第7話:エレナの熱源反応
私はエレナ・フォン・ストラトス。王立魔導学院の教授であり、次世代魔導ネットワーク理論の第一人者よ。 今、私は場末の魔道具工房で『助手』の真似事をしているわ。理由は単純。ここに、既存の魔導工学を百年は飛び越えた『怪物』がいるからよ。
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フィールドワーク。そう、これはあくまで学術的なフィールドワークよ。 私は、ミツバがリディに渡した『通信端末』のログを解析するため、二人のクエストに同行することにした。
「……信じられないわ。ミツバ、この遮蔽物の多い岩場で、どうしてこれほど安定した広域通信ができるの? 既存の空間伝播理論じゃ、この距離は減衰してノイズに埋もれるはずよ」
「近距離の反射波と、地脈の定在波を負荷分散させているんです。短距離は空間伝播、長距離は地脈経由。状況に応じて最適な経路をシームレスに選択するOSを組んでいます」
ミツバが淡々と説明する。……有線(地脈)と無線(空間)を動的に切り替えるなんて、制御OSの記述が複雑すぎて学院の演算魔石では一瞬でオーバーフローするわ! 彼の脳内はどうなっているの?
ふと、ミツバのコンソールを横から覗き込んだ私は、息を呑んだ。 そこには、これまで私が見てきたどんな『術式記述言語』とも異なる、深淵な階層が存在していた。
「……ミツバ、今の一瞬、何を表示したの? 座標……定義……? まるで、この世界の物理定数そのものを変数として扱っているような……」
「……いえ。今のは、ただのデバッグ用のダミーデータです。忘れてください」
彼は素早くウィンドウを閉じたが、その横顔はいつになく険しかった。……もし、今の記述が『本物』だとしたら。彼はただ魔法を効率化しているのではなく、世界の理そのものに触れようとしているというの?
「ちょっと! あたしの魔力が乱れてるのは、あんたがジロジロ見てくるせいよ! ミツバ、やっぱりこの女、置いていかない?」
リディが剣を構えながら私を睨みつける。本当に野蛮だわ。
「却下です。教授の観測データは、ハイブリッド運用のパラメータ調整に不可欠なログになります」
その時。洞窟の奥から、マナの計測値が跳ね上がるほどの咆哮が響いた。 「――熱源反応、増大! 特務級の『魔石喰らい(マナ・イーター)』よ!」
周囲の魔力を吸い取り、術式を無効化する最悪の敵。リディの剣に纏わせた魔力も霧散していく。
「リディさん、慌てないで。教授、今です! 空間伝播を絞り、地脈バスから逆相の魔力を注入して、奴の吸収サイクルをオーバーフローさせます。タイミングを合わせて!」
「了解! ――同期開始!」
私とミツバが同時に、地面の地脈接合点に触れる。 私の膨大な魔力量を、ミツバの精密な制御が「弾丸」に変え、地脈を通じて魔物の体内へ直接送り込む。 魔物がリディに向かって腕を振り上げた瞬間、逆流した魔力が内側から奴をクラッシュさせた。
「今よ、リディさん!」
リディの渾身の一撃が、魔物の核を粉砕する。 ……認めたくはないけれど、この「理論」と「出力」と「実行」の完璧な連携。これがミツバの目指す『システム』だというのなら、あまりに美しすぎる。
戦闘後、ミツバが私の肩を軽く叩いた。 「教授、助かりました。実機(実戦)でのプロトコル切り替えの最適化は、あなたのおかげです」
「……当然よ。私を誰だと思っているの?」
そっけなく答えたけれど、眼鏡の奥で視界が少し滲んだ。 ミツバに認められたという事実が、どんな論文の受賞よりも、私の胸の内で異常な熱源反応を起こしている。
(……おかしい。心拍数が、理論値を超えて上昇しているわ。さっき見た『世界の定義ファイル』のような不気味な違和感……いえ、これはきっと、世紀の発見を前にした知的好奇心よ。そう、ロジカルに考えて、それ以外にありえないわ)
私は熱くなった頬を隠すように、真っ白になった眼鏡をせっせと拭き始めた。




