第三章 五歳 01
コルドヴァルス王国リデンロッソ伯爵領マルツ。
それがフェイ一家が生活している村の名前であった。
かつては近隣にダンジョンがあり、冒険者達が集う街道沿の宿場町として発展していた。
ところが五年前に起こったダンジョン崩壊によって、大きく様変わりしてしまっていた。
マルツには冒険者ギルドがあり、ダンジョン攻略のための拠点として多くの冒険者パーティが拠点としていたのだ。
だが、ダンジョン崩壊後に冒険者達は最大の収入源となっていたダンジョン攻略のクエストを失った。
ダンジョンそのものが無くなったのだから当然だ。
それでも、崩壊後すぐの頃はダンジョン崩壊を生き延びたモンスターを駆逐するクエストが多く出されていた。
その頃はまだ、仕事はあったのだ。
だが、スポーン地点たるダンジョンが失われてしまっている。
時間と共にモンスターは駆逐されていき、増えることはない。
ゴブリンやオークといった魔物ならば、集落を作って繁殖することも可能だが、冒険者達はそれを許すほど間抜けではない。
結果、モンスターの姿はマルツの町周辺からほとんど消えていった。
モンスターが消えてしまえば、当然ながら冒険者達に発注できるクエストの数も激減する。
その結果、冒険者達は仕事を求めて他の町に移住していき、マルツ発展の中心ともいえた冒険者ギルドは解散となった。
それに伴い職を失った住人達も他の町や村に移住してゆき、櫛の歯が欠けるように住宅から人の姿が消えていった。
今では町と呼べる程の人口はなく、見てくれだけは町を維持できてはいる。だが、人の住まなくなったまま放置された家は急速に荒廃しており、町の外周部からゴーストタウン化が進むだろう。
それでもどうにか維持できているのは、この町が街道沿いに存在しており、宿場や物流の中継地としての役割を持っているからだ。
フェイの家もずいぶんとその影響を受けた。
ライゼが生まれた時には冒険者を相手に武器屋をやっていたが、今は武器だけでは成り立たないので、空き家を買い取って食堂もやっている。
街道沿いにある貴重な食堂として、それなりに忙しくしていた。
食材となる野菜は庭の畑で採れたものと山菜。
肉は父親のリビンが、雇った冒険者と一緒に狩ってきた獣や魔獣をさばいて使う。
魔獣の肉は使いづらい物も多いが、調理法次第でずいぶんとおいしくなる物もある。
アルラはそういった調理に才能があり、おかげで家族五人が生きていくのに十分な収入があった。
そう、フェイ家にとって一番変化は、家族が一人増えたこと。
ライゼに妹ができたのだ。
名前をリアラ=フェイ。まだ一歳、ようやく歩き始めたばかりである。
そして、ライゼは五歳になっていた。
幼児の頃とは違い、ずいぶんと行動の自由が利くようになっている。
姉は六歳で、ずいぶんと行動的な少女になっていた。
町にいる子供達を引き連れて、日がな一日駆け回っている。
一方ライゼはというと、妹の世話と畑の世話をしながら、誰にも見つからないよう体を鍛えていた。
鍛えるといっても、体ができあがっていないこの時期に、ハードな筋力トレーニングを行うのは逆効果になる。
なので気のコントロールと、気の総量を底上げするための鍛錬が主なトレーニングメニューとなっている。
それに併せて、動きの鋭さを増していくことで、当面は十分だろうと判断している。
現時点で魔力の方は完全に消している。
気のコントロールをするのに邪魔になるというのもあるのだが、魔法使いの道に進むことは避けたいからである。
魔法使いは一般に存在してはいるが、希少な存在であるのは確かだ。
というのも、魔力総量が一定以上で魔道原理を理解した上で、正確な呪文詠唱が行われなくては現象は生じない。つまり、生まれながらの魔法使いなんて存在しないのだ。原理的に。
それがライゼは出来る。しかも、魔力総量は魔帝時代と変わっていないし、当然魔法だけなら当時と同じように使えてしまう。
人間界において最強クラスの魔法使いであろう。驚異そのものだ。
しかし、実際の戦闘においては正直大したことは無い。
どんなに強力な魔法であれ、魔闘気を纏った敵には攻撃が通らない。
そんな状態で驚異認定されてしまうと、自分の身すら守れなくなる。
だから、魔法使いと認識される前に肉体を鍛え抜く必要があった。
人間としての肉体はハンデではあるが、それは最初だけだ。ある程度鍛え上げてしまえば、どんな種族であれ大差なくなる。
さらに魔力と気を同レベルまで高めたら、ようやく魔闘気を纏えるようになる。
そこまで来て、初めて戦いのためのスタート地点に立つことができる。
もっとも現在魔闘気を纏える存在を、魔界にいる四人の魔王しか確認できてはいないが。
だからと言って、他に存在しないという理由にはならない。
少なくとも、魔闘気を纏えるようになるまでは、体術や剣術といった物理攻撃力を高めることに専念するつもりであった。
それでも五歳児としてはかなりの物理戦闘力を持ってはいたが、ライバルはかつての自分であるので目標は気が遠くなるほど遙か彼方にあるのが現状である。
家族での立ち位置としては、両親が心配になるほど糞真面目な子供となっている。
スタンピードを押さえ込んで以来、問題となるような出来事もなく家族で暮らしていたのだが。
ある日唐突に、なんの前触れもなく状況は変化した。
それは不可避に無慈悲にそして不可逆的な変革を世界にもたらした。
北方に存在するロウゼライル帝国で革命が起きた。
たちどころに国内をまとめ上げると、皇帝に繋がる血族全てと貴族の血族全てを粛正する。
さらにある程度以上蓄えを持っていた商人を人民に対する敵と断罪し、全財産を没収すると同時に人々の前でギロチン台に送った。
罪状は人民に対する敵。わずか数日で国内人口の三分の一が粛正された。
指導者はロベス=クライム。
ロベス=クライムは独裁官となり、リッツェンヴェルク共和国の樹立を宣言すると、悪辣非道な王国を正義の名において打倒するという名目でコルドヴァルス王国への侵攻を開始する。
唐突な開戦にコルドヴァルス王国は対応することが出来ず、領土の三分の一を占領されてしまう。
目標は王都パウィス。
その侵攻途上にリデンロッソ伯爵領マルツは存在していた。
この時リッツェンヴェルク共和国軍を指揮していたのは、まだ25歳の若さで将軍になったエドルリアン=ボーステイル。
侵攻にさいし、エドルリアン将軍は騎行と呼ばれる戦術を用いている。
補給を現地調達するために略奪し、残った村や町に火を放ち破壊する。
捉えた住人は全員、女子供を含めて木に吊した。
もちろん首にロープを掛けてだ。
例外はなくすべての住人を木に吊したので、街道沿いの木々にはびっしりと大小の人間が木の実の様に見えた。
ハンキングツリーと呼ばれることになるその光景は、人々の口の端に乗ると恐怖心を煽った。
はっきり言って、これならばスタンピードの方が遙かにましであった。
どれほどモンスターが暴れ回ろうと、ここまで悲惨な光景が広がることはなかったであろう。
なので、共和国軍が侵攻途上にある村や町の住人は一目散に逃げ出した。
そして、フェイ一家の暮らすリデンロッソ伯爵領マルツはまさに侵攻途上に位置していたのである。
マルツがかろうじて町として存続できていた唯一の理由と言っていい街道が、今度は滅亡のための理由となったのである。
共和国軍の兵力は5万。




