10、樹海
10、樹海
「もうすぐ」
黙ってあれこれ考えていると緊張してると思われたのかミナモが話しかけてきた。
現在、樹海の入口で順番待ち中。
樹海への突入は組ごとに五分おきの侵入できないルールらしい。境界に設置された唯一の門と防壁は神木によって管理されており、門以外の出入りは不可能らしい。無理に乗り越えた者は神木と樹海の両者によって処分されるという。
(ルールね)
アヤはゲームではないといった。ミナモも命がけの覚悟をしている。実際に樹海で命を散らす者は多いだろう。聖域ができるまでに数えきれないほどの人間が死亡している。遊びではないのは間違いない。だが、俺には茶番に見える。
近代の戦争にだって国際法によるルールはある。だが、実際のところは必要とあらばルールなんて無視されるものだ。人間の欲望はそんな都合よく制御できるものでもない。
だが、この世界の戦いはルールが厳守されている。
神木と樹海の双方が機械的に取り締まるから。守らざるを得ない。
果たしてそれは戦いと呼べるのか?
いや、ルールを守るなんて馬鹿らしいと言いたいわけじゃない。
俺みたいな戦いの素人には明確で厳格なルールというのはありがたい。
だが、その意味を考えるべきだと思う。
「ソウタ、聞いてる?」
「ああ。聞いてる。卵焼きは辛い派だ」
「あたしは甘い派。……辛い派? 塩辛いじゃなくて?」
「七味とか芥子とか最高」
「新感覚。……違う。卵焼きの話じゃない」
まずい。完全に上の空で返事していた。
僅かにむーと眉を寄せるミナモとちゃんと向き合う。
「で、なんだっけ?」
「本当にそんな装備で大丈夫?」
「大丈夫だ。問題ない」
即答してみた。もちろんネタは通じないが。
こちらのてっぺんからつまさきまで一往復させてくるミナモ。見れば他の順番待ち中の戦士たちも俺の姿に眉を顰めたり嘲笑を浮かべていた。
俺の服は本殿で拝借した小袖と羽織のまま。ミナモの革鎧のような防具は一切ない。
武器が神具なのは戦士なら当たり前なので無手なのは誰も気に留めない。だが、防具となれば別。自前で用意するしかない。パッと周りを見たところ最低でも革鎧で、結構な割合で金属製の鎧を身に着けている。
見た目が場違いなのは否めなかった。
「本当に大丈夫?」
心配させて申し訳ない。
確かに神器と一緒に奉納されていただけあって大層立派な服ではあるが性能はただの布の服に過ぎない。
とはいえ、平和の国からやってきた素人高校生が武装なんてすれば重くて満足に探索なんてできなくなる。身軽な方がいい。
防御の問題は神器が解決してくれるとアヤが請け負ってくれた。ただ、神器のことはミナモにも内緒なので誤魔化したわけだが、心から案じているミナモに良心が痛んだ。
「今日は初めてだから本格的に中には入らない」
「ああ」
「奥は危ないから。ちゃんと準備しないとダメ」
「……ああ」
「今日はあたしがフォローするからソウタは自分のペースで動いて」
「いや、男の俺がリード――ゴフンゴフン…………わざとか?」
「なに?」
天然め。きょとんとしやがってかわいいじゃねえか。
思春期の男の妄想力をなめるなよ。
馬鹿なことを考えて色々と落ち着きを取り戻していると順番が回ってきた。
高さ五メートルほどの両開き戸の門。木目調の金属という神具と同じ光沢をしていた。
「もう入れるのか?」
「木目が消えたら」
門番のように左右に控える五人ほどの武装した集団にミナモは戦士のプレートを見せたので俺も同じようにする。
分厚い書類にナンバーが記入され準備完了。簡単なものだった。
ミナモが斧槍を出したので俺もアメノムラクモを用意する。神剣というわりにシンプルな形状なので目立つこともない。ちなみにアヤは小袖の中に隠れている。妖精持ちなどと注目されたくないから。
近づく戦場に鼓動が早くなる。どんなに冷静を装っても体は正直だった。ネタも浮かんでこない。
不意にミナモが振り返った。緊張と闘志がバランスよく混在した真面目な顔。
「大丈夫。私が守るから」
「……うわあ。シンジ君の気持ちがわかっちゃった」
や、もちろんミナモが意識したわけじゃないし言い回しだって違うけどさ。
女の子に言われると複雑だ。男女差別だなんて過剰な反応はしないけど、俺にも男の意地ってものがあるらしい。
(ビビってるわけにはいかないか)
大きく息を吐き出した。想像以上に熱のこもった吐息を自覚する。熱は必要だが過ぎれば毒になる。
「いける?」
「いけるいける」
あえて軽い口調を選んだ。
丁度、扉の色が金属の色合いに変わった。視線を向けてくるミナモに小さく頷いて返す。
ミナモが斧槍を構えながら扉を押した。重さを感じさせない動きで扉が滑らかに奥へ開く。
二人だけなので大きく開ける必要はない。隙間から順に侵入する。
太陽の光が届かない樹海は仄暗い海中のようだった。
頭上で幾重にも重なった葉の間から糸のような木漏れ日が差している。時間が止まったと錯覚するほどの静けさに息を飲む。
数度の瞬きで目が慣れていく。
「いない」
ミナモが構えを解いた。こちらも剣を下ろして一息つく。
「出会いがしらってあるのか?」
「たまに。一年に一度ぐらい?」
それを初回の探索で引き当てる凶運はなかったようだ。
改めて観察を再開する。
照明になっているのは機製樹木の葉だった。どういう原理か知らないがほのかに光っている。
頭上まで完全に枝葉に覆われており、左右は整列したように並んだ樹木が壁となっている。木々の間は荒縄みたいな蔦が張り巡らされており、足元は生垣のバリケード。床は不自然なほど根が見当たらず平面の地面だった。定められたルート以外は通れない。
なるほど回廊と呼ばれるわけだ。
色は一面の紫。機製樹木の色はそのままエリアのレベルを表している。全部で七段階で虹の配色の順番にレベルが上がる。魔物も同様だ。わかりやすい。
道の広さは10メートルほど。高さは5メートルぐらいか。戦闘の妨げにはならないだろう。ただし魔物が表れた場合、無視して突破するのも厳しい。
「そろそろいい?」
「オーケー」
「おけ? 桶?」
「いいってこと。どうするんだ?」
軽く失言は流して方針を尋ねる。
「適当に進む。この辺りはよく来てるから大丈夫」
おお。さすがは経験者。
懐からアヤが出てきて目の前に浮かんできた。
「私が先行して偵察しましょう」
「大丈夫なのか?」
「はい。魔物も妖精は狙いません。やられたところで何度でも元に戻りますから」
ナノデバイスだもんな。とはいえショッキングなシーンを目撃したいわけではないので気を付けてくれよ。
注意するとわかったのかわかってないのかアヤはすうっと行ってしまった。




