第二章 ニューライフ 08
もし、それが嫌ならマジックシールドで防ぐしかない。
そうなれば、もう言い訳はできない。
今までうまいこと隠してきたことが母親に露呈してしまう。
いつまでも隠せることではないとしても、せめて幼児期くらいは普通に暮らしたい。
そうでなくては、わざわざ転生してきた意味がない。
こうなれば、一か八かとなるが、少々危険な橋を渡る必要があるだろう。
ライゼがそう決心して、左の拳をグレーターデーモンの脛骨に叩き込もうと左の腕を後ろに引く。
魔闘気は纏えないとしても、気を乗せて叩き込めば、乳幼児の拳でも死にかけのグレーターデーモンに致命傷を与えることはできるだろう。
ただ問題なのは、外傷を残してはいけない。
寸止めして、気のみで破壊するのだ。
もちろんそんなことをすれば、乳児の脆い左腕は使い物にならないくらいに砕け散るだろう。
だが、体全部が爆散するよりは遙かにましだ。
たとえ、一生左腕が使えなくなるとしてもだ。
腕を引いたライゼが、グレーターデーモンの攻撃にタイミングを併せて打ち込もうとした寸前。
何か感じ取ったのかも知れない。あるいは単なる偶然だったのかも知れない。
アルラがほんの一瞬だけ先に動く。
それまで、すべて魔法攻撃で対処してきたアルラが、グレーターデーモンの懐に一瞬で入り込んでくる。
補助魔法を使った加速だ。
炎硫弾を発しようとしていたグレーターデーモンにはまったく対応できない。
そして、懐に入り込んだアルラはグレーターデーモンの肺にマジックスタッフを思い切り叩き込む。
力の限りとはいえ、所詮魔法使いがマジックスタッフを使った攻撃だ。普段のグレーターデーモンであれば、蚊に刺された程度にも感じなかったであろう。
だが、今この瞬間だけは違う。
肺には全魔力が満ち、炎硫弾が形成されるその瞬間であった。
無防備というより、火薬庫だ。
そこに打撃を与えた。
力の大小など関係ない。
導火線に火をつけたのだ。
この瞬間、ライゼは攻撃方法を切り替える。
気から魔力に切り替えて、それを地面に向けて思いっきり流す。
次の瞬間、グレーターデーモンの首から下が消失する。
さらにその下の地面も。
大きな穴が開き、その穴にはギラギラと不気味に光る炎が溶岩のように輝いて見えている。
支えるものが消失したライゼは穴の中に、グレーターデーモンの生首と共に落ちていく。
だが、そこに何かが突然ぶつかってきた。
何かに包まれたまま、ライゼの体はグルグルと回転し、やがて止まった。
ライゼはアルラに抱きしめられていた。
「ううっ……」
アルラから漏れてくるうめき声。
アークデーモンの自爆を地面へと誘導したのだが、その直後に突っ込んだのだ。
空中に影響は残っている。
ライゼはアルラの気の流れを探り、右足にダメージを受けていることを知る。
かなり深刻な状況だ。
ほうっておけば、炎硫弾の炎は延焼しアルラの体全体を焼き尽くす。
そのことを一番分かっているのはアルラ自身。
腕にライゼを抱いたまま、自分の右足を伸ばすと、着火している場所を目視で確認する。
膝下が薄く燃えていた。皮膚は黒く炭のようになり、割れた所から赤く炎が見えている。
生命そのものを完全に焼き尽くすまで消えない炎である。
それを見たアルラは、かすかに苦痛の籠もった息を漏らすと、すぐに判断を下す。
口の中だけで呪文の詠唱をして、マジックスタッフで増幅された魔力を術式に乗せる。
「ウインドカッター」
魔力は魔法へと形を変えて、自分の右足を切断する。
切断された足から、血が噴き出す。
ただそれは分かりきっていたこと。
「ギイッ……」
アルラは口から漏れそうになる悲鳴を無理矢理かみ殺すと、すぐに次の詠唱に入る。
