第三章 五歳 04
実剣の間合いに入った瞬間、剣技が変化する。
「ドーンアタック」
また剣士が囁いた。
気が膨れ上がり、とてつもない速度と共に体全体をぶつけるような攻撃を仕掛けてくる。
とんでもない破壊力のある攻撃。
今のライゼが受ければ一瞬で粉砕されかねない。
ただ、その攻撃が想定通りに当たればの話である。
ライゼは避けなかった。もちろん受け止めたわけではない。
剣を振りおろしながら、とてつもない速度でぶつかってくる剣士。
それを前方に踏み込み、剣戟の下に入り込む。
ライゼの動きは極めてゆっくりだ、だがそれでも紙一重の差で間合いに入り込める。
左手を剣を握る剣士の腕に、右手を腹部に軽く当てた状態でさらに体を下げながら剣士の体を地面へと誘導する。
体を誘導しながら剣戟の方向も誘導し、剣先を心臓の位置に合わせた。
最後は空中に浮かび上がった剣士の足下から上へと誘導された剣先が背後に抜ける。
ライゼが振り返ると、自分の剣で自分自身の心臓を貫いた剣士が息絶えていた。
手練れの剣士であったが、何が自分の身に起こったのか理解できないまま死んだのだろう。顔が驚愕の表情のまま固まっている。
ライゼが使ったのは剣技とか武技といった特殊な技ではない。単なる体術である。
合気と呼ばれる技の一つだ。
敵の力を利用し、敵を倒す。
早いだけ、力が強いだけ。そういった敵に対しては笑えるくらいよく決まる。
なんにしても、これで斥候は全て倒した。
少々時間をかけてしまった。
急いで戻らなくてはならない。
ライゼは気で馬車の位置を確認すると軽気を使い、上から一気に戻る。
その時上から確認すると、前方にオークが一匹獲物を探して彷徨っているのが見えた。
落下するさいに、一本残っていた矢を頭をめがけて投げる。
矢は頭蓋骨を貫き、オークは矢を引き抜こうとして脳をかき混ぜたのだろう。いきなり動かなくなり、その場に崩れ落ちた。
オークを無力化出来たことを確認すると、ゼルスは後ろから馬車の荷台に潜り込む。
すると、その様子を見ていたランが文句を言ってくる。
「おそかった」
ライゼは少し苦笑を浮かべ、反論とかは一切せずに謝る。
「ごめん」
するとランはライゼに近づいてきて、黙って頭を撫でた。
何をやってきたのかは理解していないだろうが、何かをやってきたことは分かっているのだろう。
ライゼとしては、悪い気持ちではなかった。
これで当面の安全は確保できたと見るべきだろう。
もちろん魔物の脅威はあるが、それに関してはリビンもアルラもベテランの元冒険者だ。ライゼ抜きでの対応も可能だろう。
やはり最大の問題はリッツェンヴェルク共和国による侵略だろう。
魔物の脅威と違い、影響がコルドヴァルス王国全体に及ぶ。
その中でどう動くのかというのは慎重に判断しなくてはならないのだが。
判断するに足る情報がほぼ皆無であった。
戦況ならば、共和国軍の軍事行動からある程度推測できるのだが、政治的な動きはまったくといってわからない。
特にこれだけ大規模な侵攻作戦をとっているとなると、戦争当事者たる二国間の話だけで収まっているはずがない。
周辺諸国もなんらかの対応をしているはずだ。
状況によっては、より戦乱が拡大する可能性もあった。
それ以前に、王国の内政がどうなっているのかぼんやりとしかわからない。
そもそも共和国軍の侵攻に対して、王国はここに至るまで対応が見られない。
座して滅びるわけでもないのだろうが、このままだと致命傷を与えられかねない。
どういう対応を取るかで、ライゼも対応を変える必要があるのだが、五歳児では得られる情報は限られている。
ただ一つ、今フェイ一家が向かう先は特に迷う必要はない。というか、王都一択だ。
