第8話:ペアリング・システム
昨日の実地試験は、データの収穫という点では満点だったと言えるだろう。リディの機動力とエレナ教授の魔力供給が噛み合った瞬間、既存の魔導工学では説明できないほどの出力が観測された。 だが、拠点に帰還してからの運用フェーズ(共同生活)において、致命的なバグが露呈している。……そう、おれのリソースを削り取る、ヒロイン同士の『排他制御エラー』だ。
---
昨日の興奮も冷めやらぬ中、工房の狭いリビングスペースでは、エレナ教授とリディが火花を散らしていた。
「……ミツバ。この『試作二号機』の調整だけど、リディさんの魔力波形を基準にするのは非効率よ。私の高出力な魔力供給を前提とした、並列処理回路を組むべきだわ」
「何言ってんのよ! 実際に戦うのはあたしなんだから、あたしが使いやすいのが一番でしょ! あんたは後ろで大人しく観測してればいいの!」
発端は、おれが何気なく口にした「二人の連携をシステム化する」という構想だ。 前世の感覚で言えば、リディは現場で動く『クライアント端末』であり、エレナは膨大なリソースを提供する『サーバー』だ。この二つを強固なネットワークで結べば、昨日以上のパフォーマンスが出せる。エンジニアとしては極めて妥当な、合理的な提案のはずだった。
「……二人とも、静かにしてください。仕様の策定(喧嘩)にリソースを割くのは時間の無駄です」
おれが作業台から振り返ると、二人の視線が一斉に突き刺さった。
「ミツバはどっちの意見が正しいと思うの!?」
「論理的に答えなさい、ミツバ!」
……45年生きてきて学んだ教訓がある。女性二人に「どちらが正しいか」を迫られた時、正解の選択肢は存在しない。 おれは手元の回路図に目を戻し、淡々と答えることにした。
「どちらが正しいかではなく、要件定義の問題です。リディさんの機動力と、教授の演算能力。これを統合するインターフェースとして、双方向性の『同期リンク』を構築します。……名付けて『ペアリング・システム』です」
二人が顔を見合わせる。
「ペアリング……?」
「……対、ということかしら?」
その言葉の響きに、なぜか二人の頬がわずかに赤らんだ。 おれはその反応を「新機能への期待値」と解釈し、さらに詳細を詰める。
「ええ。二人の五感を部分的に共有し、おれの指示なしでも互いの状況をリアルタイムで把握できるようにします。……リディさんの直感を教授が数値化し、教授の魔力をリディさんが最適に消費する。これこそが最強のユニット(二人組)です」
おれは完璧なソリューションを提示したつもりだった。 だが、その直後。
「……じゃあ、あたしが感じてるミツバへの『ドキドキ』も、この女に伝わっちゃうってこと!?」
「なっ……! 貴女、そんな非論理的な出力を垂れ流しているの!? だったら、私のミツバに対する知的な執着だって、貴女に……」
……また始まった。 五感の共有範囲についてはフィルターをかける設計にするつもりだが、それを説明する隙も与えてもらえそうにない。
おれはため息をつき、沸騰し始めた薬缶を下ろしてお茶を淹れた。 技術的なデバッグは得意だが、この「感情という名のノイズ」を制御するアルゴリズムは、おれの経験則にはまだ存在しない。 前世でシステムの保守運用に追われていた日々を思い出しながら、おれは二人の背中に向かって呟いた。
「とりあえず、お茶が入りましたよ。……冷める前に、三人の『共同運用ルール』を確定させましょう。エンジニアの労働環境を守るためにもね」
リディとエレナは不服そうにしながらも, 差し出されたカップを受け取った。 彼女たちの視線は、まだ互いを火花で焦がし合っている。 どうやら、このシステムの本格稼働までには、膨大な工数(なだめ役)が必要になりそうだ。




