第三章 五歳 06
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馬車がガゴンという音を立てて跳ね上がった。
荷台に乗っていたランが浮き上がり、外へと放り出されそうになるのをライゼが左手でつなぎ止める。
まだ赤ん坊のリアラは激しく泣いて泣き止みそうもない。
だが、今はそれにかまっている余裕はなかった。
幌の後ろから、魔獣デスウルフが迫ってきているのが見える。
ライゼが捉えている気は25。
先頭のデスウルフにファイアーボールが直撃する。
デスウルフは大きく後ろに吹き飛ばされるが、すぐに起き上がり群れの後方から追従を始める。
ダメージはゼロではないにしても、頭数は減らない。
ファイアーボールを放ったのは母のアルラ。
馬車の荷台から身を乗り出して魔法による攻撃を続けている。
父のリビンは馬に跨がり走らせているが、追いつかれるのは時間の問題だろう。
デスウルフに追われて疾走を始めてから、すでに三十分が経過している。
荷馬車を一頭で引いているのだ、もうとっくに疲労は頂点に達しておりいつ力尽きてもおかしくない。
デスウルフの群れはそのことを分かっており、けして無理することなく獲物が力尽きるのを待つように追い続けている。
デスウルフは強力な魔物であるが、一対一ならばベテランの冒険者であるリビンやアルラが遅れを取ることはないだろう。
だが、三人の子供を守りながら25頭ものデスウルフと戦うことは不可能だ。
取ることが出来る策としては逃げる一手である。
リデンロッソ伯爵領領府トルクの側まで来ており、ここに逃げ込むことが出来れば25頭いようが、撃退することは容易い。
領府トルクには大きな冒険者ギルドもあり領兵もいる。逃げ込むまでもなく、近くまで行けば誰かに助けをもらえる可能性も高い。
それがリビンとアルラの判断だったのだが。
街道沿いには、まったくと言うほど人の気配が無かった。
馬を走らせているリビンは、不安を抱えながら判断を迫られていた。
とてもではないが、領府トルクまで馬は持ちそうもない。
どこかでデスウルフの群れを迎え撃つ必要があった。
今馬を走らせているのは領府トルクへと続く街道である。
本来は周囲には広大な小麦畑が広がっているはずだったのだが……。
実際は焼け野原が広がっている。
明らかに火が小麦畑を焼き尽くした後の光景であった。
そうなると、何処にも身を隠せるような場所もなく、馬車が止まったとたんデスウルフに囲まれてしまうことは分かりきっている。
止まるに止まれない状況であった。
だが、ここで馬を乗り潰すと移動手段を失う。
それは致命的な結果に繋がる。
ライゼはここで決断をする。
これ以上両親に知られないよう動くのは不可能だ。
そもそも自分の実力を隠していた理由は、家族内での不和を招きたくなかったからで、家族そのものが失われてしまっては意味が無い。
どうするか、腹は決まった。
ならば、すぐにでも行動する必要がある。
馬が潰れなくても、馬車が止まったらデスウルフに囲まれてしまう。
そうなれば家族を守り切るのは不可能ではないにしても、少なからず危険が及ぶことになる。
「母さま、ナイフをお借りします」
魔法でデスウルフの迎撃に専念していたアルラに近づき、ベルトに差していた護身用のナイフを抜き取りながら話しかける。
「ダメ! いい子だから大人しくして……」
驚きながら止めようとするが、ライゼは最後まで聞いてはいなかった。
馬車の外に飛び出し、地面に足がつくと同時に軽気を使い地を奔る。
狙いは先頭のデスウルフ。
すれ違いながら左の前足を切断する。
片足を失ったデスウルフは叩き付けられるように地面に転がった。
群れの後方へと駆け抜けながら、通り際に三頭のデスウルフの足を切断して、行動力を奪う。
四足歩行の生き物は一足でも失うと、立つだけでも困難になる。
それは魔物と言えど同じこと。
即死を免れたとして、飢えて死ぬことになる。
すれ違い様に四頭が行動不能となった。
まだ21頭が残っている。
そのうち方向転換をして、ライゼに向かってきたデスウルフは2頭のみ。
残りは馬車を追い続けている。
ライゼはそのうちの一頭に向かって跳ねながら、ナイフを腰紐に戻す。
四頭のデスウルフの足を骨ごと切断したことで、刃こぼれが起きている。無理をするとナイフが壊れる可能性があった。
デスウルフの牙を紙一重で交わしながら、その大きな首に腕を絡めて軽気を解除しねじり折る。
同時に、向かってきたデスウルフに向かって投げつける。
ライゼを牙に掛けようと迫ってきていたデスウルフは、仲間の体をまともに受け止め吹き飛んだ。
すでに死んでいた仲間と共に空中に浮かんだデスウルフに向かって跳ねると、あばらの上から蹴りを叩き込み、心臓を潰す。
再び軽気を発動すると、蹴りの反動を利用して、追いかけているデスウルフの真上から襲いかかる。
後方に位置するデスウルフへ落下と同時に背骨を蹴り砕くと、そのまま跳ねて一番近くを走るデスウルフを襲う。
最後尾から処理していくため、他のデスウルフには簡単に気づかれなかった。
気づかれそうになったことはあったが、そういった個体にはファイアーボールが直撃して後ろに吹き飛んでいく。
アルラからの支援攻撃であった。
驚きながらもライゼが何をやっているのかを察し、助けてくれたのだ。
さすがにベテランの冒険者であったアルラである。
打ち合わせも一切無く、ぶっつけでこんな連携ができるのは正直感心せざるを得ない。
もっとも、ライゼを見る目には少なからず怒っている様子が見て取れたのだが。
だが、それは後のこと。
今は、デスウルフの驚異を取り除かなくてはならない。
パターン化した攻撃を繰り返し、ついに残りが五頭となる。
その五頭は、ライゼの攻撃に気がつきアルラのファイアーボールによって吹き飛ばされたデスウルフである。
つまり、そいつらのターゲットは馬車ではなく、ライゼであった。
つまり、正面から迎え撃っても、家族を乗せた馬車が狙われる心配は無くなったということである。
ライゼは地面に降り立つと、軽気を解除して気を練りながら構えを取る。
これからの戦いでは、軽気ではなく剛気を使う。
その違いは、最初に襲いかかってきたデスウルフは身を持って体験することになった。
わずか五歳児の矮小で、身の程知らずの獲物。
もしかしたら、デスウルフはそう考えていたのかも知れない。
デスウルフの牙はライゼの喉元へとせまり、引き裂こうとしていた。
ひとたまりもない……それが、ライゼ以外であったなら。
練り上げられた気は、その矮小な体を鋼へと変える。
鍛えられていない肉体であっても、気を練り上げたパワーはデスウルフのそれを遙かに凌駕する。
デスウルフの頭が消滅した。
その様子を見ていた人間にはそう映ったことだろう。
だが実際には、ライゼが横殴りに降った右手によって、首が刈り取れ左側から迫っていたデスウルフに叩き付けられてその体を吹き飛ばしていたのだ。
ライゼは血を吹き上げるデスウルフの体を蹴り飛ばし、右側からのデスウルフに対処する。
二頭を吹き飛ばしたライゼは背後と正面から飛びかかってくるデスウルフに対応する。
まず前に大きく踏み出すと、正面のデスウルフに向かって正拳を放つ。
デスウルフの頭部はまるまで卵のように砕けた。
わずかな差で背後から迫ってくるデスウルフに向かって、腰を入れると同時に回し蹴りを放つ。




