第30話 ディック、後悔する。
(……あの顔、わるいこと……したかな……)
ミナットーの元へと転移したベルを見送ってしばらく経ち、ディックはリビングで自分の言動に落ち込んでいた。
しょんぼりと項垂れたベルの姿が頭から離れないままディックは再び頭を抱える。
その様子を畳の上でゴロンゴロンとしていたクラリスが気づき、起き上がると首を傾げながらディックへと近づく。
『でぃっくおにちゃん、どうしたの? どこか、いたいの?』
「え、あ……そういう、わけじゃないんだけど……」
『そっかぁ、どこかいたかったら、ベルママになおしてもらわないとだめだよ~』
「う、ん……そう……だよな」
怪我をしているわけじゃない、それを理解したのかクラリスはにっこり微笑むと彼の隣に座り込んだ。
その様子を見ながら、ディックは頷き……ベルが居るときだと、あまり聞けないことを聞くことにした。
所謂大人の会話ならぬ子供の会話だ。
「な……なあ、クラリス……」
『な~に~?』
「えっと……、その……ベル、って……どんなかんじ、なんだ?」
『ん~? どんなかんじって?』
恥かしくなるのを堪えながら、クラリスに訊ねると……分かっていないようで可愛らしくまたも首を傾げた。
そんな彼女の反応にどう答えたらいいのか分からないディックだが、ベルが居ないのだ。だから、聞ける。聞けるはずだ……。
「その、ベルって……こわくない、のか?」
『こわくないよ~! すっごくやさしいけど、でぃっくおにちゃんにはちがうの?』
「い、いや……おれにも、すごく……やさしいよ。いっつもおれのことも、クラリスのことも見てくれてるから……いいやつ、なんだと思う」
『うん、ベルママすっごくやさしくていーやつなの!』
覚えたての言葉をすぐに使う、それが幼女と言うものだろうが……その笑顔にはベルママ大好きオーラがたっぷりと込められてる。
だから、ディックは何も言えなくなり……黙ってしまう。
(いいやつ、ってわかってる……けど、あいつもまたいじめたりは……しないかも知れないけど、すてるに決まってる……!)
ビッチ王女に付けられた傷跡、それは簡単には消えないようだった。
しかもそのお陰で完全にベルのことを信じることが出来ないのだ。
きっとそう思っているとベルが知ったら、そんなことはしないと言って笑って抱き締め……頭を優しく撫でたことだろう。
「けど……、信じることができなくても……わるいこと言ったから、あやまろう……」
そう呟いた瞬間、扉が開く音が聞こえ――クラリスが笑顔で立ち上がった。
『ベルママだ! ベルママがかえってきた!! おかえり、ベルママ~!』
「あ、クラリス待て!」
笑顔で飛び出していったクラリスを追いかけ、ディックもリビングから飛び出した。
……が、飛び出したはずのクラリスは玄関に向かわず、廊下に立って怯えたように体を震わせていた。
「ク、クラリス? どう、したんだ??」
『でぃ、でぃっくおにちゃん……、へ……へんなひとが、いる……』
ミナットーやラビピョン、初対面である彼らへと笑顔で挨拶をしていたクラリス。そんな彼女が笑顔も見せずにビクビクと怯えている。
それに気づいたディックは玄関へと視線を向けた。するとそこには……。
「はいはい、ようやく見つけましたよクソガキ」
「あらぁ、そのコがそうなのぉ? けど、わたくしはトナリのコがキになるわぁ」
良く分からない二人組が立っていた。
女のほうには見覚えは無かった。というよりも何処の種族なのかまったく分からない。
けれど、男のほうには何となく見覚えがあった。あれはたしか……。
「あ、あいつの……じゅうしゃ……」
「ええ、ええ、そうですよ。簡単に言うと迎えに来てやったぞクソガキ。だから大人しくワタシたちについて来い」
「わたくし、そっちのコをモちカエりしたわぁ。見たところ、サキュバスのコンジンみたいだし……いいナエドコになりそうよぉ」
『ひっ!! で、でぃっくおにちゃん……こ、こわいよ……! このひとたち、こわいよぉ!!』
「っ! に、にげるぞ!!」
深く暗い、男……アランの笑みにディックは体を怯ませ、女……ラーウネの艶かしい視線にクラリスが悲鳴染みた声を上げる。
その声でディックはハッとし、クラリスの手を掴むと急いで駆け出した。
一瞬、クラリスが足を縺れさせて転びそうになったが、転んだらいけないと必死に体勢を立て直しながら彼女もディックと足並みを揃えていた。
「おいおい、いきなり逃げ出すってどうかと思いますねぇ。ま、そのほうがこっちも楽しめるけどなぁ」
「いいわねぇ、カりのジカンねぇ。それじゃあ、ガンバってツカまえようかしらぁ」
背後から聞こえる笑い声から必死に逃げるようにディックとクラリスは駆け……、クラリスのタンスの中へと逃げ込んだ……。
だが、彼らに呆気無く見つかり……、アランの歪んだ笑みに恐怖を感じながらギュッと目を瞑って心の中で叫んだ。
(ベ、ベル……ベルッ! はやく……、はやく帰ってきてくれよ……っ!)
