第三章 五歳 11
「そうだな……少将の性格は冷酷で大胆。野心に溢れているが、それをうまく隠している。部下には若干甘いかな。ただ、休みなく働き続けるので、部下は部下で休みを取れなくなっている。どんなにキツくても、少将が一番働いているので、結局部下は何も言えないってところか」
戸惑いながらもガインは答えていた。
これは情報というよりは、単なる感想だ。
到底なんらかの軍事作戦に利用できる物ではない。
「ありがとうございます。知りたいことは全て知ることができました。それでは、解放するとしましょう」
色々と戸惑っているが、ガインの戸惑いはここで最大になる。
ここで解放はしないという条件だったはずだ。状況を判断して、ガインもそれに納得している。
それなのに、すぐに解放ということは……。
「おいおい、まさか、そういう意味の解放か?」
思わず口をついて出てしまう。
最悪を想像したからだ。
それに対して、ライゼはあきれたような表情を浮かべる。
「まったく、僕を何だと思ってるんです? 違いますよ。今から、貴方を転送します。すぐに戻ってこれないような場所。……そう、あなたの故郷がいいですね。ああそれと、脱走兵扱いされるでしょうけど、そこは自分でなんとかしてくださいね」
言いながらも、ライゼは複雑な魔法術式を構築していた。
普通に展開する平面投射法ではなく、立面投射法を用いた、かつて魔界で発達した魔法技術の集大成と言えるようなものだ。
その作業を簡単に見えるような短時間で構築し終えると、目の前の空間に展開する。
それは青白い光で構築された扉のように見える。
「転移門です。ご自分の故郷の名前を口に出して開いてみてください」
ガインには、何が起きているのかまったく理解できない。
「あ、ああ……。俺の故郷はナントだ」
言われるままに、自分の故郷の名前を口にしながら扉を開いた。
すると、驚くべきことが起こる。
「な、なんだよ、これは……俺の生まれた……マジかよ……」
扉の向こうには、まるで別の世界が広がっていた。
ただ、その光景はガインがとてもよくっている。
間違いなく、自分が生まれて育った場所。記憶の中にある懐かしい光景そのものであった。
「そこが貴方の解放場所となります。潜っていただければお別れです。二度とお会いすることもないでしょうが、お達者で」
なぜか、ガインの目からは涙が流れていた。
徴兵されてこの戦争に従軍してから、ずいぶんと色々いなことがあった。
自分では気が付かなかったが、ずいぶんと前から心が悲鳴を上げていたのだ。
死と隣り合わせで戦っているうちはまだ良かった。殺さなければ殺されるからだ。
敵という名の抵抗できない女や子供を殺して、木に吊るした。一人や二人ではない。
たくさん……本当に、たくさんだ。
やがて機械的に出来るようになったが、何も感じていなかったわけではなかったのだろう。
「ありがとう……あんたも、達者でな」
そう言い残すと、ガインは転送門を使い去っていった。
転送門が僅かな青白い光の粒子を残し消える。
これで、二頭立てになっている大型の軍用馬車が入手できた。
ライゼは手綱を持って御者台に登り、馬車を前に発車させる。
町から出て道なりに進めば、家の馬車と落ち合うことができるのだが、途中の分かれ道で停車させる。
ここの分かれ道は、町に入る道と領都に向かう分かれ道の分岐だ。
ここで止まったのは、町に入ることなくそのままスルーするつもりだからだ。それに、これから使う馬に負担を掛けたくないという理由もある。
待っている間、ライゼは思考を巡らす。
今回の会敵では、思わぬ収穫があった。
それまで、これまで敵部隊の行動からしか判断できなかった敵将の輪郭が見えてきた。
概ね推察通りだったが、追加された情報もある。
敵将はナルシュ・ボーン少将。軍事の天才の働き者。敵を作ることを恐れてはいないが、自軍は完璧に掌握している。志気も高い。
勝利に貪欲で、勝利するためならどのような作戦も躊躇しない非情さがある。
想定していたより、だいぶやっかいな敵だった。
ただそれは、王国軍側も同様だろう。
誰が計略を立てているのかは分からないが、勝利するためならどんなことでもするタイプだ。
どちらも甘さというものがない。
恐らくだが、どちらかが一方的な勝利を得ることはないだろう。
領都で何か罠を仕掛けるのは見え見えだ。
ナルシュ・ボーン少将だとて、それは読んでいると見ていい。
なのに、領都に向けて進軍している。
勝てる算段があるのか、それとも何か別の目的があるのか……。
ライゼ自身は、後者だと見ている。
ナルシュ・ボーン少将の人となりを聞いて改めて思ったのだが、王国の滅亡を意図しているようにはどうしても思えない。
勝利はしたい、ただそれは政治的な勝利ではなく、戦場単位での勝利。
それで十分だと考えている。
それは、なぜか……。
やはり目的は、王国側ではなく、共和国側にある。
民衆の指示を集めるためには、戦場単位での勝利を繰り返せばそれで十分だ。
終戦協定の内容などで民衆が沸き立つことはない。
少なからず妥協を含み、公に出来ない暗い側面がかならず伴うものだから。
なんにせよ、手間がかかりすぎるし、ナルシュ・ボーン少将にとってメリットよりデメリットの方が圧倒的に多くなる。
なので、王国に対して勝利も和平も望んではいない。
そこから考えを進めていけば、なぜ騎行という戦術を取っているのかという理由も明らかになる。
騎行は兵員を除いて自国に殆ど負担をかけることのない戦術だ。
