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第31話 ディック、せいいっぱいのゆうき。

「はなせっ! はなせよぉっ!!」

「はいはい、少しは黙っていましょうねクソガキ」


 アランに胴体を掴まれたディックはジタバタと暴れながら、必死に叫ぶ。

 けれど、肉体を保護する魔法が掛かっていようと……所詮は子供の力が大人に叶うわけも無く涼しい顔をしながらアランはディックを連れて悠々とベルの家の階段を歩く。


『や――やだぁぁぁぁっ! たすけてぇ! でぃっくおにちゃん! ベルママァ! ベルママァーー!!』

「うふふぅ、そんなにアバれないでホしいわぁ。けど、イきがイいのはサイコウねぇ♪」

『いたいっ! いたいよぉ! いたいのやだぁぁ~~!!』


 そんな彼の背後から……、彼らがついさっきまで隠れていた部屋の中から、助けを求めるクラリスの悲鳴染みた思念と愉しそうに嗤うラーウネの声が聞こえた。

 その声を聞いて、ディックはビクリと震えた……体が恐怖を感じているのだ。だが、同時にベルが言った言葉を思い出した。


『――きみよりも少し前に私の家族になった子よ。……所謂、お兄ちゃんって所かしら』

『おぉ~、よろしく、でぃっくおにちゃん!』


 あのとき、眩しいほどの笑顔をクラリスは自分へと向けてくれた。

 家族、それがどんな物であるのか上手く分からず実感なんてものは出来なかった。

 だけど、だけど、自分をおにちゃんと……兄と呼んでくれていたクラリス――妹が泣き叫んでる。

 そう思うと、怖い気持ちがあるけれど、それに対する震えが止まった。


(気絶しましたか。だったら、とっととこんな所からはオサラバするのが良いでしょうねぇ)


 そんな止まった震えをアランは恐怖で失神した。そう思ったのだろう。だから、油断した。

 ぽつり、とディックはか細く……小さく呟いた。


「――――な、せ……」

「は? 今なんて言った? というよりも気絶してたんじゃ――」


 それが気のせいだろう。と思った瞬間――ディックは力の限り叫んだ。


「は……なせ……! はなせぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!」

「う――うおっ!? ク、クソガキ! テメェ!!」

「うわあああああああああああッッ!!」


 ディックが叫んだ瞬間、まるで彼の周囲に見えない障壁でもあるかのようにアランの体を弾き飛ばした。

 突然のことで油断していたアランは驚きの声を上げながらディックを手放してしまったが、再びディックを捕らえようと手を伸ばす。

 だが、ディックは叫び声を上げながら先ほど担がれて降りた階段を駆け上り、クラリスの元へと駆けた。


 ……そして、辿り着いた部屋の中ではクラリスが棘の付いた蔓を両腕に巻き付けられた状態で吊るされており、蔓を鞭のようにして甚振られていたのか、着ていた真っ白な服がボロボロになっており血が滲んで赤く染まっていた。

