13、貴族
13、貴族
出てくる魔物はウルフやワーウルフだった。
ワーウルフはウルフよりもさらに二回りも大きな狼で、もはや牛に近い。それでいて狼の動きをするのだから恐ろしい。
単体の脅威もさることながら真に恐ろしいのは他のウルフを率はいて戦術的に攻めてくることだった。自分は前衛に出ないで後ろからウルフを操り、隙を見せた獲物を自身で仕留める。
「なのに俺たちの敵じゃない件について」
まずはひ弱そうな俺にウルフが向かってきたが、貧弱な見た目に反して攻撃すれば一撃。攻撃を受けてもビクともしないという俺がやられるわけもなく。
俺に戦力が集中している間に敵陣を突破したミナモがワーウルフを一撃で屠るという戦術が容易に成功した。
最初はミナモも俺を囮をするのに反対したが、結果として俺が無事なので文句の言葉を飲み込んでくれた。
ちなみにミナモには俺の防御は羽織のおかげと言ってある。
「もののあわれなり」
ワーウルフの一団は初期戦士や組の天敵らしいんだけどな。
残敵まで完全に全滅させて残心を解く。
ようやく剣を振る動作が馴染んできた。いや、正式な剣術を修めた人から見たら拙いどころか失笑レベルだが、少なくとも自傷の危うさはなくなったと思う。
「休憩からもう2時間ぐらい経ったか?」
「はい。2時間と12分になります」
アヤ、時計代わりにもなるのか。言ってくれよ。
俺の方はいくつかのスキルも試してみて、実際の使い勝手や消費SPの確認までできた。
今回の探索の成果は十分すぎる。
「ミナモはどうだ?」
「ちょっと足りない」
アヤに確認したところ探索開始からすでに5時間半ぐらい。チートを使ってる俺はともかくとして、純粋な身体能力で戦ってるミナモの消耗は相当なものだと思うのだが。
(余裕あるよな。やせ我慢とかじゃなく)
無表情でわかりづらいがミナモは嘘をつかない。
「けど、この辺りの魔物は倒しつくしたし、そろそろ帰らないと遅い」
「そういえば宿は大丈夫なのか?」
「協会の近くに」
まあ、前線だもんな。戦士御用達の宿とか需要があれば供給もあるもんだ。
なんかガラの悪いところばかりな気がするけど。や、娼館とか想像してねーし。してないんだからね? うん、マジで。そんな度胸ないし。ちょっと怖いし。
「ソウタ?」
「じゃ、じゃあ、帰ろうか」
動揺なんてしてないからな。
帰りのルートをミナモとアヤが話し始めたところだった。
不意に地面が揺れた。
「地震?」
「…………長い」
断続的な揺れは十秒以上続いている。しかも段々と揺れが強くなっているような。
ミナモが斧槍を構える。嫌な予感。
「何かあるのか?」
「ごくまれに変な魔物が出る」
「変な魔物? 変ってどんな?」
揺れが大きくなって大きな声じゃないと聞き取りづらくなってきた。
油断なく周囲を見回すミナモは完全に臨戦態勢。木々の揺れひとつすら見逃すまいと警戒している。
「大きくて、硬くて、強い」
ぐっ、こんな時なのに反応するな思春期脳ぇ。
とまれ緊急事態だ。
話している間にも揺れは収まるどころか強くなっている。もはや地震とは思えない。移動するだけで地面を揺らすほどの魔物というのも脅威だ。
「アヤ、変な魔物っていうのはわかるか?」
「おそらく変異種のことかと」
変異種。
突然変異のことか。
「この地域はウルフの縄張りのようですから変異種はガルムでしょう」
「北欧神話級かよ」
初期パーティで戦う相手じゃないだろ。
「逃げるか?」
ミナモがちらりと俺を見てすぐに首を振った。
「門が近い」
「近いとまずいのか?」
「支配地を奪い返されるかもしれない」
なるほど。支配地に神木を接ぎ木すれば支配地にできるが、それを破壊されれば樹海に取り込まれると。
門に駐在していた部隊を思い出して納得する。たかだか戦士の管理にあれだけの戦力が用意されていた意味がようやく理解できた。
「時間稼ぎする」
ミナモの決意は固そうだ。
ここで「お疲れ様でしたー」と帰れればいいんだけどな。命の恩は返さないといけないだろ。
「付き合うよ」
「ありがと」
やめてくれ。無表情キャラが微笑むとか死亡フラグじゃん。どっちのか知らないけど。
ステータスを確認する。
カンダソウタ
レベル5
HP150 SP200
神具SSS
SPばかり増えてるな。それともHPの上昇が低いのか?
