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第三十二話「土曜美」
「もうこんな時間か」
小さな翼がついた懐中時計を開けると、
短針がフクロウの羽を指しておった。
「喫茶店にでも行くか」
目覚めのコーヒーを嗜みたいところだ。
今日は土曜日だしな、あそこのマスターも機嫌がいいだろう。
「……」
全体的に服装などが乱れておるな。
だが、まあ、今日はよい。
早く行くとするか…
グサ、グサ。
おかしい、我の椅子が下がらぬ。
泥沼に落ちた車輪のように動かぬ。
「あああああああああ」
「……」
「悪魔さん」
「……」
なぜ、こやつ(ひとみ)は居るのだ?
昨日、終電前に帰らせたはずなのだがな。
「ひとみ、起きろ」
「休日まで仕事場に来て、いったい何をしておる?」
スーツのまま床で寝っ転がるだらしないひとみから
我は一歩下がり、
セミの抜け殻をつつくようにひとみの頬を指でつついた。
存外、人間はあたたかいものだ。
人肌が恋しいというのはこのことを行っておるのだろうな。
……
何を言っておるのだろうな。
まあ、そんなことよりも
「雨粒か」
ひとみの頬についていた妙に甘い匂い…
「外出とは珍しい」
あやつが外に出たのは、ついさっきのようだ。
だが、なぜこんな時間に
「……」
謎は深まる…
「悪魔しゃん」
「……」
「悪魔さっ」
我は、ナマケモノのように脚にまとまりついてくるひとみを
振りほどきそのまま仕事場を後にした。