指揮官としての能力が高ければ、何度も戦術的な勝利を得ることができる。実際そうなっている。
さらに有効な対抗策として、焦土作戦があり、これを王国側に取らせることができれば、少なくない出血を強いることができる。
それだけに非常に有効な作戦なのだが、仮に勝利できたにしても傷跡は大きい。
ナルシュ・ボーン少将の狙いが最初からそこにあるのだとしたら、意味合いがまったく変わってくる。
どこかのタイミングで、かならずナルシュ・ボーン少将は共和国にとって返す。
なぜか……。
簡単なことだ。共和国を軍事力で掌握するつもりなのだ。
自分が共和国を掌握するまでの間、王国に介入して欲しくない。
直接軍事侵攻しないまでも、裏から支援もして欲しくない。
焦土作戦をとらせることができれば、王国にその余裕はなくなる。
実に合理的で非情な作戦であった。
そうすると、どうしても理解できないことがある。
領都を攻めようとしていることだ。
そこに罠があるということは、ナルシュ・ボーン少将なら理解しているはず。
そうなれば、少なからず自軍にも損耗が強いられる。たとえ勝利できたとしても。
負ければもちろん、勝ったにしても自国での作戦に少なからず影響がでる。
ライゼの読みに対して矛盾が生じている。
とはいえ、まだ共和国軍による領都攻略が始まったわけではない。
その辺りは、結果が分かってからで十分だろう。
しょせん一般市民に過ぎない身としては、戦火がどういう影響を齎するかのほうが重要である。
概ね結論が出た辺りで、馬車が近づいてくるのを見つけた。
気で分かってはいたが、家族の無事な姿を自分の目で見るとほっとするものだ。
手を振りながら近づいてくるのを待つ。
「馬車を入手してきました。これに乗り換えましょう。荷台に馬具が置いてあるので、家の馬に付けて父さまが乗ってください」
二頭立ての馬車に、一頭の馬があれば今までに比べて圧倒的な移動速度を出すことが出来る。
馬車が横づけし、御者台から降りてきたリビンが顔を引きつらせている。
「おまっ、これって……」
言いかけた言葉に、俺は被せるように話す。
「たまたまそこに落ちてたんですよ。いやー、ラッキーだなぁ」
どうやら、リビンはこれが軍の馬車だということに気づいたようだ。
もちろん俺は、みなまで話させない。
どうやって入手したかなんて、今更どうでもいいことだ。
同じく御者台に乗っていたアルラも降りてくる。
「あら、ついてるわね。こんないいものが落ちてるなんて」
にこやかに笑いながらアルラが言った。
やはり、母は強いな。
「ですよね、母さま。荷物を移して出発しましょう」
それでもリビンは何か言いたそうにしていたが、首を振りながら行動を起こす。
荷台に乗っていた馬具を下している間に、俺は姉のランに声を掛ける。
「姉さま、あっちの馬車に移ってください」
荷台から顔を除かせていたランが聞き返してくる。
「あっちの、大きな馬車に乗るの?」
物資はまったく乗っていないが、兵糧を運ぶための馬車だ。家の馬車に比べたら優に倍以上はある。
「そうですよ、手にもてる荷物も一緒に持って行ってくれたら助かります」
妹のリアラは荷台で寝ている。
ライゼが運んでもいいのだが、アルラに任せた方がいいと判断する。
ライゼは荷台に飛び乗り、両手で持てる限りの荷物を抱えて新しい馬車に移していく。
全ての荷物を運び終わったタイミングで、リビンも馬具の装着が終わる。
「父さま、母さま、荷物は全て運びました」
アルラがランを抱き上げているのを確認しながら、ライゼは報告する。
「ああ、こっちも終わったぞ」
手綱を取りながらリビンも報告してくる。
「それじゃ、馬車はあたしに任せて。はい、ランをお願いね」
荷台に乗ったライゼに、ランを渡しすとアルラは御者台に登る。
「よし、それじゃ行こうか」
リビンは馬をトロットで進ませる。アルラもそれに合わせて馬車を発進させた。
これまでは、人間の早歩き程度だったものが、軽い駆け足くらいになっている。
今の負担ならこの速さで長距離移動も可能だろう。
もちろん、休息を挟む必要はあるとしても、移動距離は単純に倍になる。
一日で百八十キロ程度は移動出来る計算だ。
ここから大きく領都を迂回したとして、順当にいけばあと三日ほどで王都に到着する。
厄介ごとがあっても、ライゼが対応すれば四日だ。
歩いて移動すれば二週間はかかると考えれば、共和国軍本体に追いつかれる心配はほぼなくなったと考えていい。
もし仮に先行部隊に遭遇したとしても、ライゼがいればスルーすることも、秘密裡に処理することも可能である。
かなり希望が見えてきた。
この戦争がどう決着を迎えるかで、フェイ一家の運命も変わってくるが、それに応じて対応すれば問題ないだろう。
ライゼにとって、一番大切なのは家族の安寧だ。そこだけは揺るがない。
王都に到着するまでの数日間、単調な旅が続くことになるだろう。
ただ、それが良い。
王都に付けば、慌ただしいことになるだろうことは目に見えている。
小さなライゼは、さらに小さなリアラを抱きながら、ゆっくりと荷馬車の柵に背を預ける。
すると、すこしだけ大きなランがやってきて、ちょこんと横に座る。
「おねぇちゃんもがんばるから……泣かなかったんだから……」
そう言ってライゼに触れた手が震えている。
ランは不安だったのだ。とっても怖かったのだ。
「ええ、わかってますよ、姉さま」
ライゼはランの手を、もっと小さな手で握り返した。
これからも大変だろうが、これが自分が守っていくものなのだと、改めて確認した瞬間であった。