しかし……その叫びは届くこと無く、男はディックたちを捕らえたのだった……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
国王オスカードの視線で豚……じゃなかった、肥え太った人間のビッチ姫はどすんどすんとその身を揺らしながらベルの元へと近づくと見下すように睨み付けてきた。
それを見た王は顔を青白くさせる。
「あなたですのね、わたくしのペットを奪い取った賢者と言うのは!」
「ペット、というのは聞き捨てなりませんね。あの子はちゃんとした人げ――」
――パァンッ!
ベルが言い終わる前にビッチ姫は張り手――じゃなかった平手を彼女の頬へと叩き付けた。
謁見の間に響く乾いた音、そしてベルの頬が赤くなっていくのを見て、王はこの国の終了が見えた。
「お黙りなさい! わたくしがペットと言えばあれはペットですわ! そして、あなたはゴミクズ! この卑しい混人が!!」
「…………ねぇ、オスカード。どうして、ちゃんと躾けなかったのかしら?」
ちらり、とベルが国王を見た瞬間、国王は血の気が全身から引くのを感じ……それでも必死に言葉を返そうとする。
「ひっ! そ、それはその…………」
「あなた! わたくしが喋っているのにお父様に喋るとは何事ですの?! ごみはゴミクズらしく、わたくしの怒りを受けて、ズタボロになってからそこの窓から落ちなさい!!」
興奮しているのかビッチ姫はブフゥと鼻息荒く叫ぶ。まるで本当に豚かオークだ。
そんなビッチ姫の叫びを無視し、国王をベルが横目で見る。……それが気に喰わなかったようで、ビッチ姫は今度は反対側の頬を叩いた。
だがそれをやめることが無かったようで、何度も続いたようで謁見の間に乾いた音が響き渡り、国王はもう顔色を土気色にしていた。
そして何度もベルの頬を叩いたビッチ姫は鼻息荒く、叩き過ぎて痛くなった手を振る。
「ふぅ……、ふぅ……! あなた、ゴミクズらしい良い顔になってきたじゃない! 特にその真っ赤になった頬!! ……ああそうだわ、今度はその服を引き裂いてあげましょうかしら! あまりにも服が可哀想だし、何よりも混人如きに服なんて要りませんわ!!」
「……………………」
「聞いていますのっ!? ま、聞いていなくても別に良いですわ。……それに、ゴミクズが何と言おうとも、わたくしの元へと従者のアランが奪い取られたペットを届けてくれますの! ああ、楽しみですわ!」
叩かれて真っ赤に脹れ上がったベルの両頬をビッチ姫は満足そうに見ながら、これから戻ってくる自分のペット……ディックをどう甚振るか楽しみと言った表情をしていた。
その言葉にピクリと反応しながら、ベルはゆっくりと完全に無機物を見るようにビッチ姫を見る。
「……ねえ、お前はそのアランの正体が何なのか知ってるのかしら? そして、それを招き入れた結果起きていたついさっきまでの国の危機を……」
「は? アランの正体? そんなの知るわけが無いじゃない! そんな難しいこと、わたくしに分かるはずがありませんわ!!」
「そうよね、しばらくお前を視ていたから、そんなことを気にかけるような人間じゃないって知ってるわ。だから、今ここで国中に聞かせてあげるわ、お前が原因で起きた危機を――『ボイス』」
そう言った瞬間、彼女の足元に魔方陣が現れた。
いったい何が起きるのか、それを戦々恐々としながら国王は見ていたが……その視線を無視しながらベルは口を開いた。
『――こんにちわ皆様、賢者バンブー=ベルです。今日は皆様に現在起きていた出来事を語らせて頂きます』
