第三章 五歳 05
伝令が耳を王の口元に寄せる。
それを見た瞬間、アゼルバン侯爵の口からなんとも表現のしようもない悲痛な声が漏れた。
悟ったのだ。
もう終わりなのだと。
「王はおっしゃられた。これは決定事項であると」
諸侯達が一斉にざわめき立つが、表だって何かを主張する者は一人もいなかった。
焦土作戦の舞台となる領土を持つ二人の領主を含めて。
場がざわめく中、サマン七世は席を立つ。
諸侯をその場に残して大広間から退出する。
その後を、ぞろぞろとおつきの者が後をついていくが、サマン七世が右手で合図を送ると全員がその場で立ち止まった。
お付きの者全員をその場に残して王宮の中央付近にある部屋の中に入る。
中には三人の男がいた。全員が軽装のチェインメイルを着ていて、武装はしていない。
その中の一人が寄って来て、サマン七世は止まらず歩き続けながら話しかける。
「状況は?」
部屋の中央にはテーブルが置いてあり、その上にはコルドヴァルス王国の地図が広げられていた。
サマン七世はその地図を南側から見下ろす位置で足を止める。
「はっ。四日前、敵部隊がリデンロッソ伯爵領内、領府トルクの西にあるマルツの町で略奪をしているのが確認されておりました。現在は領府トルクへ向けて進軍中であると予想されます」
地図上には白と黒の駒がおかれており、サマン七世の横に立つ騎士が状況の説明を行う。
「マルツはダンジョンが崩壊して衰退しておったな。餌としては手頃であろう。それより、敵補給部隊の不在は確認取れたか?」
リデンロッソ伯爵領内に侵攻してきた共和国軍の動きを、その当初から王国……いや、サマン七世は冷徹に観察していた。
「はっ。敵に補給部隊らしき部隊の確認はされておらず、これまで本国からの補給を受けた様子もありません」
横に立つ騎士はサマン七世の質問に答える。
そこでサマン七世は正面自分の正面立つ騎士に顔を向ける。
「カルスよ、どの辺りが頃合いだと見る?」
サマン七世が語りかけた相手は、カルス=ロウグ傭兵師団長である。
ちなみにこの部屋の中には、王国騎士団の騎士は一人もいない。
「そうですな。追い返すだけならリデンロッソ伯爵領トルク。殲滅をお望みならばアゼルバン侯爵領領府キヴェルをお使いになられるのがよろしいかと」
とんでもないことをカルスがこともなげに言う。
サマン七世は表情すら変えることなく話を続ける。
「なら決まりだな。共和国軍の将軍エドルリアン=ボーステイル。この男だけは絶対に逃してはならん。キヴェルに誘い込み、火計によって敵軍を殲滅する。ここで確実に仕留めるのだ。準備を進めろ」
サマン七世は傭兵部隊のみで作戦を実行しようとしていた。
そうなると当然のように問題が出てくる。
カルス傭兵師団長はそのことを指摘する。
「一応確認ですが、我が部隊だけで住人の避難を実行するのは不可能です。かまいませんか?」
これからサマン七世が取ろうとしている作戦は、領府キヴェル内に共和国軍を誘い込み、火を掛けて殲滅するつもりなのだ。
運良く逃げ出した兵がいたとしても、カルス率いる傭兵部隊が狩る。
当然その対象には避難が遅れて領府内に残っていた住人も含まれることとなる。
カルスが確認したのは、そのことであった。
「すでに多くの領民が犠牲になっておる。今更後には引けぬだろう。それより、確実に作戦を成功させることのみを考えよ。貴族共は騒ぐであろうが、なに自分の領土が無事であるならせいぜい裏で罵るくらいが関の山であろう。そんなものに些かも痛痒など感じぬ。勝てば良いのだ」
でっぷりとした腹を揺らしながら、サマン七世はばっさりと切って捨てた。
それを見てカルスは薄らと苦笑を浮かべる。
「了解しました。それと、ヴェルギリアの方はどう対処いたしましょうか?」
