旅する意味は
一夜明け、翌朝は全員疲れきっていた。
追っ手を振り切って、丘を越え、その先の街道を突っ切った。
野営が出来そうなポイントを見つけ止まった時に、ようやく日が昇っていた。
ボロボロになったディルゴの看病と、一晩中魔力を使って動けなくなったクロさんに魔力をわけたりと、ニナさんとわたわたとしていると、瞬く間に時間は過ぎた。
大活躍のギンが、とにかく元気だったので見張りを任せられたのが大きい。
二人がまとも動けるようになったのは、さらに2日後。リコの影響を受けた上での魔力回路の酷使は、想像以上に体に悪いようだ。
そして、ようやく体を起こした二人と食事をしていた時、ディルゴが話を始めた。
「で、お前さんたちはこれからどうするんだい?」
「んー?」
質問に反応したニナさんが首を傾げ、愛らしい表情になる。
最初ディルゴに気がついた時は、アイドルを見たファンみたいになってたのだが、看病するうちに慣れたようだ。
「いや、なんとなく。お前らの状況はわかる。その上で聞くが。お前たち、俺について来る気はないか?」
いち早く、クロさんが答えた。
「それは、どういう意味?」
「そのままだ。子供だけで旅なんて、危険ばかりだ。なんなら、騎士団で保護してもいい」
ディルゴは僕たちの顔を一人一人みた。
その目には強い光が見えた。
「私たちは、リコの栽培にかかわっていた。奴隷だとしても、それは罪でしょう?」
「お前たちは俺を助けてくれた。ガタガタぬかすやつは黙らせてやる」
随分と男らしいセリフだ。
それが出来るだけの力も彼にはあるのだろう。
クロさんは、考えるように腕を組んで顎に手をそえた。今回の事もある。ニナさんも、クロさんも危険にさらされた。
「それにのったとして、僕らはどうなるんですか?」
少し考えて、ディルゴがいう。
「まあ、最初は王都で俺のやってる孤児院に入ってもらうかね。猫の姉ちゃんは職員見習い。クロの嬢ちゃんとシロ坊は、でっかくなったら学校行って、好きなことをすればいい。シロ坊がいいなら、騎士団に入ったっていい。俺は今すぐでも、推薦してやりたい」
その内容は、凄く魅力的に聞こえた。
実際に、それを聞いてニナさんは満更でもなさそうな顔をしている。クロさんは完全に黙ってしまった。
騎士に召し抱えられて、王都で不自由無く暮らす。それなりに苦労はあるだろうが、奴隷だった頃に比べれば、考えられない待遇だろう。
でも、なぜか、僕の答えは決まっていた。
「ごめんなさい、僕は旅を続けたいです」
ニナさんも、クロさんも僕の顔をみた。
「そりゃあ、王都も学校も興味はありますけど。やることを忘れちゃいけないから」
「やることってのは?」
「家に帰るんです。寄り道はするけど、長くしちゃ駄目だと思うんです」
なぜか、クロさんの悲しそうな顔がみえる。
かわいい顔が台無しだ。
「家ってのは、どこだい?」
ディルゴが聞く。
少し悩んで、正直にいう。
「たぶん、ここじゃない。別な世界です。本当にわからなくて、どうすればいいのか。わからないけど、帰ります。帰らなきゃ、いけないんです」
驚いた顔をするディルゴに。
何もわかってなさそうなニナさん。
クロさんは、悲しそうな顔から、驚いて、困って、悩むような顔をして。
いつものように、前を向き口を開いた。
「誇れ高き騎士。ディルゴ・マクティン。貴方の思い遣りに感謝を。ですが、私はシロの生き方に従います。どこに向かうとしても、私の生きる意味は彼なのです。ですが、本当にありがとう」
まるで、どこかのお姫様のようだ。
そこには、どこか崇高なものの姿が見えるようだった。
「んにゃー、もー、わたしもいくからねー。ちょっと残念だけどー。君たちだけでは行かせないー」
ニナさんが僕とクロさんを抱き寄せる。
当然だ。まだ、買い物で買ったものを三人で使っていないのだ。いなくなられたら、困るところだった。
いつの間にかギンが近くにいて、頬にすり寄ってくる。忘れるなということだろうか?
大丈夫、ちょっとしか忘れてなかった。
「そうかい…………」
どこか悲しそうに、ディルゴの声がした。
「その旅に、幸あらんことを」
胸に手を当てて、ディルゴがいう。
大人の顔をして、息を吐き、ゆっくりと吸った。
「そして、その旅の、俺は、壁だ」
騎士が立ち上がる。
その目にまた、強い光が見えた。




