17、ヘイゾウ
17、ヘイゾウ
「失礼いたします」
「うおっ!?」
考えがまとまらずに悶々としていると、不意に話しかけられた。
その声が近い。
それこそ耳元で囁かれるぐらいの距離だ。
慌てて飛び退きながら振り返ると、そこには折り目正しく会釈の姿勢を取った老人がいた。
オールバックにした髪は白一色。
痩せた体を略式の礼服に包み、臙脂のネクタイ、白手袋、革靴と完璧に着こなしている。
「私、セイカお嬢様の執事を勤めさせていただいておりますヘイゾウと申します。こちらにお嬢様がいらっしゃると聞き及び参りました」
すっと姿勢よく直立して、やたらいい声で語りかけてくる。
背は俺と同じぐらいのはずなのに、仕草や姿勢のせいで背が高く見える。
糸目のように細い目に見つめられ、意味もなく唾を飲んでしまった。
(執事だ)
全体的に和のテイストが強かった日の出の国に異質な姿。
しかし、ヘイゾウのあまりに堂々とした佇まいのせいで違和感を感じられない。
いや、飲まれてどうする。
俺に人の気配を読むなんて高等技術はないが、それでも物音がすれば反応できる。
それが直近まで来られて、声を掛けられるまで気づけなかった。
只者じゃない。
いや、執事だから只者じゃないのは当たり前か。
古今東西、執事というのは主人の身の回りの世話から、乗り物の運転、護衛、戦闘、情報収集、兵器の整備開発まで、主人が求める技能の全てを一手に担うのだ。アクマデシツジなのだから、当然なのだ。
執事が実在するとは、異世界すごいな。……メイドはいないの?
「……確かにセイカは俺たちが保護している」
彼を敵に回してはいけない。
SHITSUJIはSHINOBIと同じぐらいまずい。
直感で判断して正直に答える。
「このたびはお嬢様がお世話になりました。お部屋に失礼してもよろしいでしょうか?」
「ああ……いや、中にはミナモもいるんだ。ミナモと言ってわかるか?」
そういえばミナモとセイカの関係も聞いていないな。
ただの戦士であるミナモと、貴族のセイカがどうやって知り合ったのだろうか。
「なるほど、ミナモ様ですね。心強いですな」
ヘイゾウもミナモを知っているらしい。話が早くて助かる。
というか、扉をちらりと一瞥しただけで納得しているんだが、今ので中にミナモがいると把握できたのか? え? 本当に気配とかわかっちゃう人なの?
さて、俺に割り当てられた部屋とはいえ、勝手に入っていいのか疑問だ。
これがラブコメ時空ならイベントが待っているだろうが、俺が彼女らの着替えに直面しようものなら神具の一撃が待っている。
俺が迷っている間に、ヘイゾウは話を進めてくる。
「では、私の方からカンダ様にご説明させて頂ければと思いますが、よろしいでしょうか?」
「ああ……。いや、待て。なんで、俺の名前を知ってる?」
この世界に迷い込んでからまだ二日程度だ。俺の事を知っている人間は限られている。
「僭越ながら協会などで調べさせていただきました。お嬢様の行方を捜すためとはいえ、無礼の程申し訳ありません」
やべえ、本当に情報収集までできるのか。
協会で調べると言っても、さすがに易々と個人情報をばら撒きはすまい。彼独自のルートがあるのだろう。
冗談抜きで敵に回せない。
セイカはどうでもいいが、彼女と敵対すればヘイゾウとも敵対する結果になる。その事実を忘れないようにしよう。
「まあ、いい。だが、俺も色々とわけありでな。知った事は口外しないでくれ」
「承知しております」
どうしてだ。この人が言うとそれだけで信用してしまう。
「それで、説明って言うのはあの緑のガルムについてか?」
「ご明察でございます。私はその場におりませんでしたが、戦士団やその他の戦士から話を聞いて参りました。お嬢様と同等のご説明はできるかと」
「それはありがたいが、わざわざ俺に教える理由は?」
ヘイゾウの目的はセイカの保護だろう。
なら、さっさとセイカを担いで去ってしまうという選択肢もある。
正当な保護者が来た以上、俺たちが彼女を拘束する権利はない。
「ごく単純にお嬢様を保護していただいたお礼というのが一点。もう一点は……貴方様方に期待しているため、と申しましょうか」
「期待? 言っとくが俺は人のために動かないぞ」
ミナモの件は貸し借りの問題があるから例外なだけで、基本方針はギブ&テイクだ。
ヘイゾウが何を考えているか知らんが、セイカのために動くつもりはない。
人のための前に、今は自分を優先するべき状況だから尚更だ。
「ええ。後者については私の勘ですので、戯言とお聞き流しください」
いや、あんたの勘っていうと急に予言じみて怖いんだがな。
まあ、いい。話を戻そう。
「じゃあ、聞かせてくれ。あの状況について」
「承りました。まず、緑のガルムについて、お嬢様には責任がありません。お嬢様も巻き込まれた立場でございます」
「ほう」
主人を庇っている可能性が高いので鵜呑みにはできないな。
俺の不信感を察したヘイゾウはひとつ頷いて、説明を続ける。
「お嬢様は今日も一人で樹海探索をしておりました」
……色々とツッコミどころが多いな。
貴族の令嬢が一人で、とか。
今日『も』ってことはボッチなのか、とか。
そんなかわいそうで、危険なご主人様を放置してあんたは何をしていたんだ、とか。
ヘイゾウは再び頷く。まるで俺の考えていることを読み取ったように、的確に解答を出してくれた。
「アキバ家は没落しておりますので、お嬢様を護衛する戦士団もおりません。恥ずかしながら私は元より、お嬢様であっても働かねばならず、そして、お嬢様ご自身も戦士としての活動を望んでおります。アキバ家の神具と高い親和性をお持ちですので、無理のない範囲であればと私も止め立てせずにおりました」
「どっかに領地を持ってるとか言ってたぞ、セイカは」
「ええ。長屋を一軒ほど」
それ単なる貸しアパートじゃねえの?
