第4話:単独クエスト『碧銀の洞窟』
工房の机には、師匠の形見だった魔石を加工して作り上げた二つの『イヤーカフ』が並んでいた。内部にはナノ単位のエッチングで刻まれた『魔導通信ハイブリッド回路』が実装されている。
「リディさん、これを右耳に。短距離なら空間を直接振るわせる空間伝播、長距離や遮蔽物がある場合は惑星の神経網を利用する地脈経由に自動で切り替わります。さらに骨伝導仕様なので、戦闘中でも周囲の音を殺さずに私の声が届きます」
「……ん、こう? なんだか、あんたに耳を触られてるみたいで落ち着かないわね」
エプロンを脱ぎ、再び銀の胸当てを装着したリディが、少し照れくさそうに髪をかき上げる。その無防備なうなじに視線を向けそうになり、おれは慌ててコンソールの数値をチェックする振りをした。
「システム起動。……チェック、チェック。こちらミツバ、感度はいかがですか?」
「!? ひゃっ、頭の中で直接あんたの声が……。ちょっと、近すぎるわよ。すぐ隣で囁かれてるみたい」
リディが耳を押さえて飛び上がる。骨伝導特有の定位感は、確かに至近距離で囁かれているような感覚を与える。これも計算通りだが、彼女の反応は計算外に「可愛らしすぎた」。
リディはそのまま、街近郊の『碧銀の洞窟』へと向かった。おれは工房に残り、大型魔石に接続したモニターで彼女のバイタルと視界をリモート監視する。
『……ミツバ、聞こえる? 洞窟の三層に入ったわ。ここ、少し空気が重い気がする』
リディの視界が、おれのゴーグルに投影される。
「岩盤が厚くなってきましたね。空間伝播の減衰を確認。プロトコルを地脈経由へハンドオーバーします。……よし、接続維持」
だが、その直後、モニターに真っ赤な警告が走った。
「くっ、地脈内の共鳴鉱石によるインピーダンスの乱れか!?」
洞窟特有のノイズが、地脈回線を直撃した。音声が激しく割れ、リディのバイタルデータが「焦燥」を示す数値へと跳ね上がる。死角から迫る二体目の魔物に、彼女は気づいていない。
「リディさん、落ち着いて! リアルタイムでインピーダンス整合を実行、ノイズをキャンセルします。……おれの声だけを信じて。そのまま動かず、三、二、一……真後ろへ水平斬り!」
『っ……信じるわよ!』
補正されたクリアな声が彼女の脳に届く。リディは一切の予備動作なく、真後ろへ剣を薙いだ。確信に満ちたその一撃は、透明化して飛びかかろうとしていた魔物の核を正確に両断した。
数分後。全ての敵を排除したリディの荒い息遣いが、通信機を通じておれの耳に生々しく伝わってくる。
「……お疲れ様。物理層の切り替えタイミングが甘かった。帰還したら修正を当てます」
『……バカ。あんたの声、すごく心強かったんだから。数字の話ばっかりしないでよね』
一時間後。工房に戻ってきたリディは、扉を開けるなりおれに歩み寄り、そのままおれの胸に顔を埋めた。
「リディ、さん……?」
「……怖かったんだから。声が途切れた時、急に一人になったみたいで。……ずっと、隣にいてよ。通信機越しじゃなくて」
(いかん。これは……非常にまずい。精神年齢45歳の余裕が、物理的な接触という名のオーバーロードで崩壊していく。何か、何か技術的な解決策を……)
「……次は、空間と地脈のシームレスな負荷分散を二〇〇パーセント向上させます。あと、あなたのバイタルに合わせて自動でマナを供給するバックアップ回路も……」
「もう! そういうことじゃないって言ってるでしょ、この鈍感エンジニア!」
リディの拳がおれの胸を弱く叩く。おれは、異常な速さで脈打つ自分の心臓を「ハードウェアの不具合」だと言い聞かせながら、震える手で彼女の肩をそっと支えるのが精一杯だった。