いくつかの戦術を頭に思い浮かべながらその時を待つ。
変化は正面からだった。
回廊が急激に膨張した。
左右の機製樹木が映画の『十戒』のように道を開き、天蓋を支える幹がゴムのように伸びていく。
唖然としている間もなく十字路の曲がり角から小さな影が吹き飛んで、そのままゴロゴロと対面の回廊に転がっていった。
まさか今のがガルムではあるまい。
続けて一際巨大な振動を伴って緑色の狼が現れた。
全長にして10メートル。四足でありながら頭の位置が5メートルぐらいある。全身を濡れた緑の毛並みで覆い、獰猛な熱い吐息を吐き出す口腔にはナイフじみた牙が並んでいる。爪に至っては刀みたいなものだ。
あ、やばい。直感で理解する。これは人間がどうこうできる生き物じゃない。
無表情なミナモが全身を硬直させていた。
「緑の、ガルム」
一面の紫の景色の中で異物な緑。
虹の色彩で言えば中間だが、俺たちが戦っていたウルフの3段階上。しかも変異種。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
慄いていた俺たちに届いた突然の雄たけび。
吹き飛んでいった時と同等の勢いで特攻する小さな影。今度はちゃんと見えた。
琥珀色の鎧と兜を纏った少女。長い銀髪を尾のように引き連れて身の丈ほどもある大剣を全身で振り下ろす。
岩さえ断ちそうな一撃はガルムの前足に薙ぎ払われて不発に終わった。
って、こっちに飛んできた!
この勢いで地面に落ちれば大根おろし状態は必至。咄嗟にアメノムラクモを消して受け止めた。はい。嘘です。下になってクッションになっただけです。あ、ヤサカニのおかげで痛くないよ。
腕の中に収まった少女の肩を叩くと、ギュッと衝撃に耐えようとしていた少女の目が開いた。
「ぎゃ! 変態! 痴漢! 触んな、下郎!」
第一声にそれですか。
ならば遠慮はいらぬと脇に放り捨てる。
「邪魔。ちんちくりん」
「今なんて言った、もやしいぃ!」
近くで見るとまるで西洋人形を連想させる美しい少女だった。
大きな目に精細な顔立ち。俺の肩にも届かない低身長のせいでますます人形じみているな。
そんな可憐な見た目に反して激しやすい性格なのか。烈火のごとく怒る少女をしばし観察していると不意に体を抱きしめながら一歩引いた。
「その目、わたくしの高貴な体に触れて欲情したのね!」
はいはい。どーせレイプ目ですよ。レイプ目なのにレイプ魔と誤解される俺って……。
そこまで言われたので観察してみよう。鎧姿なのでわかりづらいが背丈に比例したというか、身の丈にも届かなかったというべきか、非常に残念なスタイルと思われる。
「………強く生きろよ」
「同情するなあああ!なんで初恋のタッくんと同じこと言うの! さてはあなたわたくしの追っかけね! ダメよ! ファンは握手までなの!」
「うるさいなあ。はいはい。ファンね。うわあ、感激だなあ。これで満足? 遊んでる場合じゃないんだから子供は帰れ」
「あ、や、す、なあああああああ!」
掴みかかってくる少女の足元を払う。柔道の出足払いだ。怒りで足元が完全にお留守だった少女はこてんと転がった。ついでに軽く胸当ての上から踏んづけて起き上がれないようにしておく。
「あ、やっぱりないわ」
「貴様ああああああ! 今の感想はなんについてだあああああ!」
激昂する少女は無視。遊んでる場合ではないのは本当だ。
