11、魔物
11、魔物
見失っては大変なので一定の距離を保ちながらついていく。進行方向はアヤに任せた。
直線の道を右に左に右にと曲がろうとしたところでアヤが止まる。ミナモとアイコンタクトして足音を忍ばせ合流する。
早くも定位置と化してきた肩の上に座ったアヤが無言で先を示した。最初にミナモ。次に俺の順で角から覗き込んだ。
意識していなければ声を上げていた。
50メートルほど先に狼がいる。
紫色の体毛の狼。体長は尻尾まで含めると2メートルはありそうだ。頭の高さが1メートルを超えている。
それが3匹。
「ウルフ」
「どうする?」
「やる。あたしが右の二匹を相手するから、左の一匹は任せられる?」
事前の話だとウルフは初歩的な相手らしい。速度こそ速いものの一撃の威力は低い。群れで襲われれば恐ろしい相手だが、単体であれば恐れる相手ではないとか。
情報では理解しているが俺の常識では狼は猛獣だ。犬だって大型犬なら脅威の範囲に入りかねない。
だが、やらなければ戦士としては生きていけない。
次に回してはいきたくない。次は選ぶ余裕すらないかもしれないのだから。
「わかった。やろう」
「あたしが行ったら三つ数えて」
「ああ。すぐに続く」
「近くには来ないで」
いきなり拒絶された。いや、斧槍の間合いのことな? 危ないから。くさいとかキモいとか勘弁してくれ。
思いもしないところで出鼻をくじかれたが切り替えろ。
ミナモみたいな奴はこっちの準備なんて待ってくれないんだからって、思ってるそばから行きやがったよ!
無言で角から飛び出していく。斧槍なんて重量級の武器を持っているのにまるで動きに重さがない。三秒数えている間に接敵していた。
あまりの速さにウルフは一匹も反応さえできなかった。
「―――――ん」
吐息みたいな掛け声とともに斧槍が振り下ろされた。
天地を結ぶ銀の閃光。
風圧が離れていても届いた。
紫の狼を一撃のもとに叩き伏せ、頭蓋を両断する。
回廊が軽く揺れた。
驚いた。
だけど、俺。驚いていてもいいが、走り出せ。
色んな衝撃に飲まれながらも強い意志で動き始めた。
遅いなあ。ミナモを見た後だと特に。
これでも100メートル走で13秒台なのに。緊張してるのか。いや、アメノムラクモのせいか。重量はなくても長物を持ってるだけでバランスとかおかしくなる。誤って自傷しないように注意しているのもでかいっぽい。
ああ。というか走りながら余計なことばかり考えている。
こういうのはダメだ。集中できてない。
初めての戦闘。
命の重さ。
奪う覚悟。
奪われる覚悟。
これからのこと。
異世界。
いや、忘れろ。シンプルにいこう。
(近づいて振り下ろす)
間合いまであと五歩。
ミナモの脅威に竦んだのかまだこちらに気づかない。
三歩目で剣を振り上げる。
四歩目を地面に突き刺すように落とす。
ウルフに気づかれる。
もう止まれない。いけ!
五歩目は全体重を乗せて踏み込む。
荒い呼気がうるさい。
今だ! 振れ! 思いっきり!
唐竹割の一刀がウルフの頭部を割って、勢い余って地面を切り裂いた。
うわ。手応えなかったよ。豆腐みたいじゃん。いや、ウルフもだけど地面も。勢いつけすぎたせいで前宙きめるとこだった。できないけど。
見ればアヤがどや顔している。
なるほど。前言通りアメノムラクモの威力は尋常ではないようだ。これでまだレベル1なのだから恐れ入る。
(神器の名前に偽りなしか)
「あ」
不意の声に顔を上げた。
同時、顔面のスレスレを猛スピードで紫色の物が吹っ飛んで行った。1センチはなかったと思います。俯いたままなら頭に直撃だった。
油の切れた機械みたいな硬い動きで飛来物の行方を追う。
機製樹木に磔になったウルフがいた。斧槍に腹を貫かれて絶命している。
斧槍の持ち主を見やれば投球後の姿勢でこっちを見ていた。
「危ないぞ」
「ミナモ」
抗議の視線にもミナモは無表情だった。だったが、悪いとは思っているのか。
「釈明の余地はある」
「聞こうか」
「最後に残ったウルフがそっちに向かった。ソウタが油断していたから不意を打とうとしたんだと思う。位置的に追いつけないと判断して投げた」
怒るどころか感謝するべきだった。
受け持った魔物を逃がしたのはミスなのだろうが、そもそも戦場で油断する俺が悪い。それにミナモはちゃんと自分の仕事を成し遂げている。
伝説の『少し、頭冷やそうか?』的な忠告ではないよな?
「すまん。俺のせいで迷惑をかけたな」
「あたしも驚かせて悪かった」
互いに謝罪してこの件は終わり。
そうしている間にウルフの死体が淡く光りだした。
ウルフから血は流れていない。まるで金属のような断面だった。その至る所から白い光の粒が噴き出してくる。
白い蛍というとイメージしやすいか。こちらの神具にまとわりついて吸い込まれていく。
光を失った死骸は地面から伸びてきた機製樹木の根に引きずり込まれて見えなくなった。俺も殺されればああなるのか。
ナノデバイスの吸収の割合は俺とミナモで等分だった。活躍によるボーナスはなく、組で共有するようだ。
「レベルが上がりました」
アヤが報告してくる。
ふむ。観察しても違いがわからない。神具が成長すれば妖精も成長するという話だがひとつふたつで見てわかるものではないのか。
「やっぱり段々レベルは上がりづらくなるのか?」
「はい」
地道にやるしかあるまい。
元より強くなるのが目的ではないが安全域は確保したい。
(というか神器があるならこれ以上は強くならなくてもいいのか?)
いや、どちらにしろ俺自身の鍛錬も必要か。
初戦とはいえパニックになりかけていたからな。それに今後、神器を失ったり使えなくなる事態も考えられる。
「神社に納めるナノデバイスは?」
「私が管理しておりますのでご安心を」
となれば戦いに集中できる。正直、あれもこれもと考えていられない。
戦い、勝つこと。今はそれだけでいい。
気が付けば呼吸も整っていた。
ミナモも突き刺さっていた斧槍を回収している。こちらはそもそも呼吸が乱れてすらいない。
「次、行こうか」