「ファイアー」
魔法は切断された自分の足の切断面を焼き、炭化した傷口からの出血は止まる。
これで出血死することは無くなった、しかし痛みが無くなったわけではない。
さらなる強烈な痛みがアルラを襲う。
苦痛の声を漏らしながら、それでも心配していたのは自分の子供のこと。
すっかり泣き止んでいるライゼのことを心配して、体を隅々まで調べる。
どこにも異常がないことを確認して、アルラはようやく緊張を解く。
「よかった……」
そんな声を漏らして、アルラの体から完全に力が抜けきった。
気を失ったのだ。
魔力をギリギリまで使い切っている上、足を失い切断の痛みに耐えた。
ここまで意識を保っていたのが奇跡である。
アルラの腕の中で、ライゼはすぐに行動を起こす。
自分の母親が足を失ったままであることを受け入れようとは思わない。
そもそも、ここまでグレーターデーモンを誘導してきたのはライゼなのだ。
アルラの立場を守るためであるのだから、足を失ったまま放置したのでは本末転倒も甚だしい。
さすがにライゼであっても、魔方陣の助力無しに魔力だけで失った足をもう一度生やして復活させることは不可能だ。
だが、元々の足ならまだそこにある。
表面は炭化して未だに燃え続けているが、無くなったわけではない。
結構荒っぽい手段だが、治療は可能だ。
なにしろ切り離してくれたおかげで、手加減無しに治療できる。
まず、表層を焼き続けている炎硫弾の影響を排除する。
魔力を血管に流し込み生きている皮膚層すべてにめぐらせる。
炭化している皮膚層には流れないので簡単だ。
次にその魔力を一気に電流に変える。
すると、炭化された皮膚層ごと炎硫弾の魔法が切り離される。
筋肉組織がむき出しになった。
電気メスを使って幹部を一瞬で切り離したのと同じである。
しかも、足を切断している影響で出血はない。
皮膚層が切り離されたタイミングで魔力の転換により、生理食塩水を生み出しその中に足を浮かべる。
ここで菌やウイルスに感染してしまうと、敗血症になってしまう。
次に皮膚の再生だ。
これは、足に残っている生態系再生力を高めてやればある程度ならなんとかなる。
血管内に流した魔力がそれを促し再生のための原資とするのだ。
かなり細かい作業であるが、時間としては一瞬ですむ。
時間をかけていたら、再生が終了する前に足が壊死してしまう。
魔方陣を組めば再生工程そのものを自動化することができるのだが、乳児にしか過ぎないライゼにそんなことは不可能だ。
なんにせよ、これで足は見た目上以前の状態に戻った。
次は、再生された足を体につなぎ直さないとならない。
炭化した細胞を剥ぎ取り、足をつないだ所で再生を始める。
ただ、これをやると強烈な痛みが伴う。
なので、ライゼは麻酔を使うことにした。
もちろん薬物ではない。痛みを遮断する。
魔力を使うのだが、ライゼの魔力を流し込むやり方ではだめだ。
アルラの魔力が阻害要因となり、針の穴の中で模型を組み立てるような繊細で微妙な操作は不可能だ。
だが幸いアルラは気を失い、しかもアルラの魔力はつきる寸前にまで下がっている。
これならライゼが直接アルラの魔力を操作できる。
方法は単純で、アルラの痛覚神経を阻害する。
血管に魔力を流すのと違い、遙かに繊細な操作を要求されるがやれないわけではない。
まずアルラの魔力に干渉するための経路を開く。
触れている状態でないと無理だが、ライゼはアルラに抱かれたままなので問題はない。
魔力というのは酸素と同じように体内を循環しているので、そのまま放置しておいたら機械的に消耗されていく。
ただ生命活動に使われるわけではなく、外部魔力の魔力から肉体を保護するために使われているだけだ。




