18、提案
18 提案
ヘイゾウの主張はこうだ。
今までセイカは実力と神具のレベルが高く、単身での活動も適正レベルならばと許可していたが、今回の一件を思えば今後の単独行には不安がある。
そのため、これからはヘイゾウも同行するつもりだが、それでも多勢に無勢で襲われては不覚を取る可能性も否定できない。なので、信頼できる人間に同行してほしい、と。
過去に何があったのか、セイカもヘイゾウもミナモをかなり信用している。
まあ、その辺りは俺もわからないでもない。行き倒れていた見ず知らずの俺を拾って、ポーションまで使ってくれたのだから。
勝算もないのに緑のガルムに挑もうとしたり、得体のしれない俺を組に入れたり、普通はしない。
出会って二日で断言はできないが、まあ、善人なのだろう。
「というわけなんだが」
そうして俺は今、ミナモと相談中だ。
さすがにリーダーに相談もせずに決められない。
そして、ヘイゾウも部屋でセイカを説得している真っ最中。主人に話を通さずに意見していいのかと思うが、この主従の実際の主導権というか、発言権においてヘイゾウはかなり高い位置にある。
部屋を出る前に少し様子を窺ったのだが、あれならなんのかんのでセイカはヘイゾウの意見を受け入れるだろう。
だから、問題は俺とミナモだ。
俺はミナモにあらましを伝えて、今後の方針を確かめる事にした。
「セイカとヘイゾウの話の前に、お互いの方針を確認しないか?」
「方針?」
「そうだ。戦士としての目標と言い換えた方がいいか。それが一致しないと今後組を続けていられなくなるかもしれないだろ」
この世界に、樹海に、戦士に、ありとあらゆる事に理解の足りない俺には誰かの助けが必要で、手を差し伸べてくれたミナモには恩義もある。
だから、彼女の誘いを断る理由はなかった。組を続けるのに異論はない。
とはいえ、それをいつまでも続けるのかと言えば疑問だ。
いずれ知識も経験も得て、恩返しもできたのなら道を同じくする理由はなくなる。
そんな時、ミナモの目標を俺が受け入れられないとしたら、道を分かつことになるかもしれない。
直前になって脱退するのはあまりにも不義理だろう。
なら、今の段階でお互いの主張を把握しておいた方がいい。そして、意見がぶつかる前に妥協点を決めておくべきだ。
「俺は戦士として一人で生きていけるようになりたい。当面の目的はそれだ」
いずれは元の世界に帰りたいが、そのとっかかりも見つかっていない。
アヤの言うデウス・エクス・マキナなんぞと関わり合いになりたくないし。帰りたいが、無理をしてまで帰ろうとするつもりはないのだ。
「強いて加えれば、余計な面倒に巻き込まれずに、か」
既に神器を強奪していたり、聖域で指名手配されていたり、露出狂のレッテルを張られたりしているが、これ以上の面倒はごめんだ。
言いたい事を言って、俺はミナモに視線で問いかける。
「あたしは、強くなりたい」
「強く? どれぐらい?」
「わからない。でも、強く」
ふうん。
割とマイペースというか、独特の感性で生きているように見えるミナモだが、確かに樹海でもストイックに自らを鍛えようとしていた。
「強くなってどうするんだ?」
「会いたい人がいるの」
……ほう。
なんだ、あれか?
その、恋人、的な奴か?
まあ、客観的に見てミナモは美人だ。戦士としての逞しさと嫋やかさが両立しているし、スタイルだってかなり良い。
モテるかどうかと問われれば、モテるだろう。
「誰に?」
「……秘密」
ミナモは俯いて、小さく零す。
表情は見えづらいが、どうも前向きというか、浮ついた様子ではない。少なくとも俺が邪推した恋愛がどうこうという雰囲気ではない。
どちらかといえば、仇を思うような危うさがある。
えっと、これもあれか。わけあり、ってやつか。
俺がそれで色々と誤魔化しているので無理に聞き出すわけにはいかない。少なくとも俺にそこまで踏み込む資格があるとは思えなかった。
「悪い。もう聞かない」
「ありがと」
ああ、もう。そんな嬉しそうに目元を緩めるな。無表情がデフォルトだからそれだけで高威力になるんだからな、お前。
しかし、ミナモの物騒な雰囲気はともかく、強くなりたいというミナモの目的は問題ない。
今日の樹海でも、俺のために狩り場を浅い層にしてくれていたし、ペースも無理なく考えてくれていたのだ。
懸念の『強くなって会いたいという人物』に関しては、それとなく気を付けておけばいいか。
「よし。じゃあ、俺たちの組は強くなって、安定した生活を得る、でいいか?」
「うん。それでいい」
さて、ここからが本題だ。
「で、セイカの件はどうする?」
「あたしはいいよ」
まあ、その返答は予想していた。
「理由は?」
「二人だけじゃいつか進めなくなる」
俺としては二人でも余裕だったが、そういうものだろうか。
今日一日、樹海の浅い層で戦っただけの俺では判断ができない。
しかし、緑のガルムを倒したと言っても、SPは使い果たして、HPもギリギリだったのだ。それを基準にしては痛い目を見そうだ。
二人では数で押されて手に余る場面も想像できた。
だから、仲間を増やすというのはいい。
「それにセイカとヘイゾウは強い」
それもわかる。
セイカの神具――イワキリとか言っていたか。ウルフを寄せ付けもしなかった。あれも銘を持っているのだから、かなり高度な神具なのだろう。
そして、ヘイゾウ。
あの執事は色々とやばいだろう。貫録が違う。年齢などを考えれば戦士なんてできないと思うのだが、彼に関してだけは杞憂だ。
「けど、それで貴族の厄介ごとに巻き込まれるかもしれないんだぞ?」
「いい。セイカは悪くないから、放っておけない」
このお人好し。
まあ、ミナモなりにメリット、デメリットを考えているなら俺が余計な気を回す事はないだろう。
「けどな……」
「もちろん、他にも我々は提供できることがございます」
「うおおっ!?」
飛び跳ねた。
いつの間にか、扉を開けたヘイゾウが俺の背後に立っていた。
こいつ、絶対に執事じゃねえよ! 暗殺者だろ! それかヘル○ングのゴミ処理係だ!
