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ミリオタ雑記あれこれ  作者: きらと
イスラエル国防軍の戦い
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シナイ半島の戦い 第四次中東戦争

1.状況

 シナイ半島と接する事はイスラエルにとっては軍事的脅威が大きかった。機会があれば脅威は排除されねばならない。第三次中東戦争でIDF機甲戦力は既存のM4シャーマン戦車、AMX-13戦車の他にセンチュリオンMk.Ⅲ、Mk.Ⅴ戦車250輛、M48パットン戦車200輛と大幅に拡大されており、エジプト軍を下しシナイ半島を奪取した。ここから産出される原油はイスラエルを潤した。

 だがエジプトも、いつまでも屈辱に甘んじてはいなかった。



2.経過

 イスラエルにとってシナイ半島は戦略上の要所であり、スエズ運河その物が進攻部隊を阻止する防壁となり得た。運河沿いに展開するIDFは固定陣地による防衛線を構築しており、バーレブ・ライン(Bar-Lev Line)と呼ばれていた。

 エジプトはIDFが重点防御としてかなりの戦力が割かれ、激しい抵抗があると予想していた。シナイ半島奪還はエジプト軍の歩兵5個師団を投入する大規模作戦となった。

 スイート・ウォーター・カナルでの準備等、エジプト軍の初動を見る限り、スエズ運河渡河作戦の計画は丁寧に余すところなく仕上げられていた。

 迎撃側であるIDF南部軍(司令官Shmuel Gorodish Gonen少将)の反撃開始は遅くなかった。イスラエル空軍はスエズ運河上空に現れ、第252機甲師団(Avraham Albert Mandler少将麾下、第14機甲旅団、第401予備機甲旅団、第460予備機甲旅団)も戦場に駆けつけた。北から第460予備機甲旅団(戦車96輛)がエジプト第18歩兵師団に、第14機甲旅団がエジプト第2、第16歩兵師団に、第401予備機甲旅団(戦車130輛)がエジプト第3軍を撃破すべく動いた。IDFはスエズ運河東岸に渡河したエジプト軍への対処として虎の子の機甲部隊を投入するも、歩戦分離した状況でATMの狙い撃ちにされ期待した戦果を出すことができず逆に壊滅的損害を受けてしまった。さらに空からの反撃もエジプト軍のSA6、SA7携帯SAM、ZSU23対空機関砲等防空網に阻まれ次々と撃墜され、空軍は行動制限をせざるをえなかった。もはやスエズ運河東岸部を奪還しえるだけの戦力はどこにもなかった。この間、エジプト軍は後方の攪乱と遮断にコマンド部隊を送り込む積極性を見せていた。

 エジプト軍歩兵師団は歩兵2個旅団、機械化歩兵1個旅団、戦車1個旅団と標準的な編成をしていた。

 エジプトのシナイ半島奪還作戦はIDFの反撃阻止、スエズ運河東岸部確保で当初の作戦目的を達成した。

 IDFの標準的編成は旅団を基幹としている。師団は臨機応変に編成が変えられた。火消しとして部隊が抽出される事も珍しくない。「砂漠の戦車戦」の著者アブラハム・アダン(Avraham Bren Adan)はこの時、少将として第162予備機甲師団(Ugda Bren)を指揮していた。邦訳では部隊は指揮官名でしか表記されていない為、かえって分かりにくいが麾下の部隊は第217機甲旅団、第600機甲旅団、第460機甲旅団(第252機甲師団から移動)、第202空挺旅団、歩兵旅団となっている。

 10月14日、シナイ半島の戦いにエジプト軍戦車1000輛、IDF戦車800輛が投入された。エジプト軍は戦車260輛、装甲車200輛、IDFは戦車48輛の損害を出した。大規模な戦車戦として注目を浴びる第四次中東戦争だが、24日~28日にかけて発生したスエズ市防衛戦はエジプト軍が善戦してIDFを撃退している。渡河作戦からスエズ市の戦いにに至るまで、この戦争はゴラン高原、シナイ半島を問わず最初から最後まで対機甲戦闘における歩兵の携行火器(AT3サガー、RPG7)が威力を発揮した。

 これまでアラブ側は兵力と言う数で勝っており、イスラエル軍は指揮官の戦術構想や指揮、練度と言った質で勝って均衡状態に持ち込んでいたはずだが、部隊・兵器の運用と言う戦技で負けた。

IDF反撃の要となったのがAdanの師団とAriel Arik Sharon少将の第143予備機甲師団であった。他のUgda Sasson、Ugda Magen、Shlomo Commandの反撃は食い止められていた。IDFの反攻は大ビター湖北部でMatmed周辺を確保する事で始まる。ここを起点にエジプト領内に侵攻する事で、シナイ半島に展開するエジプト軍の後背を脅かす事となった。エジプト軍もこの状況を看過していたわけではない。いわゆるBattle of Chinese Farm(中国農場の戦い)ではSharon麾下の第14機甲旅団、第421機甲旅団、第247予備空挺旅団が確保する渡河地域に対してエジプト領内からエジプト第116歩兵旅団、スエズ運河東岸の制圧地域から第21戦車師団が攻撃に出た。この攻撃でIDFを排除する事は出来ず、エジプト第25戦車旅団が北上するも、Adanの第217予備機甲旅団が前面に展開、第500予備機甲旅団が側面に現れ、渡河地域周辺のIDFの戦力が増強されるに至った。

※「砂漠の戦車戦」の195ページに挿入された10月17日IDFの渡河作戦(大ビター湖周辺の図)によると、エジプト第3軍第25戦車旅団の前進にたいして、アムノン旅団(第14機甲旅団:Amnon Reshef大佐)、アリエ旅団(第500予備機甲旅団:Areh Karen大佐)、ナトケ旅団(第217予備機甲旅団:Natke Nir大佐)が阻止攻撃に出ており、ミゾーリのエジプト第2軍第21戦車師団に対してツビア旅団(第600予備機甲旅団:Tuvia Raviv大佐)とガビ旅団(第460機甲旅団:Gavriel Amir大佐)が攻勢に出ているように見える。予備知識無しに図を見れば情報不足な上に読み取りにくいと言える。


※経過は以下の通り。

①エジプト第21戦車師団の南下に対してIDF第14機甲旅団はスエズ運河東岸部の渡河点を守ろうとした。南からAvraham Bar-Am大佐のHarel旅団、東から第460機甲旅団、北から第600予備機甲旅団が駆けつけてエジプト第21戦車師団を包囲、前進を阻止した。

②北上してきたエジプト第25戦車旅団は第14機甲旅団を前に反転、第217予備機甲旅団を攻撃。これに対して第500予備機甲旅団がエジプト第25戦車旅団の側背を叩いた。


 停戦時、エジプト第2軍、第3軍はスエズ運河東岸を維持しており、IDFもエジプト第3軍の後方、ビター湖を挟んだ西岸に機甲7個旅団、機械化歩兵4個旅団、空挺1個旅団を展開させ制圧していた。



3.所感

 エジプト軍は攻勢転移に失敗した。IDFは敵を軽視して損害を負った。

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