバル校との対校戦について連絡がある」
割れてしまいそうな程に痛い頭を擦りながら教官に頭を下げ、俺は教室を後にした。
…………大丈夫かな。頭蓋骨骨折とかしてないよな?……いや、してたら死んでるか。