第2話:二人きりの野営
日が沈み、街道沿いの森は急速に夜の帳に包まれていった。 本来なら野営などせず街まで強行軍するところだが、リディの消耗――激戦による魔力枯渇と精神的な疲労を、おれのゴーグルが『バイタル低下:警戒レベル黄色』と告げていた。
(……正直、限界だわ。さっきの群れとの戦いで魔力も神経もボロボロ。でも、こんな頼りない男を連れてるんだから、私が寝るわけにいかない。……冒険者の夜は、いつだって死と隣り合わせ。それが当たり前なんだから)
リディはそう自分に言い聞かせながら、手慣れた手つきで魔石灯を地面に置いた。 だが、その灯りは頼りなく、周囲数メートルをぼんやりと照らすのが精一杯だ。彼女はさらに『魔物除けの香』を焚き始めたが、風向き一つで効果範囲が変わる代物だ。
「リディさん。その効率の悪い野営はやめませんか。情報の空白地帯で寝るのは、デバッグ前のコードを本番環境で動かすようなものです」
「またわけのわからないことを……。いい? 冒険者の夜は『運』と『根性』なの。交互に見張りをする体力もないんだから、大人しくしてなさい」
おれは溜息をつき、鞄から新しいデバイスを取り出した。 それは、複数のアンテナが突き出た、黒い円盤状の魔道具だ。
「システム構築。SSID:セーフティ・フィールド。起動」
(……なによこれ。地面が、光ってる? 幾何学的な模様が広がって……。えっ、これ、あそこの茂みに何かいるのが『見える』!?)
リディの眼前に、地脈を流れるマナをキャリアとした監視網がホログラムとして展開される。
(信じられない……。冒険者にとって『夜』は敵のものだった。音と気配に全神経を集中させて、それでも不意打ちを受ければ終わり。なのに、この男が変な板を置いただけで、半径三十メートルが私の『庭』になったみたい。……暗闇が、怖くないなんて)
彼女の警戒心が、みるみるうちに「驚愕」と「安心」へ塗り替えられていく。 おれは小型の板状デバイス――『魔導IHヒーター』を設置し、手際よく食事の準備を整えた。
「さあ、リディさん。タンパク質の変性を最適化した肉です。食べてください。センサーが作動している間、あなたは一歩も動かなくていい」
(なんなの、この匂い……。ただの干し肉を焼いてるだけなのに、一流の料理店みたいな香りがする。……肉の繊維の奥まで熱が通ってて、噛むたびに旨味が溢れてくる。私が今まで食べてた『食事』って一体なんだったの?)
「……信じられない。これ、本当に私がさっきまで持ってた不味い肉なの?」
驚きながらも、リディは夢中で肉を頬張った。食後の温かい茶を啜り、ようやく人心地ついたところで、彼女はふと夜空を見上げた。
「……ねえ、ミツバ。あんた、遠いところから来たって言ってたけど、海の向こうのことは知ってる?」
「いや、おれも詳しくは知らない。この世界の地図もまだ見ていないからな。何かあるのか?」
「うーん、ただのおおぎ話なんだけどね」
リディは茶碗を両手で包み、少し遠くを見るような目で笑った。
「海の向こうには、神さまの眷属が住まう島がある……。この国じゃ、子供が寝る前に必ず聞かされるお話よ。そこには、病も老いもなくて、キラキラした見たこともないような宝物がいっぱいあるんだって。……あんたの道具を見てると、なんだかそんなお話を思い出しちゃうわ」
「はは、いかにもおとぎ話らしいな。どこの世界でも、理想郷の伝説は似たり寄ったりだ」
おれは笑って受け流した。45年という年月を生きていれば、そんな夢物語よりも、目の前のおいしい茶と、明日をどう生きるかの方が重要だ。
リディは眠たげに目をこすり、おれの隣で丸くなった。
「ねえ、ミツバ。あんた……その道具、絶対に他の人に見せちゃダメよ。……もう、本当にお人好しなんだから。あんたみたいな無警戒な奴、悪い奴らに一瞬で捕まっちゃうわよ」
「……だから、これは私だけの秘密。……私だけの、特等席なんだから」
その寝顔には、先ほどまでの刺々しさは微塵もなかった。 おれは、リディの安定した呼吸を確認しながら、次回のアップデートに向けてログの集計を続けるのだった。