耳元に声が、響いた。
城下や謁見の間の外から驚いた声が聞こえる様子からきっとその声は至る所で聞こえてるのだろう。
そう国王が思っていると、ベルは今回起きた出来事の詳細を語り始めた。
王都で、住民たちにいったい何が起きていたかということを。
それを起こしたのは魔人族の百目という存在であることを。
そしてその存在を手引きしたのが、王女の従者であることを。
……それを行うことになった原因が、自分が王女から一人の混人を連れて行ったからだということを……。
『私も、まさかここまでの出来事になるとは思っていませんでした。ですが、私はあの子を連れて行ったことには後悔はしていません。
きっと混人を良く思っていない者ばかりだと思います。けれど、あの子は……いえ、混人たちも同じ人です。だから、私は人を人を思っていない王女にあの子を返すつもりはありません。
王女様、あなたはこれだけのことをしたと言うのに、あの子を欲すると言うのですか?』
ベルの話を聞き、国王は国の危機となっていたことを知り……顔を蒼ざめさせる。
同時に理解もした。自分の娘が原因で国が危機に陥り、賢者がそれを正したのだと言うことを……。
だが、ビッチ姫はそうは思っていなかったらしい……。
『ええ、欲するわ! だって、あれはわたくしのペットですもの! それに何かしらさっきの演説は! まるでわたくしが悪者みたいじゃないですの! それに国民に何かあったとしてもわたくしには関係ありませんわ! だって国民なんてわたくしたち王族のために存在するだけですもの!!』
何時の間にか『ボイス』がビッチ姫にも使われていたらしく、最低な王族らしい王族台詞が国民の耳に届き……城下町から罵声が聞こえ始める。
それを見届け、ベルは『ボイス』を終了させる。ここからは内輪の話なのだろう。
「……もう駄目だ、この捨て値以下でも買い取らない豚」
「は? あなた、今何を言いましたの!? わたくしに対する侮辱ですわよねっ!?」
溜息混じりにポツリとベルが呟くと、興奮したように豚が怒鳴り声を上げる。
そんな豚を無視して、ベルは国王へと視線を向けた。
「オスカード、今日でゴールドソウルと言う国が終わるのと……豚をと畜――じゃなかった放牧するの、どちらが良いかしら?」
「――ひ、ひぃっ!! ほ、放牧です……!」
「そう……、ならちゃんと説明をしてから放牧するように。一応国民全員にも伝えるように『ボイス』も出来るようにしておきます」
「は、はい……」
カチカチと歯を鳴らしながら、国王は返事をする。
そこでようやくビッチ姫が国王へと視線を移した。
「お、お父様っ!? 放牧ってなんですのっ!? まさか、この混人の言うことを聞くというの!! お答えください、お父さ――ぶげっ!?」
「お――お前は黙っていろ!! お前のせいで我が国は大打撃を負った! 何故それを理解しようとしないっ!? ……いや、我が甘やかせ過ぎたのか……?」
吠えるビッチ姫の顔面をグーで殴りつけ、国王は自問自答するようにその場で呻く。
一方ビッチ姫は殴られた顔が痛いのか顔面を押さえ蹲っている。
そんな憐れな王族2人を見ながら、ベルは口を開く。
「……それじゃあオスカード、私は後始末をしてくるから……ちゃんと人様に迷惑が起きないように放牧をお願いしますね」
「わ、わかり……ました……」
ベルの言葉に返事を返す国王を見ながら、ベルは杖を取り出すとその場から転移を行った。
……転移先は、我が家だ。




