第三章 五歳 08
敵に渡れば戦略的な優位が失われる。
もちろん敵がなんらかの手段で入手している可能性もあるが……。
ただ、その可能性は今回の場合薄いと考えられる。
騎行戦術にはそぐわない計略である。わざわざ実行する意味が薄い。
そもそも騎行戦術というのは、戦略目標が想定されていない作戦である。
つまり勝利を目指すのではなく、ダラダラと戦って敵国の弱体化を図る作戦であり、当然場当たり的な対応となる。
つまり詳細地図なんてものはあってもいいが無くても別段困らない。その程度のものだ。
わざわざ困難を排してまで入手しようとはしないだろう、というのがライゼの読みである。
それはひとまず置いておくとして、王国内の詳細な地図が手に入ることはない。
だとすれば、ライゼの家族が取ることのできる選択肢はそこからさらに絞り込まれることになる。
ライゼがリビン向かって話したのは、これから先どうするのか、それを決めるための判断材料であった。
ライゼの話を聞いてリビンはしばらくの間黙っていた。
それは、どうするのか考えていたからなのだが……。
「ライゼ。もし、このまま領府に向かったらどうなるか、聞かせてくれるか?」
本当は知っていたのだ。
隠そうとしていたようだから触れなかったが。
自分の息子のとてつもない才能に。
零歳で普通に話し歩いていた。
一歳になる頃には椅子を片手で持ち上げていた。
二歳になったら、郊外に出て密かに魔物を狩っていたようだ。
冒険者を引退して武器屋をやっている関係上、冒険者ギルドとのつながりもあり、素材の買い取りもしていた。
その中で奇妙な魔物の死体が持ち込まれることがあった。
その殆どはゴブリンやオークで、素材としてはありふれたものである。
ただ、死因が奇妙すぎるのだ。
倒したのが冒険者ならば、ほぼ間違いなく剣や魔法のダメージ後が残っている。
つまり外傷が残っている。
だがそれがない魔物の死体がちょくちょく持ち込まれるようになった。
流行病ならば放ってはおけないということで、冒険者ギルドからの依頼を受けて死因を探った。
その結果、脛骨を砕かれているもの、心臓のみが破裂しているもの、脳がぐしゃぐしゃになっているもの、そのどれでもないまったく死因が判別できないものに分類された。
ただ何者かの手によって斃されたことは間違いなさそうであった。
引退したとは言え、経験を積んだ冒険者として、自然死や病死でないことは間違いないと断言できる。
やったのが冒険者であるのならば、討伐報告をせず、ましてや収入に直結する素材回収すらせずに放置するなんてことはありえない。
冒険者ギルドの依頼は、魔物の死因が病死でないことを確認した時点で終わりであったが、リビンはどうしても気になった。
そこで、魔物の死体を持ち込んできた木こりに金を渡し、死体を見つけた場所まで案内させた。
最初、現場を調べて見たが、冒険者の目と経験をもってしてもわからなかった。
ゴブリンにしてもオークにしても、死体が倒れていた場所には、確かに争ったような形跡はあるのだが、魔物の足跡しかない。
普通はそんなことはありえない。
敵が空でも飛んでいたなら話は別だが。
だが、鳥に外傷無しで脛骨をへし折るなんてマネはできない。
そんなマネはサブミッション系の技でないと不可能だからだ。
そう考えて、リビンは思いついた。
そいつは地面の代わりに木を使ったのではないだろうかと。
そして、森の木を丁寧に調べて、ようやく一つ見つけたのである。
木の幹にわずかにめり込んだ人の足跡を。
それは、とても小さな子供の足跡であった。
リビンはその足跡が、自分の息子のそれと一致することに気がついた。
おそらく息子のライゼは誰にも内緒で魔物を斃している。
魔物の死体を放置していることから、おそらく強くなるために修行をしているのだと分かった。
ただ、どういう修行をしているのかは皆目見当がつかない。
なので、リビンはそれ以来、気がつかないフリをしてきた。
自分の息子がすぐに自分自身よりも強くなることは予測がついていた。
ただ、自分は息子の、ライゼの成長を見守り助ければいいと思っていたからだ。
もしかすると息子は、伝説に伝えられる『勇者』かも知れない、とすら思っていたのだ。
リビンはそれほどの物を、ライゼから感じていたのだ。
ただ、その思いは妻のアルラにすら伝えてはいないのだが。
だからリビンは、ライゼに訪ねたのだ。
これから先どうなるのかを。
それに対してライゼは迷うことなく、そして淀むことなく答える。
「敵軍はこれから最速で領府トルクを目指すでしょう。僕らが領府を目指すにしても、一目散に通り過ぎないと、それに巻き込まれます」
極めてはっきりと断言する。
ただ、この話にはまだ続きがある。
この後、敵軍の動き。それに応戦する王国の動き。
その予想である。
もちろん可能性としては、いくもつある。
ただ、一つの可能性以外は考慮する必要がないとライゼは考えていた。
共和国軍は一刻も早い領府トルクを突破を目指すだろう。
後背の憂いを断つためである。
そこから先、街道途中の要衝を撃破しつつ王都へ向かって進軍する。
領土目的の戦争ならば、適度な勝利をもって、和平交渉を行うことになる。
そこから後は外交戦へと以降する。
条約交渉を繰り返し、王国側から領土をむしり取ることになるだろう。
当然そのために必要な勝利が、戦略目標ということになる。
だが、今度の戦いはそれではない。
そう判断できるのは、騎行戦術を繰り返しているからだ。
ことさら憎しみを煽るように住人を木に吊しているのが領土目的ではない何よりの根拠となる。
そんなことをしたら、反乱が多発してとてもではないが領土は維持できないからである。
騎行戦術というのは、騎行を繰り返すことが目的であり、そもそも戦略目標など存在しない。
たが、焦土作戦を取られたら騎行戦術を続けることは不可能となる。
そこで共和国軍が取ると予測される軍事行動は、大人しく撤退するのか、確実に敵がいる場所に転進するかである。
撤退する可能性を排除するならば、後は非常に簡単な帰結である。
最終的には共和国軍は王都を目指す。そこに向かえば、確実に敵がいるからだ。
戦力差を考えればまともとは言えないが、ただそれを覆す存在がいる。
一騎当千クラスの武将が敵軍には存在する。
その気をライゼはずっと感じている。
圧倒的な武力を持った武将は、戦場において数の優位をひっくり返すことのできる存在である。
もちろん、国家間での戦争において決定的な差とは言えないが、戦場においては勝敗を決する要因となり得る。
複数の戦場に立てない以上、一人の武将での戦略上の不利を覆すことは難しい。
ただそれでも方法がないわけではない。
その中で最も簡単に誰もが思いつく戦術の一つが、敵国の首都攻略である。
武将の圧倒的な武力を持って、王都を堕とすのである。
これに成功すれば、騎行をやめて自国に引き上げるための口実ができる。
もちろん、占領を維持できるとは思えないが、一武将がそこまで気にするとは思えない。
そもそもの話、敵国の武将の真の狙いは王国にあるのではなさそうだ。
対するに王国側は何が何でも敵武将を、この機会に仕留めるという強い意思を感じる。
こういった状況を合わせて判断すると、敵武将は恐らくどこかで引く。
帝国で革命が起こり、共和国が誕生した。




