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ちゃっくん  作者: 柴犬ちゃすけ


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第九章 放浪生活の始まり

 おいらは都会の街を離れ、狭山丘陵の森に戻った。ここは身を隠すには向いているが、かなり手入れが行き届いており、あまり動物とかを見かけない。人が頻繁に足を運ぶ森は住みづらい。他の動物達から見ても、やはり人間が最も恐ろしい生き物だと思っているみたいだ。

 もう普通に走ることが出来ないため、このまま狭山丘陵に住み着こうかとも考えた。しかし、この森は食料とかに困りそうだし、何より人の出入りが激しい。何日かかっても良いから生まれ故郷の村に帰りたかった。とはいえ、その村でも、おいらのことを知っている人は誰一人としていない。それでも、あの地に戻ろう。何の目的も持たす、ただその日を過ごす毎日より、何かに向かって生きて行きたい。

 もし新潟に戻れたら、次の目的はもう決めてある。頑張って生き延びて、こゆきちゃんを助けることだ。時間を戻したせいで、またどぶにはまってもがいていることだろう。おいらのせいで今度は助からない、なんてことになってしまっては申し訳ない。でも新潟まで遠いなあ。

 また夜、移動する生活だ。でも、本来おいらは夜型だから、この生活の方が向いている。途中、落ちている木の実や葉っぱ、畑の野菜、冬眠中の動物などを拝借して食料とさせてもらった。

 意外と狙い目なのは、お墓参りのお供え物だった。多くはカラスや猫が持って行ってしまう。もし持って行かれなかった場合、お供え物は腐ってしまう。だがそれは虫によって食べられてしまうことに等しい。罰当たりだが、そんな野生の動物達に混じって、食料争いをすることで生きて行かなくてはならない。なに不自由なく毎日ご飯を食べさせてもらっていた生活が夢のようだ。


 行きは七日で移動した距離だったが、帰りは数ヶ月の時間を掛けて戻って来た。もう季節は春を迎えようとしていた。怪我をしている足では、行きのように谷川岳の豪雪地帯をラッセル車のように走ることは出来ない。雪が解ける季節を群馬県の林の中で待っていたのだ。

 やっとの思いで、誰もいない加藤家に戻って来た。この近くにはおばあちゃんが住んでいる。だが頼らない方が良いだろう。こゆきちゃんもまだこの世に生まれていない。二軒隣のウメお婆さん、交番勤務のトミさん。みんな見ず知らずの存在だ。

 だが土地鑑のあるこの地なら、食料にもそれほど困らない。鶴亀神社には、お墓が隣接している。お供え物争いの一角に混ぜてもらおう。あの神社の森には、子熊もいた。足を怪我してしまった今の状態では、勝てないかもしれない。だが、子熊でも人に見つかることなく住める森だったということだ。それに、あの子熊が現れるのも、まだだいぶ先の話だ。

 おいらは神社の森の中に身を隠し、木の間からお墓を見張っていた。すると、おいしそうなものを手にした女性がお墓参りにやってきた。あれは、魚屋の奥さんで、ランさんだ。「しめしめ」思わず、よだれが垂れそうになってしまった。するとそこへ、一匹の太った猫がやって来た。あいつは、この辺りではボス的な存在の猫だ。しかもランさんのそばまで近付いている。

「あら、お腹すいたの?ほら、これあげるから持って行きなさい」

 元々ランさんはやさしい。だがそれにしてもズルい。

 猫は人間に危害を加えないと言われているため、相手も警戒しない。その点おいら達は、凶暴で人間すら襲ってしまうやつもいる。だがそれ以上に、野生化が許されていない理由がある。それはおいら達がかかってしまう病気で、人間に移してしまうものがあるからだ。その病気は現在の人間界において『最も致死率が高い病気』として、ギネス・ワールド・レコーズに記録されているほどだ。

 思わずおいらも出て行けば、食べ物をもらえるんじゃないかと錯覚してしまったが、なんとか踏み留まった。いくらやさしいランさんでも、この大きな体を見れば怖がるに違いない。もし通報されたら、もうここにも住めなくなってしまう。それにしても不公平だ。

 ランさんが「ばいばい」と言って立ち去った後、太ったボス猫は、何食わぬ顔でお供え物までパクついている。もう許せない。

 周りに誰も人がいないのを確認して、おいらはそのボス猫に近付いて行った。出来るだけ驚かなさいように、友好的なふりをしてゆっくり歩いた。逃げられたら追いつくことが出来ないからだ。倒すためには相手が向かって来てくれる必要がある。

 ボス猫は、自分の姿を周りの猫達に見せつけるかのように、毛を逆立てて怒り出した。「どうだ、俺様はこんなデカイ奴より強いんだぞ。みんなよく見ておけ」こんな感じのことを言っているに違いない。こっちが戦う意志を示していなかったため、楽勝だと思ったのだろう。

 こちらの作戦通り、ボス猫は先制猫パンチを食らわしてきた。速い。動きが見えない。まともに食らってしまった。だがこれは威嚇するだけで、本気の攻撃ではない。「これで引かないなら、次は容赦しないぞ」とでも言いたげだ。だが初めから逃げる気などなく、その場に居残った。

 ボス猫は、太った体でも軽々しく横っ飛びにジャンプしていた。ぴょん、ぴょん、ぴょん。遠ざかったり近付いたり。そしてついにカミソリのような爪を出し、本気の引っかき攻撃をしようと飛んできた。だが、それは猫パンチよりスピードはない。おいらの目でも動きをとらえることが出来た。

