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第3話:リディの拠点

 リディに連れられてやってきたのは、街の端にひっそりと佇む古い石造りの建物だった。 「ここ、私の師匠が使ってた工房兼、空き家。今は私が管理してるんだけど……あんた、宿代もったいないでしょ? 好きに使っていいわよ」


 埃は被っているが、設備は一流だった。何より、地脈から直接魔力を引き込む『魔導コンセント』が壁のあちこちに配置されている。エンジニアにとって、これ以上の贅沢はない。


「助かります。まずは開発環境の構築から始められそうだ」


 おれは早速、工房の魔導流路盤マナ・マニホールドを開き、内部の回路構成を走査した。……驚いた。端子の配置、魔力抵抗を逃がすための絶妙なアースの取り方。これらは、おれが前世で知っていた極微細回路の「熱設計」の思想、そしてギルドの地下にあった旧式ラインとも共通する、無駄のない洗練された手触りだ。


(ギルドの最新設備は、ただ出力を上げることしか考えていない粗末な設計だった。だが、この工房の設備は違う。もっと根源的な……「ロゴス」に基づいた、古代の遺失設計図ロスト・スキーマに近い設計思想を感じるな)


「……普通、こういう時は『ありがとう、リディ』とか言うもんじゃないの?」


 リディが頬を膨らませてこちらを見ているが、おれは既に鞄から計測器を取り出し、自分用の『魔導OS』をスクラッチから書き直す作業に取り掛かっていた。前世のソースコードそのものはないが、設計思想はすべてこの頭の中にある。


(落ち着け……。リディさんのような若い女性と、こんな閉鎖空間で二人きり。前世のおれなら考えられない事態だ。だが、おれは45歳のエンジニアだった男だ。彼女を娘のように見守るのが筋というものだ)


 おれは内心の動揺を『論理的思考』という名のファイアウォールで遮断し、冷静を装ってライブラリの『再構築ビルド』に没頭した。


 数時間後。作業に集中していたおれの鼻腔を、香ばしい匂いがくすぐった。 「はい、できたわよ。あんた、集中しすぎ。とりあえず食べなさい」


 振り返ると、そこには意外な光景があった。先ほどまでの無骨な革鎧を脱ぎ捨てたリディが、淡いクリーム色のエプロンを身に纏っていたのだ。少しサイズが大きいのか、肩紐が時折ずり落ちそうになっている。


(……いかん。エプロンというのは、これほど破壊力があるものだったか。落ち着け。これは単なる作業着だ。防汚性に優れた機能的ウェアに過ぎない……)


 差し出されたのは、不恰好に切られた野菜が入ったポトフだった。 「リディさんが作ったんですか?」 「な、なによ. 私だって自炊くらいするわよ。……口に合うか分からないけど」


 スプーンで啜る。洗練された料理ではないが、素材の味がしっかりと感じられる温かさがあった。 「……美味しいですね。熱伝導が均一でない分、野菜の食感にグラデーションがあって、飽きがこない」 「あーもう、あんたは感想まで理屈っぽいのね! ……でも、美味しいならよかった」


 リディはおれの向かいに座り、身を乗り出すようにしておれの顔を覗き込んできた。銀髪から微かに甘い香りが漂い、おれの情報処理系が微かなエラー音を上げる。


「ねえ、ミツバ。あんたって、前は何してたの?」 「……昔、似たような概念の設計をしていただけですよ。ただの、枯れた技術者です」 「ふーん……。じゃあ、その『枯れた技術者』さんにお願い。これ、預かっててくれない?」


 彼女が差し出したのは、師匠の形見だという小さな魔石の欠片だった。おれはその結晶構造を見た瞬間に理解した。これは天然物ではない。古代の技術によって情報の記録に最適化された、人工魔石の残骸だ。


「これを使って、何か『私とあんたを繋ぐもの』を作ってほしいの。……あの時のセンサーみたいに、あんたがどこにいても分かるようなやつ!」


 リディの顔が僅かに赤い。おれは「この魔石の演算効率を最大限に引き出す」という技術的欲求に逃げ込み、必死に魔導ペンを走らせる。


「分かりました。パケット通信の概念を応用した、超小型の『魔導通信端末』を設計しましょう。通信プロトコルは……そうですね。おれとリディさん、二人だけの専用回線にしましょう。最高強度の暗号化を施します」 「二人だけの……専用?」


 リディが何やら嬉しそうに呟いているが、おれは「セキュリティレベルの最大化」という理屈を盾に、回路図の描画に没頭するのだった。

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