第11話:乙女のデッドライン
翌朝、工房を包んでいた穏やかな空気は、鋭い金属音を伴うノックによって無残に引き裂かれた。扉の向こうに立っていたのは、見慣れた、しかしひどく重苦しい表情を浮かべたカイルだった。
「……ミツバ、悪い。話があるんだ」
カイルの背後には、朝の光を冷たく反射する銀色の鎧に身を包んだ、学院直属の魔導騎士たちが四人。彫像のように無機質な表情で、抜剣こそしないものの、隠しきれない威圧感を放っている。その殺気立った気配を敏感に察知し、おれの後ろで朝食の片付けをしていたリディとエレナが、弾かれたように身構えた。
カイルがおずおずと差し出したのは、厚手の羊皮紙。重厚な青い封蝋には、王立魔導学院の権威を象徴する紋章が刻印されている。それは、事実上の宣戦布告に近い「公式命令書」だった。
「内容は二つだ。ミツバ、あんたが独自に構築した『ハイブリッド通信プロトコル』に関する全技術情報の即時開示。および、あんた自身の身柄の、学院による確保……つまり、強制的な連行だ」
「なっ……何ですって!? 空間伝播も地脈パケット化も、ミツバさんの独自資産よ! 学院にそんな権利はないわ!」
エレナが鋭い声を上げ、おれを庇うように一歩前に出た。知的な彼女の瞳には、かつてないほどの怒りと、推し量れない動揺が揺れている。
「根拠なら、無理やり作り上げられた」
カイルはエレナの抗議を遮るように、苦しげな声で言った。 「学院の上層部が、この術式を『国家安全保障に関わる重要資産』に指定したんだ。特に、学院の監視が及ばない空間伝播ルートは、反逆の温床になりかねないと危惧されている。……ミツバ、すまない。おれの立場では、これ以上の引き延ばしは不可能だった」
隣でリディが腰の剣の柄に手をかける。かつての「落ちこぼれ騎士候補」だった頃の危うい魔力ではない。おれとの同期を経て洗練された、静かだが鋭利な魔力が、彼女の全身から陽炎のように立ち上っていた。
「ミツバさんは、渡さない。……もし無理やり連れて行くつもりなら、あたしが剣に誓って阻止する」
「よせ、リディ。剣を引くんだ」
おれは彼女の震える肩に、そっと手を置いた。おれは一歩前に出ると、騎士たちを真正面から見据えた。こういう光景は、前世でも嫌というほど見てきた。現場が血の滲むような思いで作り上げ、ようやく軌道に乗り始めたプロジェクトを、ろくにコードも読めない上層部が「ガバナンス」という便利な言葉を盾に奪い去っていく。組織の歪んだ本質は、驚くほど似通っているらしい。
「カイル、その命令書を貸してくれ」
おれは羊皮紙を受け取り、エンジニアの習性で「仕様」の詳細を読み解く。
「……なるほど。記述が曖昧だな。ここには『速やかに』という抽象的な表現はあるが、具体的な履行期限の明記がない。おれはエンジニアだ。こんなバグだらけの仕様を、はいそうですかと無批判にアグリーするわけにはいかない」
「ミツバ……? 何を言って……」
「あんたたちが恐れているのは、この未知の技術がコントロールを離れることだろう? ならば、おれがこの場で、これが『安全かつ完璧に管理されたシステム』であることを証明してみせる。……一週間だ。一週間だけ待て。即時、十分な引き継ぎなしにシステムの統合――特に地脈バスの同期を行えば、環境の差で魔力が暴走し、術式全体がクラッシュするぞ。その際、王都の半分を消し飛ばしかねない責任を、あんたたちが取れるのか?」
おれの低い、重みのある声に、騎士が言葉を詰まらせた。30年以上、納期直前のデスマーチを潜り抜けてきた男の放つ威圧感は、平和ボケした騎士程度が太刀打ちできるものではない。
「……カイル、一週間だ。それまでに、おれはこの工房の『防壁』を、地脈経由の物理干渉すら許さないレベルにまでアップデートする」
「わかった。学院への報告は、おれの方で調整して時間を稼ぐ。……だがミツバ、一週間後には、彼らは今度こそ総力を挙げた強硬手段に出てくるぞ」
「ああ、望むところだ。……リディ、エレナ。忙しくなるぞ。おれたちの居場所を守るための、最終アップデートの時間だ」
騎士たちの金属靴の音が遠ざかり、工房に静寂が戻る。エレナが頬を鮮やかな朱色に染めながら、震える声で言った。
「……さっきの、『おれたちの居場所』っていう言い方……。あれじゃ、まるで私たちがあなたの……その、家族か何かみたいじゃない……! 私はただの共同研究者なんだから、あんな公衆の面前で、勘違いされるような言い方は慎みなさいって言ってるのよ!」
早口でまくしたてる彼女だったが、同期しているおれの感覚には、彼女の胸の鼓動が激しく高鳴っているのが伝わってきていた。
「ああ、すまない。言葉が足りなかったか。でも、おれの認識に間違いはない。ここはおれの工房で、リディとエレナがいないと成り立たない。だから、おれは全力でここを守る。……エンジニアとして、それから、一人の男としてな」
「っ……! も、もういいわ! 説教はおしまいよ! 一週間で完成させるんでしょう!? ぐずぐずしてたら間に合わないわよ! さあ、指示を出しなさい! 完璧にこなしてあげるから!」
背を向けた彼女の耳の付け根まで真っ赤なのを眺めながら、おれは思わず苦笑した。おれの心の中で、久しく忘れていた「開発者魂」が、青白い炎となって激しく燃え上がっていた。




