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第三章 五歳 07

 牙を掛けようと大きく口を開いたまま、デスウルフの側頭部にかかとが叩き込まれそのまま頭部を吹き飛ばした。


 残るは2頭。


 すぐに向かって来るかと思ったら、力なく立ち上がると脱兎のごとく逃げ出した。


 遅ればせながら本能が危険を悟ったのだ。


 このまま戦えば、確実に死ぬと。


 だから、生き延びる唯一の手段にかけた。


 そして、それは正解であった。


「はぁっ……」


 ライゼは息吹を吐き、気を静める。


 当面の戦闘は終わった。


 馬車は五百メートルほど先の所で止まっている。


 アルラが走ってくるのが見える。


 間違いなく、ライゼのことを心配してだろう。


 ライゼはゆっくりと歩いていく。


 今のところ急ぐ必要はない。


 ただ母親としてはそうは思えないらしく、全力で駆け寄ってきてライゼの体を抱き上げて力の限り抱きしめる。


「苦しいです、母ぁさま」


 ライゼが苦情を言うと、アルラはハッと我に返り両手でライゼの体を抱えたまま体中を確認する。


「痛いところはない? 怪我はしてない?」


 必死な声で聞いてくる。


「大丈夫です、母ぁさま。特に問題はありません」


 細かい擦り傷や打ち身くらいはあるだろうが、25頭のデスウルフを倒したのだからそのくらいは仕方ない。


 アルラはその言葉を聞いてからも、しばらくライゼの体を入念に確認してからほっと一息つく。


 その上で、改めてアルラはライゼに向き直る。


「まったく、なんて危険なことをするの? 母さん、生きた心地しなかったわよ」


 怒ってはいるのだろうが、ほっとしていることもあり、そこまで厳しくは追及してこない。


 とは言っても、ライゼがやったことに対して、まったくの無反応だと逆に不安を感じる。


「聞かないのですか?」


 気になることを放置しているのは精神衛生上良くないので、ライゼはすぐに問いかける。


「生まれた時から変わった赤ん坊だったからね。いちいち驚いていたら、あんたの母親なんてできないわ。でも、元気なら問題なし。後は、危ないことはいけません! まだ子供なんだから!」


