第二章 ニューライフ 07
あまり威力の強い魔法を使うと、民家への被害がでてしまう。威力が少なすぎると、モンスターを追い込むことはできない。
そもそも、モンスターに道を進むという概念が存在しない。民家を破壊して逃げられるならば、ためらわずそうするだろう。
人影を捉えたら即座に襲いかかる可能性も高い。
ダメージをそれなりに与えているために、生き延びるために見境がなくなっている可能性があるからだ。
もっとギリギリまで生命力を削っておきたいところだが、少し手加減を間違うと殺してしまうことになる。
それにある程度生きがいい状態でないと、アルラの置かれている状況を打開できない。
ライゼは町中に入ったあたりで、グレーターデーモンの首筋にとりつく。
同時に透明化の魔法を解き、攻撃をライトニング系からウインド系とアース系の魔法へと切り替える。
透明化を止めても、グレーターデーモンがライゼの存在に気づいた様子はなかった。
あまりに小さすぎる存在ゆえに、まったく気がついていないのだろう。
仮に気がついたところで、命の危機にさらされて必死に逃げている状態で、わざわざ反応するような余裕もないはずだ。
なにしろグレーターデーモンからすれば、人間のそれも生まれて数ヶ月の乳幼児など、体に付着した泥のようなものだ。必死になって逃げている時に気になるどころか、気づきもしない。
さすがに直接魔法攻撃を行えば気がつくだろうが、魔力を転送して外部で魔法発動を行うことで誤魔化している。
冒険者相手では気づかれる可能性があるだろうが、グレーターデーモンにそこまでの判断能力はない。
もっともからくりに気がついたところで、それを覆せる可能性は存在していないのだが。
近接物理でやるなら、打ち上げてたたき落とせば一瞬ですむのだが、魔法オンリーならこんなものだろう。
ちなみに転送陣を展開するのは論外だ。
まだ数ヶ月の知識だが、人間界に転送陣を展開することのできる魔術師はほとんど存在していないと思える。
もし存在していれば、物流に革命的な変化がもたらされるからだ。かつて魔帝として魔界を変革したとき、その柱の一翼を担ったのが転送陣である。
転送陣が一般化したことで、魔界において飢饉という災厄は過去のものとなった。同時に産業はすさまじい発展を始めることとなる。
つまり、未だ前近代的な発達段階にあるという事実が、人間界における転送陣が夢の技術ということの証明になる。
ゆえに、転送陣を使えば余計な疑いを向けられることになりかねない。
なんにせよ、ライゼはうまいこと家の近くまで被害を出すことなく、グレーターデーモンを誘導することができた。
次は、どうやって母親に見つけてもらえるのか、なのだが。
それは簡単だ。
単純に泣けばいい。赤ん坊らしく、大きな声で。
中身としてはかなり抵抗はあるのだが、今は恥ずかしがる場合ではない。というか、傍目から見ればしごく当たり前にしか見えない。
なにせ、乳幼児なのだから。
どうしてグレーターデーモンの首に乳幼児がしがみついて泣いているのか不思議な話だが、大人達は気にしないだろう。
まずはライゼを助け出すことに死力をつくす。
アルラはとっくにグレーターデーモンの接近には気づいていた。
近隣の住人に呼びかけて、避難をすすめているようだ。
ライゼの存在に気がついたのは、泣き出してから。
我が子の泣き声はすぐに分かったらしく、驚き混乱した様子が見て取れる。
だが、瞬時にそれは収まり、冷静にマジックスタッフを構える。
自分の母親ながら、美しくそして凜々しいその姿に、ライゼはちょっと胸が熱くなる。
問題はここからだ。
手負いのグレーターデーモン前に立ち塞がったのだ、どうにかして生き延びようとしているグレーターデーモンにとって自分の命を脅かす敵以外の何物でもない。
判断する間もなく襲いかかる。
三メートルを超える巨体から繰り出される拳は、容易く岩を砕き地面を穿つ。だが、今のグレーターデーモンは死にかけていて、通常の半分の力も出せないし速度も遅い。
経験を積んだ冒険者ならば、十分避けることができる。
アルラは余裕を持って交わしながら、空振りしたグレーターデーモンの拳をめがけて風魔法のエアカッターを立て続けにぶつける。
いい判断だとライゼは関心した。
母親の戦いを見るのはこれが初めてであるが、ライゼへの危険性を少しでも削っておこうとしたのだ。
それに、このグレーターデーモンが深手を負っていることは見て分かる。それがどの程度のダメージなのかを計るつもりもありそうだ。
我が子の泣き声を聞きながら。
我が子の命が際どい状況に置かれているのを直視しながら。
それでもなお、アルラがこの判断ができることを知り。ライゼは生まれて初めて――数ヶ月に過ぎないとしても――母親に対して、尊敬の念を抱く。
これが出来る人間は強い。
最後に勝てるからだ。
さて、アルラの判断はというと、かなり的確だった。
土系の魔法でグレーターデーモンの足下を泥に変え、動きを封じると風魔法で足に集中的に攻撃する。
アルラはグレーターデーモンの間合いギリギリで動き回り、意識が自分以外に向かないようにしている。
それに対してグレーターデーモンは届きそうで届かない攻撃を続けているが、その威力は急速に衰えている。
腕を振り回すだけでよろめくようになっている。
それでも、生への執着は相当なもので、最後の力を使って逆転を目論んでいる。
首にしがみついているライゼには、魔力が肺に集まってきていることを感じ取る。
狙っているのは炎硫弾だろう。
魔力は使うが魔法ではない。火炎の息と同じ固有スキル系に属する攻撃だ。
ただし炎硫弾は己の肺を焼く。
その分威力は高く、着弾した炎硫弾は水滴のように周囲に飛び散り、触れた物すべてを燃料に変え溶かしながら燃やしていく。
もし体の一部にでも触れれば、一瞬で自分の体を切り捨てないと助からない。
直撃でなくとも、至近距離で浴びればそんな暇などなく爆散する。
グレーターデーモンが持っている最強の攻撃だ。
ただ、あまりにえげつない攻撃なので、三回以上使うと自分自身の体が爆散することになる。
文字通り自爆技だ。
それ事態は特に問題はない。
どんな攻撃が来るのか分かっていれば、十分に対応できるからだ。
どうやらアルラは気がついていないようだが、ライゼは分かっている。魔法を使うまでもなく、自分の魔力を乗せてやれば簡単に方向をコントロールすることができる。
ほかにも、顔の向きを足下に向けてやれば自爆させることも可能だ。
対応方法などいくらもある。
だが、この場合の問題は、今のグレーターデーモンにはこの攻撃射出に耐えられるだけの生命力が残されていないということだ。
まず射出前に爆散する。仮にある程度耐えられたとしても、射出直後、目前で爆散するだろう。
完全に自滅攻撃だ。
そんなことなど分かりきっている。
いくら知能に劣る魔物とはいえ、だ。
だが、とことんまで追い詰められ、勝てそうもない敵と相対して、グレーターデーモンは完全にとち狂っていた。
生存本能が暴走しているのだ。
こうなれば、止められない。
そうなると、当然ながら一番割を食うのはライゼということになる。
至近距離で炎硫弾が破裂すれば、ライゼもグレーターデーモンと共に爆散することになる。