「ごめんね、こっちも生きるために必死なんだよ」

 偉そうな大義名分を言ってみたが、半分は嫉妬であったことは内緒にしておこう。おいらは相手のボス猫を捕まえ、そのまま地面に押さえ付けた。

「ちょっと我慢してね」

 ボス猫は、もうこの世の終わりだ、とばかりに大騒ぎで暴れた。おいらは、首元をがぶりと噛んで持ち上げた。いくら気が強い猫でも、体の大きさが違う。こうなってしまっては、もう暴れるだけ痛いだけだ。「同じ大きさ同士なら猫の方が強いかもなあ」そんなことを考えながら、ボス猫を鶴亀神社の崖の上から放り投げようとした。だが崖の下までは十メートル以上ある。

「待てよ。ここから投げると、怪我するかもしれない。それはさすがにかわいそうだ」

 そう思い、もうちょっと下まで歩いて行った。地面まで五メートル。普通の猫なら怪我しないだろうが、このボス猫は太っている。もうちょっと下に。

 結局二メートルくらいのところまで降りて来て放り投げた。目的は、怖がらせることで相手を傷つけることではないからだ。これであそこの縄張りはもらったぞ。

 神社の墓地をのっそのっそとゆっくり歩くおいらの姿を見て、一様に他の猫達は恐れるようになった。なんとなくだが、それらの猫達からは『鶴亀神社の主』と呼ばれているような気がした。

 おいらが徘徊している限り、もう他の猫達はお供え物を奪おうとはしない。あまり良い気分ではないが、これも弱肉強食の世界では好都合だ。


 夏は虫も多く、それほど食料には困らないが、それ以上に絶好の場所がある。みんなとの最後の思い出となったバーベキュー場だ。昼間バーベキューをしていた人達が、肉や野菜などをその辺に落として行く。特に魚などは身だけ食べて、残りはその辺に捨ててしまう。それを夜、拝借するのだ。このバーベキュー場は、テントを張って寝泊まりすることが許されていないため、日帰りでしか楽しむことが出来ない。よって夜は誰も居なくなるのだ。野生動物達にとっては好都合だ。

 多くの猫達が、食料を漁っている。負けずに出て行くと、一斉に周りの猫達が逃げ出した。「大変だ。主が来たぞ」そんな感じのことを言っているみたいだった。中には、あの元ボス猫もいた。ちょっと痩せてしまったように見える。もう部下を引き連れたりはしていない。単独行動を取っていた。恐らく押さえ付けられた時に、弱音を吐いたところを、他の猫達に見られてしまい、威信を失ったのだろう。でも怪我はしていないようだ。

 素早い猫達によって魚や肉類は食べ尽くされ、おいらは落ちている人参やピーマンを食べることにした。バーベキューの時、お母さんから人参を食べるように差し出され、嫌々食べたことを思い出した。今はこれがご馳走に見える。


 冬は一面雪の世界に閉ざされる。だがこの冬からは、もう体がちゃんと季節に従ったものに対応しているため、雪の中で寝ても大丈夫だ。

 春から秋まで茶褐色の体毛に覆われていたウサギも、冬になると真っ白になる。おいらと同じように毛が生え変わるのだろう。いつかは捕まえて食べたかったが、もう走ることが出来ないため、一生無理だと諦めていた。ところが、逆に動かず雪の中でじっとしていると、あちらから近付いて来ることに気付いた。ウサギは嗅覚と聴覚は優れているが、視覚は極端に悪いらしい。自分に近付いて襲い掛かって来る敵から逃げることは得意だが、じっとしている相手には無警戒みたいだ。おかげで、何匹かのウサギを捕獲することに成功した。

 それ以外は、以前覚えた冬眠中の動物を鼻で探し出し、穴を掘ったりして獲るようにしていた。結構、野生での生活も慣れてきた。


 それからしばらくの年月が経ち、おいらもそろそろ年老いてきた。今年で十二歳のはずだ。かなりの衰えを感じる。だが今日という日までは、何とか生き延びようと頑張ってきた。新潟で暮らす最後の目的だ。この日が、こゆきちゃんを助けた日なのだ。

 老体にむち打って、必死でおばあちゃんの家に向かった。車だと二十分程度だが、今のこの体だと移動に四時間も要してしまった。すると途中で小雪が舞い始めた。そうだ、こんな天気だった。

 こゆきちゃんを拾った畑のそばまで行くと「にー、にー」と鳴く声が聞こえてきた。覗きこんでみると、やっぱりどぶにはまってもがいている、生まれたばかりの子猫を見つけた。

「あはは、見―つけた。遅れちゃってごめんね」

 おいらはそこから子猫を助け出し、そのままおばあちゃんの家に向かった。これは間違いなくこゆきちゃんだ。懐かしい匂いを感じる。

 途中で必死に「にー、にー」と鳴きながら逃げようとしているみたいだが、まだ何を言っているのか理解出来ない。「お願いだから食べないで」って言っているのかなあ。大丈夫だよ。おいらは味方だよ。

 おばあちゃんの家は庭側のサッシに、いつも鍵がかかっていない。庭から中を覗くとおばあちゃんは、こたつに入って、うとうとと居眠りをしていた。

「ちょっとの間おとなしくしていてね」

 おいらがそう言うと、不思議と子猫は鳴かなくなった。鼻でサッシをそおっと開けて、中にその子猫を置いて、急いでその場を逃げ去った。心配なのでちょっとの間、影に隠れて話し声を聞いていた。

「あらあら、あなたどうしたの?そんなに汚れちゃって。かわいそうに。温かいタオルで拭きましょうねえ」

 良かった。それを聞いて安心した。おばあちゃんはやさしいけど、さすがにおいらの姿を見たら怖がるだろう。また『こゆき』って名前を付けてもらえると良いなあ。あの名前、とっても素敵だったなあ。こゆきちゃん幸せになってね。

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