これだけ騒げばガルムに気づかれて当然。見やればガルムがゆっくりとこちらに巨体を向けてきていた。うわあ。大迫力。
「ミナモ。やるのか?」
変異種の上にかなり高レベル。ミナモの予想を上回っていたのは間違いない。
それでもミナモは頷いた。
「ここで止めないと。一番支配地が危ないのは一緒」
一緒どころか危険度が増したわけだもんな。
「ソウタは外に知らせに行って」
応援は必須。となればこの中で戦闘経験の少ない俺が適任というのはわかる。
「だが、断る」
今にもガルムに突撃しそうなミナモの脇腹に手刀を突き刺す。
びくんとなってから睨んでくるミナモには視線を合わせない。いや、勢いでやっちゃったけど怖いし。ていうか女子の体、弱らかい。びびった。
「俺は道がわからん。行くならミナモかこいつだ」
「こいつっていうな!」
「セイカは黙れ」
ミナモが少女の顔横に斧槍の柄を落として黙らせた。きっちり肌から1センチもない位置。誰だって黙るわ、そんなの。
無言で見つめてくるミナモに続ける。
「あれ相手に普通の神具じゃダメだろ。攻撃が通らない。そうだな、アヤ?」
「ご慧眼です。妖精持ちでも致命傷は無理でしょう。銘持ちでなければ打倒は不可能かと。たとえば私のような」
こんな時までぶれないね。
アヤのアピールは無視するとして、いくらミナモが凄腕でも使っているのはただの神具。神木の枝だ。
「俺の攻撃なら徹る。それに俺の防御力は見ただろ。時間稼ぎなら俺が最適だ。おい、あんたセイカっていうのか?」
ミナモが呼んだ名前を確認すると嫌そうに少女は頷く。
「アキバセイカ。一番支配地に私領を持つアキバ家長女よ」
貴族ってやつか。
え? もしかしなくても今の俺って不敬罪ってやつじゃね?
いや、そんなこと考えている場合じゃない。無視無視。
「セイカの神具はあいつに効果があったか?」
「……防御を削ってからなら手傷は負わせたわ」
あー。今の口ぶりからすると、防御力低下のスキルか? つまり素では無理と。
「なら、セイカが陽動。俺が攻撃。時間稼ぎしている間にミナモが外で応援を用意して退治の流れだな」
ミナモはしばし沈黙を挟んんだものの最後は小さく頷いた。
足元のセイカも方針に異議はないのか足をどかすと素早く立ち上がって神具を顕現した。彼女の身の丈ほどもある大剣は威圧感がある。
挑むようにこちらを見てきた。
「なんだよ。金なら持ってないからな」
「カツアゲじゃないわよ! 名前、教えなさい」
「……ああ。俺は神田蒼太。色々わけありだ」
「あなたも貴族? えっと、カンダ家? 聞いたことないわね。まあ、いいわ。自分が言ったことには責任持ちなさいよ」
わけあり、便利だな。貴族にも通じるのね。いや、なんとなくセイカが特別なような気がするな。
横ではミナモがセイカと睨み合っていた。
「ソウタを頼んだ」
「下郎の世話なんてお断りよ。わたくしはわたくしの役目を為すだけ」
素直じゃないな。ちゃんと陽動するから任せなさいってことじゃないか。
ミナモは迷いを振り切るように走り出すと、振り返ることなく出口に向かって行った。出口までどれぐらいだ? 現在地がよくわからないから予測もできない。
ま、いいや。別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?
やべえ。かっこいい。一度は言ってみたかったんだよな。あ、でも、これって死亡フラグ?
ガルムの遠吠えが高々と響いた。




