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この町しか知らないまま、大人になりたくなかった  作者: ちょこまろ


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第2章 棚の向こうにある生活

書店には、いろんな人がやってきます。

一冊の本を手に取るその人の背後には、私の知らない「生活」がちゃんと流れている。


今日は、そんな棚の向こう側に広がる世界のお話です。

大学生の先輩、高瀬さんの「問いかけ」が、私の心に少しずつ刺さり始めます。

 数日もすると、書店にはいろんな人が来ることが分かってきた。


 毎週同じ経済誌を買うサラリーマン。

 児童書コーナーでしゃがみこんで絵本を選ぶ父親。

 参考書の棚の前で、長いこと動かない高校生。

 旅行本を何冊も見比べて、最後に一冊だけ買っていく若い女の人。

 閉店十分前に駆け込んできて、雑誌の発売日を必死に確認する会社員。

 文芸書の棚の前で、背表紙だけを長いこと見つめて、結局何も買わずに帰る人。


 客が選ぶ本は、その人の知らない顔を少しだけ見せる。


「人って、読む本でちょっと分かる気がします」


 文芸書の平台を整えながら私が言うと、高瀬さんは「半分くらいはね」と言った。


「半分?」


「残り半分は全然分かんない。いつも戦国小説ばっかり買う人が、急に熱帯魚の本買ってったりするし」


 私は吹き出した。


「何があったんですか、その人に」


「ね。人の生活って、一列じゃ並ばないんだよ」


 その言葉が、妙に残った。


 本を選ぶ人たちはみんな、学校の外にちゃんと自分の生活を持っているように見えた。


 学校では、人はだいたい、成績とか部活とか、そういう分かりやすい札で見られる。

 でもここに来る人たちは、もっとばらばらで、もっと勝手だった。

 それが、少しうらやましかった。


 私はレジに立つのも少しずつ慣れていった。

 バーコードを通す音。レシートが出てくる音。

「カバーおかけしますか」

と聞くたび、最初は声が少し上ずったけれど、数日すると自分の口から自然に出るようになった。


 ただ、慣れてくると、今度は別のものが見えてくる。

 仕事の流れとか、店の呼吸みたいなものだ。


 雑誌の発売日には朝から人が多い。

 雨の日は児童書コーナーの足が止まる。

 閉店前は文庫を買う人が増える。

 そして、大学ガイドの棚の前で立ち止まる人は、思ったより多かった。


 高校生らしい子もいれば、母親らしい女性だけで見ていく人もいる。

 スーツ姿の父親が、参考書と大学案内を一緒に手に取ることもある。

 そういうのを見ていると、進路って学校の中だけで決まるものじゃないのだと分かった。

 家族のこと、お金のこと、通学のこと、その人がどこで暮らしたいか。

 きっといろんなものが、静かに混ざっている。


     *


 高瀬さんは隣県の大学に通っていて、来月から大学の近くで一人暮らしを始めるらしかった。


「通学二時間きついから」


「一人暮らし、怖くないですか」


「怖いよ。失敗するの分かってるし」


「なのに、するんですね」


「うん」


 高瀬さんは新刊を積みながら言った。


「失敗しても、自分で決めたことだから」


 私はその言葉を、すぐには飲み込めなかった。

 失敗なんて、できるならしたくない。

 でも高瀬さんは、失敗しないことより、自分で決めることのほうを大事にしているみたいだった。


「神谷さん、進路どうするの」


「まだです」


「地元?」


「……たぶん」


「たぶん、なんだ」


「うち、お母さんが県外とか心配するから」


 言った瞬間、その言葉が急に重くなった。

 高瀬さんは少しだけ首を傾ける。


「神谷さんは?」


「え?」


「神谷さんは、どうしたいの」


 私は答えられなかった。


 そんなふうに、自分の気持ちのほうから先に聞かれたことが、あまりなかったからだ。


 その日の帰り、私はその言葉をずっと引きずっていた。

 神谷さんは、どうしたいの。

 簡単な質問のはずなのに、びっくりするほど答えが出ない。


 この町が嫌いなんじゃない。この町しか知らないまま、自分のことまで決まっていくのが嫌だった。


 でも、そんなことを母に言ったら、きっと困らせる。

 先生に言ったら、「まだ二年生だから焦らなくていい」で終わる。

 友達に言ったら、「つむぎならどこでもやれるよ」と励まされるか、「地元で十分じゃない?」と笑われる気がした。


 どれも間違いじゃない。

 だから余計に、私は自分の気持ちを引っ込めるのが上手くなっていた。

第2章をお読みいただき、ありがとうございました。


「神谷さんは、どうしたいの?」

高瀬さんのその一言に、つむぎは答えられませんでした。

今まで「ちゃんとしている子」でいるために、自分の本当の気持ちを後回しにしてきたツケが回ってきたのかもしれません。


次回は最終章「まだ見たことのない景色」です。

つむぎが最後にどんな「送信ボタン」を押すのか、最後まで見守っていただけたら嬉しいです!

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