 足音で気づいたのか、ラーウネが妖艶な視線をディックへと向ける。

 その視線に気づいたのか、弱弱しくクラリスも入口のほうへと視線を向けた。


『でぃ、っく……おに、ちゃん…………?』

「あらぁ? アランってば、このコにニゲられちゃったのぉ? ダメねぇ」

「ク、クラリスを……、クラリスをはなせぇぇぇぇーーっ!!」

「うふふ、おバカさんねぇ。ジブンからツカまりにクるだなんてぇ」


 一直線で飛び込んでくるディックを嘲笑いながらラーウネは自慢の蔓を伸ばし、彼を捕らえようとする。

 だが――、見えない障壁によって彼へと巻き付くはずだった蔓は弾かれ、別の方向へと滑って行った。


「え、ええっ!? ど、どういうコトよぉ!? ――ぎゃっ!!」

「――――ぁ、う……!」


 何が起きたのか分からず戸惑うラーウネへとディックが渾身の体当たりを放った、その体当たりは見た目とは裏腹に強力な力が込められていた。

 そのため、ラーウネはクラリスを縛り上げていた蔓を緩めてしまい、幼いクラリスの体は床へと放り出された。

 床へと放り出されたクラリスは短い呻き声を上げ、ピクリとも体を動かさない。

 その様子にディックは不安に掻き立てられながらも、立ち上がるのももどかしいのか床を這いながらクラリスの元へと近づいた。


「ク、クラリスッ! クラリス……! へ、返事……してくれよ……クラリスッ!!」

『…………で、お……ちゃ……』

「よ……かった。は、はやく……ここからにげ――――うぐっ!?」


 心配するディックがクラリスに呼びかけると、数度の呼びかけで彼女は痛みを堪えるようにしながら笑顔を作った。

 彼女の様子を見て助けることが遅れたことを後悔しつつも、助けることが出来たことにホッと息を吐く。だがすぐに彼女を連れて逃げることを決意する。

 が、入口へと顔を向けた瞬間、ディックの目に飛び込んできたのは……拳だった。

 力が込められた拳はディックの顔面へと命中し、彼の体は何かが破壊される感覚と共に床へと倒れた。

 顔面……殴られた鼻っ面が熱を持っているのか熱く感じ、力いっぱい床に倒れ込んだ背中はヒリヒリと痛みを放っていた。

 そして、いったい何が起きたのかと混乱しつつ起き上がろうとするディックだったが、それよりも前に腹へと足が乗せられた。


「か――っ!?」

「おいおいクソガキィ、テメェ……逃げられると思っているのか? ワタシたちが優しくしてやってるのはテメェを生かして連れて来いって言われたからだぞ?」

「ぐ……ぅ…………!」

「聞いてんのかっ!? このクソガキがぁ!!」


 たかがガキ、そう思って舐めていた結果、アランは恥をかいた。いや、賢者の件と合わせると恥の上塗りだ。

 だから、その怒りを発散するように彼はディックを生かしはするが、気が済むまで甚振ることに決めた。

 手始めに逃げられると思っていたディックの振り向いた顔面を殴り付けた。

 すると、アランの拳に何かが砕ける感触が伝わったが……今度は弾かれることは無かった。

 だから顔面を殴り付けた。そして何が起きたのか分からないまま起き上がろうとしていた彼の腹を踏んで動けなくした。

 そして返事が出来ないことを知りながら、さも相手(ディック)が悪いと言うように罵声を浴びせながら踏んでいた腹から足を浮かせると――即座に横腹を蹴り上げた!


「――――がふっ!?」


 靴の爪先がディックの横腹に突き刺さると彼の体は球のように蹴り飛ばされ、室内の壁へと叩き付けられた。

 そして、叩き付けられた拍子に彼の腕から抜け落ちたクラリスは再びラーウネに捕獲されてしまい、妖艶さに嗜虐的な笑みを混ぜ合わせた表情を浮かべる彼女が何をするのかを物語っていた。


