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第12話:並列化される恋心

 一週間という納期デッドラインが設定された瞬間、工房は平穏な住居から、戦場さながらの開発現場へと変貌した。


 おれは愛用の作業机に向かい、空中に投影した数式と魔導回路図の束を睨みつける。  傍らには、徹夜作業の供である苦いハーブティーと、書き殴られた羊皮紙の山。


 だが、作業は完全に行き詰まっていた。


 おれは椅子の背もたれに体を預け、深く溜息をつく。  こめかみの辺りを指で強く揉み解すが、脳内にこびりついた「技術的な欠陥」は消えてくれない。


「……くそ、どうしても計算が合わない」


 おれの独り言に、隣で資料を整理していたエレナが、不安そうに顔を上げた。


「ミツバさん? ……あなたでも、解けない問題があるの?」


「問題そのものは単純だ。だが、解決策が見えない。……今のままじゃ、騎士団レガシーの物量に押し潰される」


 これまでの『ペアリング・システム』は、一対一の連携を想定したものだ。だが今度の相手は、組織化された精鋭の集団。今のシステムをそのまま強化しても、処理の遅延レイテンシが発生し、二人の反応速度が限界に突き当たるのは目に見えていた。


 個を磨くか、システムを捨てるか。  20年以上、数多のシステムを設計してきた経験が、おれに「今のままでは間に合わない」と残酷な警告を発していた。その時、おれの指先が、古代端末の深層にある「禁忌の階層」に触れかける。


(……待て。この端末に残っている『管理者モード』のロックを強引に外せば、この工房周辺の『座標確定プロトコル』ごと書き換えられる。そうなれば、学院の連中が扉を開けることすら、物理的に不可能にできるが……)


 一瞬の誘惑。だが、おれは首を振ってコンソールを閉じた。一度でもその「神の領域」に手を出し、世界をただのデータとして書き換えてしまえば、おれはもう二度と、彼らと同じ地平を歩けなくなる気がしたからだ。


「……いや、やり方は他にある。アーキテクチャの変更だ。エレナ、解決策パッチが見えたぞ」


「アーキテクチャ……? ミツバさん、やっぱりここの魔力伝達効率が計算に合わないって話よね?」


「ああ、原因はわかっている。今のシステムは、リディの出力とエレナの演算が『直列』で繋がっているんだ。それがボトルネックになっている。構成を『並列』に変更する。二人のパスを独立させ、おれをハブ(中継器)として同期させるんだ。負荷はおれが全部肩代わりする。……現場を安全に走らせるのが、エンジニアの責任だからな」


 おれが中央の制御核に手を触れると、工房内の魔力密度が一気に跳ね上がった。  視界が白く染まり、おれの意識の中に、リディとエレナの感覚が怒涛の勢いで流れ込んでくる。


『絶対に、二人を学院の連中になんて渡さない。……この場所は、おれが一生かけて守り抜く』


 それは、普段は気恥ずかしくて口にできない、おれの剥き出しの本音だった。


「っ……!」 「な、なによ……今のは……!」


 同期が解除された瞬間、エレナとリディは弾かれたように距離を取り、顔を真っ赤にしておれを見た。


「ミツバさん! 今の……今のシステムメッセージ、重すぎるわよ! なんであんな……あんな恥ずかしい独占欲をダイレクトに流してくるのよ!」


「……ミツバさん、あたしも、一生ついていくって思っちゃったじゃない」


「す、すまん。同期が深すぎて、フィルタリングが間に合わなかった」


 その時、工房の境界線ファイアウォールに設置した警報が、けたたましく鳴り響いた。


「……手柄を焦った連中が、さっそく来たか。リディ、エレナ。……結合テストだ。実戦形式で、このオーバークロックの威力を試してみよう」


 おれの不敵な笑みに応えるように、二人のヒロインが、かつてないほど鋭く、そして美しく微笑んだ。


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