ヴェルギリアとはコルドヴァルス王国の北に位置する大きな島で、ヴェルギリア王国の領土より広大な土地が広がっている。
「魔王復活の予兆か……。まぁ、それが真実であれ、今は共和国に対処する他あるまい。とりあえず監視だけ付けて様子見だな」
ヴェルギリアは島全土が高密度の魔力に包まれており、その影響で強力な魔物が発生し続けている。
そのため、人間のみならずエルフもドワーフもこの島には寄りつかない。
すでに伝説となっているが、魔王が生きた時代には魔人達がこの地を支配して都市も造られていたと聞く。
伝説では魔王が大陸に領土を広げようと戦争を仕掛けてきて、人間だけでなくエルフやドワーフといった種族も参戦し世界規模の大戦となる。
勇者のパーティが密かにヴェルギリアに上陸、そのまま魔王城で魔王討伐に成功し平和が訪れた。
至ってありふれた感じの英雄譚となっている。
魔王はともかくヴェルギリアはまったく未開の地であり、領土としては興味はあるが異常に強い魔物が際限なく湧いてくるので利用価値のない土地だ。
どういう視点から見ても、関わるべき理由が見当たらない。
むしろ勇者の方が興味深い。兵器として見るなら色々と使い道がある。
もっとも、コルドヴァルス王国を含めて各国が勇者を人為的に生み出す研究はしているが、成功例は確認されていない。
「了解。それでは王国騎士団の皆様には、陛下の方からご説明願いますでしょうか?」
カルスはしばし考え込んでいるサマン七世に、タイミングを見計らいながら声をかける。
「ああ、それは余が対応する。だが、くれぐれも戦力として期待はするな。負けたくなければな」
王領を守護する王国騎士団。王国の最大戦力であり、騎馬を中心としたナイトの称号を持つ貴族が指揮する誉れ高き騎士達。
だが訓練はしても実戦経験はない。
戦術はあっても机上のもので、戦略は理解しようとしない。
王領を中心に各貴族領軍に守られて来たのであるから、そもそも戦う必要がなかったのである。
主な役割としては、安全な場所でナイトの称号を得るだけのために、貴族の三男以降の子息が付く職業となっていた。
その結果、現在は王国最大戦力を持ったハリボテとなっている。
サマン七世が王国騎士団の派兵要請を一蹴した最大の理由はそこにある。
王国騎士団が壊滅したところで戦力としての損失はないが、貴族それに領主に対する影響は無視しえない。
コルドヴァルス王国は各領主に軍事的な負担を負わせているが、それは常に反乱の可能性を内包しているということでもある。
王国騎士団に貴族の子弟が集められているのは、反乱に対する抑制として人質を取っているという側面もある。
もちろん気がついているとしても、そんなことは誰も口にしない。
そんな王国騎士団を前線に出すというのは、メリットよりもデメリットの方が遙かに大きい。
王国の実質的な最大戦力は傭兵であり、もちろんサマン七世はそのことを熟知している。
そもそもリデンロッソ伯爵からいくら出兵要請があったところで、王国騎士団を投入できるはずがなかったのである。
「それと、これはまだ未確認なのですが。ひとつ報告が上がっております」
一通り戦略上のやりとりが終わったのを見計らい、カルスは若干遠慮気味に話しかける。
「申せ」
サマン七世は軽く右手で合図を送りながら許可をだす。
「どうも、カルマン公国にて勇者が誕生したとのこと。密偵に確認を急がせますが、まずはご報告までに」
報告を聞いたサマン七世は右手の指で自分の顎を触れながらしばし考え込む。
「……分かった。確認を急いでくれ」
それだけ言うと、サマン七世は厳しい表情でテーブルの上に広げられた地図を、それから何時間も見続けていた。




