第三章 五歳 10
俺はすでに動き出しており、音もなく近づくと、その声の主の顎をかすめるように掌底を入れて意識を刈り取る。
これで、敵の指揮官を無害化できた。
続けて気を探りつつ、混乱する共和国兵を白い闇に紛れて処理する。
指揮官を含めて三人目を処理したところで、広場に強い風が吹いてきた。
敵の魔術師が風魔法を使い、俺の霧魔法を処理したのだ。
視界が急速に戻ってくるが、その間に風魔法を使った魔術師の頭を背後から掴み、腰を使ってそのまま地面に落とす。
魔術の頭は自分の体の体重によって、地面の上で妙な角度に折れ曲がった。
これで残りは三人。
霧が晴れた状態で対峙することになった。
「子供? なんで、こんな所に」
一人の兵士が驚いたように言っている。
だが、すぐに別な兵士から指示が飛ぶ。
「油断するな。こいつは強い。全力で対処しろ!」
それは、さっき設営の指示を出していた共和国兵だ。
ロングソードを抜き放ち、まったく油断した様子がない。
「「了解」」
残り二人の兵士もロングソードを抜いて、油断なく構える。
いままでロングソードを抜いていなかったのは、視界が遮られている状態で同士討ちを避けるためだ。
少しは期待したのだが、明らかに戦いなれている。
さて、これで不意打ちは出来なくなった。
だったらやるべきことは一つ。
直ぐに動く。
時間を与えて連携を取られたら不利になる。そうなる前に動く。
体を低くして、走り出しながら地面から砂を掬い上げて、一番近い敵に向かって投げつける。
共和国兵はそれを予想していたのか、左手に付けていたバックラーで目つぶしを防ぐ。
だが、その行動こそがライゼの狙いであった。
顔を覆った敵兵の左手を掴むと、背後に滑り込むように下に引く。それと同時に、左足を後ろに払った。
すると、バランスを崩した敵兵はつんのめるように地面に顔面から倒れる。
背後に回った腕を掴んだまま、無防備の脛骨へ向かって蹴りを放つ。
腕が折れ、同時に脛骨も折れた。
遺体を一つ作ると同時に、落ちているロングソードを拾い上げて投げる。
遺体が取り落した物を利用したのだ。
狙いは指示を出していた兵士。
キンという高い音がして、投げたロングソードは弾かれた。
だがそれで十分。連携を阻止できた。
もう一人の兵士が、ためらいなく切りかかって来ている。
上から振り降ろされる剣の腹に左手の甲を添え、剣の軌道を誘導する。
ライゼの体から逸れたところで、右手で兵士の右手を掴み押し込む。
さほど力は必要ない。殆ど兵士自身の力。
その時、兵士が握っていた剣の先は、自分自身の喉元に向いていた。
兵士の表情が驚きに歪んでいた。何が起こっているのか、よく理解できなかったからなのだろう。
そのまままったく滞ることなく、ロングソードの刃が首を貫いた。
結局、最後までその兵士はなぜ、自分に何が起こったのか分からないまま死ぬことになる。
残るは一人。
だが、その兵士の判断は早かった。
剣をライゼに向かって投げつけると、脱兎のごとく逃げ出した。
さっきもそうだったが、判断が早い。
もう勝ち目がないと見て取ると、すぐさま逃げることに徹する。
剣を投げたのは、ライゼにダメージを与えるためではない。
ライゼから逃げ出すタイミングを作るためと、荷物を少しでも減らすためだ。
ここにいたのがライゼでなければ、その試みはもしかして成功していたかも知れない。
ライゼはためらいなく軽気を使うと、なんなく追いついた。
背後から跳ねると、両足を首に絡め軽気を解く。
子供とはいえ、その速度と質量が全てそこに乗ったのだ。
とても、抗えるものではない。
前のめりに倒れる状態を作り出したライゼは、自分の体を内側に倒しこみ、兵士の頭をそのまま地面に叩きつける。
頭骨と共に、脛骨も粉砕されてしまう。
間違いなく、即死だった。
これで、この町にいた共和国兵は、一人を除きすべて死亡した。
生き延びたのは、霧の中で意識を刈り取った指揮官のみだ。
傍に寄ると、魔法で作った水をぶっかけて覚醒させる。
目を覚ました共和国兵は、首を振りながらゆっくりと起き上がり、周囲の状況を確認する。
「おいおい、みぃーんな殺しちめぇやがった……」
それが男の第一声である。
どうあれ、そんなことはライゼには関係ない。
「どうです? 生き延びたいですか?」
取引を持ちかけることにする。
殺すのは簡単だが、できれば情報が欲しい。
五歳児のライゼから交渉を持ちかけられて、男の顔が引きつっていた。
何かうすら寒い物を感じ取っているようだ。
はっきり言うと、それは恐怖だろう。
「なんだ、生かしてくれのか?」
男は信じてなさげな口調で聞いてくる。
「ええ、条件次第では。もちろん、どうしても、というわけではないので、拒否してもらってもかまいません」
ライゼは端的に伝える。
情報は欲しいが、方法は他にもある。言外にそう伝えたのだ。
男は観念したかのように溜息を吐くと、ライゼに向かって話しかける。
「で、なんだよ?」
どうにも表現しがたい表情を浮かべて短く聞く。
「僕の名はライゼ。まずは、あなたの官位姓名をお聞かせください」
まずは、基本的な尋問からだ。何処の誰であっても、最初にそれをする。
「リッツェンヴェルク共和国独立遊撃大隊第二中隊補給部隊所属のガイン・ヴァッシュだ」
ガインは素直に名乗った。
この情報だけは、どの国の軍法においても許されている。
捕虜として扱われるために必要となる情報だからだ。
つまり、ここからが本来の質問となる。
「それではガインさん。今から二つ質問をします。それに答えてもらったら解放します。ただ、それはここではありません。それでよろしいですか?」
ライゼの問いに、ガインは肩を竦める。
「ああ、かまわんさ」
ガインにとっては選択肢がない。
すぐにでも叩き潰せるように見える五歳児だが、そうでないことは周囲に散乱している死体を見れば明らかだ。この様子を見れば、周囲に物資を探すために散らばった連中も生きてはいないだろう。
軍人となって長いこと殺し合いをやってきた。だが、一部隊がこんな風に蹂躙されるのを見たのは初めてだ。
今ガインの目の前にいるのは、理性と知能を持ったモンスターだと判断することにした。
「では、最初の質問です。独立遊撃大隊の指揮官の官位姓名を教えてください」
この質問を聞いて、ガインは訝し気な表情になる。
それは、隠すような情報ではなく、敵もとっくに知っているような情報であったからだ。
当然、ガインは即答する。
「独立遊撃大隊を指揮しているのはナルシュ・ボーン少将だ」
答えながらも、ガインは質問の意図がつかめず戸惑っている。
一体何を調べようとしている。そもそも、この化け物は何なんだ?
そんな疑問が心中を占めているが、余計なことは言わない。
「では、最後の質問です。ガインさん、あなたから見たナルシュ・ボーン少将の人となりを教えてください。ざっくりとした感想のようなものでかまいません」
どんな質問が来るのか、内心身構えていたガインに、予想の斜め上の質問が来た。
ガインの中でさらに混乱が広がるが、だからと言って答えられないような内容ではない。
ただ、質問の意図がさっぱり理解できないだけだ。