 アルラの言葉を聞いたライゼは、言い返す言葉を持たなかった。


 慎重に行動していたつもりだったが、色々とやらかしていたみたいだった。


「すみません、母ぁさま」


 ライゼは大人しく頭を下げる。


 切羽詰まった状況で仕方なかったとは言え、アルラを心配させたことには違いない。


 そんなライゼを、アルラは優しく抱きしめながら頭を撫でる。


 ライゼの肩越しに少し離れた所に止まっている馬車の方を見ると、リビンがなんとも表現のしようのない表情を浮かべてこっちを見ている。


 自分の息子になんと言うべきか考えあぐねている、そんな所だろう。



 ライゼとしても、息子としては微妙に難しい所なのでよく分かる。


 それに比べて馬車の荷台から上半身を乗り出して見ている姉のランはニコニコ顔で、手を振っている。


 さすがに答えられる雰囲気ではないので、ライゼは大人しくしていた。


 とは言っても、こんな目立つ場所にいつまでも止まっているわけにはいかない。


「母ぁさま。そろそろ行きませんか?」


 自分を必死で抱きしめているアルラの耳元で、ライゼはそっと囁くように話しかける。


「ええ……ええそうね。行きましょう」


 アルラが立ち上がるのに合わせて、ライゼは馬車に向かって走り出す。


「父さま。馬は持ちそうですか?」


 今、家族の生命線は馬である。


 どうしても確認しておく必要があった。


「んっ? ああ、かなりへばってる。せめて水をやりたいんだが……」


 見渡せる範囲、真っ黒に焼け焦げた大地が広がっている。


 水場はなさそうだし、もちろん牧草なんて期待すらできない。


「母ぁさまの水魔法でなんとかなりませんか?」


 なんとかなることを承知の上で、ライゼは質問をしてみる。


 するとリビンはうれしそうに笑い、ライゼの頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。


「おっ、さすが俺の息子。頭いいなぁ。でも、こんな所じゃ水を出しても溜められないんだよ」


 よそう通りの答えをリビンが返してくれたので、ライゼは少し考えるフリをして後ろから歩いて来ていたアルラに向き直って別の質問をする。


「母ぁさまは、氷を造れますか?」


 氷の生成は水魔法からの派生だ。


 つまり水魔法を扱えるなら、氷の生成は可能である。


「えっ? ええ、できるわ?」


 突然何を言い出すのか意図がよくわからず、アルラは不審そうに答える。


「では、氷で器を作れませんか?」


 さらに質問をしてみるが、正直これに関してはあまり期待していない。


 魔法で特定の形を取るためには、そのための魔法術式を完成させておく必要がある。


 詠唱に乗せるならば呼び出し詠唱が必要になるし、無詠唱でやるなら別途完成させておいた術式を用意しておかなくてはならない。


「ふふっ。魔法ってそこまで便利なものじゃないの。氷魔法で器なんて作れないわ」


 これも想定通りの返答だったので、ライゼは予定通りにリビンの方を向いて話を続ける。


「父さま。母ぁさまの造った氷の塊を削って器を造れませんか?」


 いままでの話の流れは、この提案をするためだった。


 さっさと結論から話してもよかったのだが、少しでも子供らしく振る舞っときたかった。


 自分の親にあれこれ指図したくない。


「なるほど、頭いいな。さすが俺の息子」


 言いながらリビンは頭を撫でるが……。


「ただなぁ、あんまり気を使いすぎるな。これでも、おまえの父親なんだからよぅ」


 そのセリフと共に苦笑を浮かべる。


 ただ、本当に言いたいことはそれではないのであろうことは、ライゼだけでなくリビンもアルラ分かっている。


 それでも触れないのは今の状況があるからだ。


 現実が親としての言葉を紡がせることを不可能とさせている。


 たぶん、それは両親が大人だからではない。


 経験を積んだ冒険者であるからだ。


 そして、ライゼにとっても現実は同様に作用する。


 子供のままでいることを、諦めるしかない。


 ライゼ一人が生き延びるだけならどうとでもできるが、ここから先の判断を間違えれば家族の命が危険に晒されることになる。


 氷の器で造った容器で、馬に水を与えていたリビンに近づくとライゼは話しかける。


「父さま。これからどうするのですか?」


 背後から近づいていたのだが、リビンは驚く様子もなくしばらく間を置いた後振り返らずに答える。


「知り合いのいる冒険者ギルドを頼って、領府トルクを目指してたんだが……」


 リビンの言葉の最後ははっきりとしないものであった。


 いいあぐねているというよりは、考えあぐねていると言ったほうが正しいだろう。


 もちろんそのことはライゼにも伝わっている。


「父さま。コルドヴァルス王国は焦土作戦をとっています。近隣の村や町からは食料等の物資はすべて運び出されているでしょう。運び出せない物資は焼き払われていると思います。これは、敵が騎行戦術をとっている場合の常套手段です。自国からの補給線を持たない部隊はこの戦術をとられた場合、撤退するか、一気に敵の本拠地を落とすかの二択を迫られます。なので敵部隊は、領府を目指す可能性が高いと予想されます」


 できるだけ簡単に自分の予想を告げる。


 ただ、実際には確信していた。


 というのも、敵部隊の位置は気の動きで概ね知ることができるからだ。


 それだけではなく、王国軍の動きもある程度は把握できる。


 ただし、地理と結びつかないから正確に行動を予測するのは不可能だ。


 王国の詳細な地図があればいいのだが……。


 おそらくは入手は厳しいだろう。


 あきらかにそれは、機密情報になる。


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