小さな花5
「そろそろ、時間だ」
清一にはやらなければならないことがある。
「…おとうさん、行っちゃうの?」
花怜のつかむ指の力は弱かったが、それはまるで万力に手を挟まれたかのように清一には感じられた。
「また、来るよ」
指を自らへし折る覚悟で、父親は娘の制止から逃れた。
(絶対に、助けてやるんだ!)
清一の決心は固い。
この男がろくに寝ずに研究に打ち込む理由は、彼の職場では語り草になっている。
娘の身を蝕む業病に関わる研究を、まるでとりつかれたように没頭する研究員……
会社としては同情半分、こんなに熱心な研究員もいないのが半分を理由に、上からの命令など聞き入れずに公私混同丸出しで一つの研究しかしない我が儘を許している。
しかし、清一は知らない。
娘が何を望んでいるのか、知らない。
娘を助けるために仕事に打ち込めば打ち込むほどに、娘の希望から離れていることを知らない。
「おとうさん、忙しいみたい…」
優しく愚かな父親の残した新しい“友達”に、花怜は話しかけた。
「よろしくね。元気な花、さん。
おとうさんが選んだわけ、わかるよ。あなた、とってもきれいよ」
“友達”はものいわず、窓際で赤い花びらを揺らしていた。
花怜が倒れたのは
それから数日もしないうちのことだった
花怜が見つかったとき
すでに小さな体は冷たくなっていた
先日から咳き込むことが多くなっていたことは知られていた。
ただ、それだけだったらよくあることだったので
誰も異変には気付くことができなかった。
花怜は
たった独りのまま最期を迎えた
そばにあったのは
読みかけの本と電子辞書と
風に揺らめく赤い花と
毛布に落ちた花びらだけだった