「おいおい、ラーウネ。苗床にするって言ってるけど、そんな幼いので良いのが育つんですか?」

「あらぁ、オサナいからこそイいのよぉ。ワカさをチカラにして、サイコウのコがソダつのよぉ、うふふぅ♪」

「や、めろ……! クラ、リ、ス……を、は……せ…………――うっ!!」

「うるせぇよクソガキが、テメェは後回しにしてや――お、そうだ。おいラーウネ、このメスガキが見ている前でそのガキを苗床にしてやるっていうのはどうだ?」

「えぇ? わたくしまだまだ、このコをイタブりたいですわぁ。そのほうが、ヨくソダってくれますからぁ。……それと、クチョウがモドっていますわよアラン?」

「んなの別に良いだろ? ワタシはこのクソガキが絶望するさまを今すぐに見たいんだ……じゃなくて、ですよ」


 唐突な思い付きを語るアランに文句を言うラーウネ。

 それを聞いたディックは顔を青くし、彼女の凶行を止めるようにそちらへと手を伸ばそうとする――が。


「うぐっ!?」

「はいはい、クソガキ。テメェはここで大人しく見ていやがれ、そんでもって絶望したままあの豚姫の下に帰るんだよ」


 手を伸ばそうとするディックをアランが足で踏みつけると、まるで壁に磔にでもするかのように力強く押し込んだ。

 結果、圧迫された腹から空気が洩れ、ディックは魚のように口をパクパクすることしか出来なくなっていた。

 そして、アランの言葉にまだまだ楽しみたかったという雰囲気を出しながら……渋々ラーウネが動き出し、されるがままに吊るされたクラリスの体へと蔓を伸ばす。

 それを見ながら、ディックは何も出来ないこの状況に涙を流し始め、必死に助けを心から求める。


(だれか……だれか! お願いだ……お願いしますっ! クラリスを……、おれのいもうとを助けてくださいっ!! お願いします……お願いしますっ!!)


 わざと恐怖心と絶望を与えるためなのか、ラーウネの蔓はクラリスの体を螺旋状に巻きながら上へ上へと上がっていく。

 きっと、口の中に届くと……終わりなんだ。子供ながらそうディックは直感する。

 だからだろうか、いや……心の中では理解していただろうが、口にしなかったものを彼は口にした。


「たす……けてくれよ……ベ、ル……! みすてないなら……たすけてくれよぉ!!」

「あぁ? テメェ、うるせぇぞ! ほら、ラーウネ! 速くそのメスガキを苗床にしちまえよ!!」

「ワかっているわよぉ。ホントウはもっとイロんなカオをミたかったけど、シカタナいわよねぇ」


 アランの言葉に文句を言いながら、ラーウネはクラリスの小さな口へと蔓を押し込もうとした。

 だがその瞬間――シャンッと鈴なりのような音が聞こえ、蔓が斬られた。

 そして、何が起きたのかを確認するよりも先に……まるで家から追い出されるようにして4人は外へと吹き飛ばされていた。

 アランとラーウネの驚くような悲鳴が聞こえる中で、ディックは宙に飛ばされ意識を朦朧とさせる。


(いったい……なに、が……? おれ、しぬの……? くらりす、も……?)

「……死なないわ。だって、私が助けに来たんですもの」

「…………え?」


 耳元に声が聞こえ、そちらを見ると優しく微笑むベルが居た。

 彼女は落ちようとしていたディックとクラリスを優しく抱きとめ、地上へと降りた。

 抱き抱えられたディックはきょとんとした表情をベルへと向け、唇を震わせながら口を開いた……。


「ベ、ル……?」

「ええ、私よ。大丈夫だったかしら?」

「だい……じょう、ぶ……」

「……大体のことは分かってるから、無理して喋らなくても良いわよ。……クラリスを護ろうとしたのね、偉いわよディック。流石はお兄ちゃんね」


 そう優しくディックへと言いながらベルは2人に向けて回復魔法をかける。

 すると温かい光がディックとクラリスを包み、殴られた痛みが引いていくのを感じた。

 彼らに付けられた傷が、再生しているのだ。

 ……そしてゆっくりとクラリスの瞼が開かれ、虚ろな瞳がディックとベルを捉えた。


『でぃ、っく……おに、ちゃん……? あ、ベルママだぁ……』

「クラリス! よ、よかった……!」

『くる、しいよ……でぃっくおに、ちゃん……』


 瞳を開けたクラリスにディックは喜び、抱き締める。

 突然のことで眼を白黒させながらも、クラリスは嬉しそうに笑う。

 その様子をベルは微笑ましく見ていたが、視線をアランたちへと向ける。


「さてと、ディックとクラリスが世話になったわね。……お前たち、準備は出来ているかしら?」


 温かさを感じない絶対零度の瞳を向けながら、ベルはそう告げた。

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