我が家こそ一国一城で、自分はその主とか?
アパート経営で生活費稼いだ方がよくね?
「お嬢様はアキバ家の復興を願っております」
「ああ、そう」
なんとなく、あの涙の理由を察してしまった。
樹海で俺に対してやたらと攻撃的な言動だったが、あれも不安の裏返しなのかも……いや、あれは素の性格だな。
じゃなければ、没落貴族であっても仲間がいない理由にはならない。
「セイカの事情はわかった。で、そんな孤独でボッチで寂しい貧乏貴族令嬢が、どうして緑のガルムに襲われたんだ」
「その緑のガルムと別の戦士団が樹海の奥地で遭遇し、戦いながら逃げ回った結果、紫の領域まで引っ張ってきたようで、その一団にお嬢様は巻き込まれたようで」
「……MPKそのものじゃねえかよ」
MPK――モンスタープレイヤーキラー。
MMORPGで使われるプレイヤー殺しの方法のひとつで、トレインと呼ばれている。強力な魔物や、魔物の群れを誘導して、他のプレイヤーを巻き込んで殺すというものだ。
いや、MMORPGなんてやった事ないから聞きかじりだけど。ゲームは好きだが、人間関係は苦手だ。
主人を悪く言われても表情一つ変えなかったヘイゾウだったが、MPKという言葉は知らないらしく首を傾げている。
この辺りもよくわからないんだよな。わりと英語……というか、カタカナ語か? はミナモにも通じるし、ミナモも使ったりするのだが、その割に通じない例もあったりする。まあ、日本語が通じている段階で意味不明なのだが。
まあ、今は関係ない話か。
「で、そいつらは?」
「お嬢様が接触した段階で半壊しておりましたが、第一支配地の戦士団が捕えて尋問中です」
ふうん。
さて、これは偶然なのかね?
そのトレイン野郎どもの詳細が分からない事には判断できないが、逃走に意図があったか否かで状況が変わるぞ。
セイカが狙われた可能性は、ある。
没落しても貴族の令嬢なのだ。何かしら面倒な関係のただなかにあってもおかしくない。
資産や利権は失っても、貴族というなら何かしらの強みを隠し持っていてもおかしくないだろうし、仮にアキバ家の没落が対抗勢力による仕業だとすれば、禍根を断つためという線だって考えられるのだ。
(どうでもいいか、それは)
肝心なのは俺たちが緑のガルムに襲われたのは、本当に偶然巻き込まれただけとわかった事だ。
もちろん、ヘイゾウの言葉を鵜呑みにはできないので、協会なりなんなりから裏づけを取らないといかんが、話に間違いないのなら俺の心配は杞憂になる。
当面、戦士として活動しても問題ない。
それがわかれば十分だ。
「そりゃあ、難儀なことだな。話はわかった。じゃあ、セイカを連れて行ってくれ」
さっきの段階で起きかけていたんだ。いい加減、目も覚めているだろうし、涙の跡ぐらいは誤魔化す時間はあっただろう。
俺は扉の方に視線をやるが、ヘイゾウは動かない。
見えているのかどうかも分からない糸目で俺を見つめている。
「……何かまだあるのか?」
「カンダ様。不躾でありますが、ひとつお願いがございます」
お願い?
嫌な予感しかしねえぞ。
「私どもをカンダ様とミナモ様の組に入れて頂けませんでしょうか?」
そう言って、ヘイゾウは綺麗に一礼した。