情報が不足しているのなら、情報が最も集まる場所に行くべきである。
そうなると、リビンとアルラが何処を目指しているのかであるが。
これは、どうにかしてライゼが誘導するしかない。
ただその前に一端寝ておくことにする。
当面の脅威はすべて取り除いた。
今この時なら、ゆっくり休める。
そう考えている間に、姉のランはすでに気持ちよさそうに寝ていた。
ゼルスは少し微笑みながら、そのすぐ脇に体を横たえた。
◇ ◇ ◇
「ですから、再三言っております通り、最早共和国軍の驚異は無視しえないものとなっております。何卒王国騎士団の派兵をお願いできないでしょうか?」
大広間の演壇に立ち、居並ぶ諸侯に向けて、半ば叫ぶように訴えたのはコルドヴァルス王国リデンロッソ伯爵であった。
すると会場全体がざわついたが、誰一人として答える者はいない。
その様子を見て、暗澹たる心持ちになりながらも、リデンロッソ伯爵はなおも訴える。
「すでに我が領内における、主要たる二つの町のうち一つは破壊されました。共和国軍は領府トルクの目の前にまで迫っております。もう時間がないのです。今ここで敵軍を叩いておかねば、次はアゼルバン侯爵領へと侵攻される。アゼルバン侯爵領が落ちたら、もう王領へと共和国軍の侵攻を許してしまいます。王よ、今こそご決断をいただけないでしょうか!」
必死で訴えているリデンロッソ伯爵と向かい合う位置。そこに十二段の段差があり、その頂上に玉座があった。
その玉座には太りきった四十代ほどの男が座り、手元にある菓子を口の中へと運んでいる。コルドヴァルス王国サマン七世国王であった。
リデンロッソ伯爵に濁った目を向けると、すぐ横に立つ男に向けて左手で合図を送る。
男は王の伝令で、受け取った言葉を拡声器よろしくそのまま大きな声で口に出す。
「王はおっしゃられた。卿の領府から全ての食料を王都へ移すようにと。さらに領土内にある食料全てに火をかけよと」
王の言葉が伝わると、さらに諸侯の間のざわめきが大きくなる。
だが、やはり一番驚いているのはリデンロッソ伯爵であった。
「そ、それは。焦土作戦をとられるということなのでしょうか?」
信じられないという表情で、サマン七世に向かって質問をする。
もしかしたら、何かの勘違いなのではないか、という甘い期待もあった。
サマン七世は菓子を一つ口の中に放り込むと、左手を小さく動かす。
すかさず伝令の男が王の口元に耳を寄せた。
「王はおっしゃられた。これは決定事項であると」
伝令の告げた言葉は、実質上の最終通告であった。
だが、それでもリデンロッソ伯爵は納得しない。納得できるわけがない。
自領を灰にしろと言っている。領民は飢えるだろう。焦土作戦など取られたら、援助物資など望むべくもない。
それを見てサマン七世は菓子を口に運ぶこと無く、そして伝令に話しかけることなく言いう。
「アゼルバン侯爵領でも同じ措置を講じるように。領府内の食料は全て王都へと運び、残る町や村の食料は全て焼き払え。ただし伯爵領内侵攻の時と同様の交戦はこれを認めない。領内における全兵力を王領内に移動し、王国騎士団の傘下に組み込むこととする」
サマン七世が口にした戦略はさらに苛烈な物であった。
当然声が上がる。
「王よ! 我が領土をも灰にしろとおっるのか? それでは、たとえ共和国軍にうち勝ったとしても我が侯爵領はどうなるのでしょう? せめて、せめて交戦許可だけはお許しいただけないでしょうか?」
それはアゼルバン侯爵であった。
自領が焦土作戦の舞台となる。その現実を突きつけられてアゼルバン侯爵は必死になっているのだ。
だがサマン七世は口に菓子を放り込みながら左手を軽く振る。