「失礼いたしました。少し気が昂ったのか、加減を間違えたようです」
丁寧に一礼するヘイゾウ。
昂ったら気配が消えるの? 加減ってなんの加減?
ヘイゾウの隣でセイカが青い顔をしているんだけど、トラウマでもあるのだろうか。
「……いいよ。で、なに? 何をくれるんだよ」
問いかけるとヘイゾウは一歩下がり、蒼白な顔のセイカが気を取り直して胸を張ってきた。
「世話を掛けたわね、下郎!」
「お嬢様?」
「ひっ!? 冗談よ、冗談! その、ここまで連れてきてくれてありがとう」
高飛車な台詞を一言で黙らされて、従者に必死に弁解しながら礼を告げてくる。
まあ、なんだ。泣いてる姿よりはましだな。むかつくけど。
「あー、運んだのはミナモだ。俺には部屋を貸した分だけでいい」
「それよ。部屋。あんたたちにわたくしの住まいを貸してあげるわ」
突然、話題が飛んで理解が追いつかなりかけるが、ヘイゾウの話で長屋を持ってるとか言っていたか。
「そもそも、いいのか、お前は? 俺たちの組に入るっていうのは」
割と俺とお前って犬猿の関係だったと思ったが。
「いいわよ。ヘイゾウとも相談したわ。他の組に入るぐらいなら、ミナモがいいし」
そんなにミナモが好きなの?
ダメだぞ、ミナモは渡さないからな。
「で、どう? 魅力的じゃない? 樹海に行くのも馬車で一時間ぐらいだし、宿泊料も組の間は最低限でいいわ」
俺の目的である安定した生活を考慮すると悪くない。
衣食住の内の『住』が解決するというのは大きいからな。
けどな、貴族の厄介ごとっていうのがどうしても引っかかる。
餌に釣られて命を賭ける展開になるのは勘弁願いたいぞ。
俺が逡巡していると、ヘイゾウがああっと声を上げる。
「お話の最中に失礼。カンダ様、そちらのお召し物をお直ししませんか?」
「は? ああ、服か。そうだな。なんとかしないとまずいな」
宝物殿から拝借した小袖と羽織りだが、悲惨な有様だ。
緑のガルムに噛まれたせいで大穴が開き、血で汚れている。果たして修繕可能なのかすら判断がつかない。
確かにこの格好のままではまずいだろう。しかし、替えの服もないのだ。
「こちらをお召しください。その間に私が」
ヘイゾウはどこからか甚平みたいな感じの服を差し出しつつ、部屋に案内してくる。
考えをまとめるのにも時間がほしいので乗っておこう。
自然に着替えを手伝ってもらってしまった。いや、すごいいいタイミングで濡らしたタオルとか出してくるし、こっちが手を伸ばす前に袖を通すだけの状態でスタンバイしてるし。
なんとも申し訳ない気分になりながら甚平に袖を通す。恐ろしい事にサイズまでぴったりだった。執事、すげえ。
「ところで、こちらの逸品は素晴らしいですな」
「何がだ?」
見るとヘイゾウは俺が脱いだ小袖と羽織りを見ていた。
「こちらの織物でございます。なかなか世俗ではお目に掛かれぬ品とお見受けしました。そう、まるで聖域に奉納する宝物のような……」
ひいっ!
見抜かれてる!?
動揺を悟られないようにゆっくりと表情を窺う。
ヘイゾウは何事もないように微笑んでいるだけで、その内心は全く読めない。
このタイミングで、この話題。脅しているとしか思えなかった。
「何が言いたい?」
「私も縫製の腕には覚えがございます。かならずや元の美しい形に直してみせましょう。伊達に四十年、執事を勤めておりませんので、カンダ様のお力にもなれるかと」
執事スキルアピールなのか?
それともセイカを組に入れるメリットの提示なのか。
ああ。もういい。この執事には敵いそうにない。
どの道、リーダーのミナモが認めているのだ。
明らかに騙されているならともかく、リーダーの方針に逆らっても仕方ないだろう。
せめてもの抵抗に溜息をついてみせるが、よけい惨めな気持ちになるだけだった。
「よろしく、頼む」
「ありがとうございます」




