第7話
僕からシェラに、大将軍シェーラとして戻ってほしいことと、これ以上エルマール男爵家に不利なことはしないように頼んだ。
「頼むだなんて水臭いですわ。ただ一言、しろ、と仰るだけでいいのですよ」
あいかわらずシェラは、色気いっぱいに僕の方をじっとりと見つめてくる。
普段はあまり見ないのだが、今日は頼み事をしているので、シェラの目を見てお願いした。
シェラの瞳は、吸い込まれそうなほど綺麗だ。
「うふふ。麗しきご主人様。わたくしはいつでも構いませんよ・・・・今から始めますか?」
気づくと、僕はシェラの腕をつかんでおり、押し倒そうとしていた。
もちろん、無意識のうちにだ。
こ、怖い。
これがシェラの魅了の力か。
僕には効かないようにしていると言っていたけど、それでもこの効力。
普通の人なら、完全に堕ちているだろう。
正気に戻った僕がシェラからそっと離れると、シェラは残念そうに僕を見つめた。
それでも、頼み自体は快く引き受けてくれたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
剣術大会の数日前。
シルバー王国の会議室にて。
「・・・・というわけで、わたくしが剣術大会で開会の挨拶を務めます。問題ないわね?」
国王以下、大臣たちが並ぶ会議の場で、大将軍シェーラがそう発言した。
もちろん、数年前の追放以来の出席である。
事前に連絡を受けていたジングート政務大臣も半信半疑だったが、大将軍シェーラは本当に会議の場に出席した。
大将軍シェーラが、シルバー王国に戻ってきたのだ。
「もちろんです!!当日は俺も剣術大会に出席します!!」
ジングート政務大臣が言うと同時に、国王ロンバムウ・シルバーナも声を上げた。
「わしも行きます!!」
「わしも!」
「私も出席します」
大臣たちが、軒並み出席を表明する。
苦い表情をしているのは、内務卿クローバー侯爵のみであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アカデミー主催の剣術大会。
開会の挨拶で、大英雄、大将軍シェーラが姿を見せた。
伝説に謳われる黒い鎧をまとい、顔を隠すような黒い兜をつけている。
だが、その人が大将軍シェーラであることを疑う者は、誰一人いなかった。
アキレア・クローバー侯爵子息も、目を見開いて驚いている。
「諸君。大将軍シェーラである」
呼吸する息遣いすら聞こえてきそうなほど、会場内は静寂に包まれていた。
伝説の英雄の言葉を一言も聞き漏らすまいと、皆が息を殺して聞いているのだ。
「長い間、留守を任せた。故あってこの国を出て、故あって今こうして戻ってきた」
言葉を切ったとたん、一斉に歓声が上がった。
「ウオーーーーーーーーー!!大将軍様ーーー!!」
「ワーーーーーーーーーー!!」
「大将軍様、愛してるーー!!!!」
「ワアーーーーーーーー!!」
「おい、どさくさに紛れて大将軍様に告白している奴がいるぞ!!」
政務大臣ジングートが怒っていた。
大将軍シェーラの他愛のない発言であっても、王国民は感激の限界点を突破してしまうらしい。
感激の声が、なかなか静まらない。
ジングートの怒りも、国民の歓声も、みな大将軍シェーラが表舞台に立ったことへの喜びの現れである。
どさくさに紛れて告白している者もいるが。
「大将軍シェーラ様バンザーーーーーイ!!!」
バンザイする声まで聞こえてくる。
しばらく大歓声を聞いた後、大将軍シェーラが口を開いた。
「剣術大会、期待している」
そう言って締めくくると、あれほど大騒ぎをしていた国民は、ぴたりと静かになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
呆れるほど、よく躾けられているな。
僕は思わず、そんな感想を持った。
黒い兜をつけていて顔が見えないはずなのに、国民たちはシェラの目線を追っている。
シェラがまだ何か言おうとしているのが分かるみたいだ。
「最後に一つ、言っておくことがある」
「この国は、初代スレート・シルバーナの理想のもと、弱き立場の者を守るために私が造った」
聞いている者たちは、うんうんとうなずいている。
「近年、エルマール家を不当に断罪する声があるが、言語道断である。これ以上、エルマール家を悪く言うことは許さない」
「以上だ」
そう言ってシェラは壇上から降り、国王陛下のいる来賓席へ戻っていった。
国民たちは、しんとしている。
隣にいたアイベックス・エルマール男爵は、涙を流して感動していた。
「ぐすっ、ぐすっ。大将軍シェーラ様。何と慈悲深いことか。えぐっ。あ、ありがとうございます」
良かった。
とりあえず、これでエルマール男爵家を悪く言う者はいなくなるだろう。
ここからは、アイベックス・エルマール男爵の頑張り次第だ。
これで目的の半分以上は達成した。
あとの剣術大会は、気楽な気持ちで見ていられるぞ。
あ、ナスが参加するんだっけ。
「スレートの盾」寮代表で。
でもまあ、ナスならいいところまで行けるんじゃないかな。
僕はそう気楽に考えていた。
ところがこの後、不運なことが起きた。
大会の試合で、ナスが一本取って勝利した。
しかし、相手の剣が運悪く腕に当たり、負傷したのだ。
怪我は回復魔法で治癒できる。
だが、切った場所が悪く、完全に治癒できたとしても、しばらく動かさないほうがいい場所だった。
せっかく勝ったが、これ以上は試合を続行できない。
そう言われたナスは、代理を申請した。
こういう事故が起きたときの救済措置として、代理を立てることは認められていた。
しかし、その対象がよりにもよって僕だった。
それも、ナスとは寮も違うのに、だ。
ナスの勝った試合は、そのあと三回勝てば決勝まで進めることができる。
せっかくここまで勝ったのに惜しい。
ナスは、自分と同じ実力を持つと認めた者に、その結果を引き継がせたいと申請したのだ。
今までにも、代理を立てたいという申請はあったらしい。
けれど、寮の違う相手というのは、いままで前例がなかったらしい。
しかし、シェラが即決した。
「オーケー、構いません。認めましょう」
くそう。
試合に出るつもりなんかなかったのに。
ナスからは、
「後は任せるぜ。な~に、どんな結果になっても俺は構やしねえぜ。だけど、優勝以外の報告は聞かないがな」
と煽られる。
さっさと負けてもいいんだけどな。
そう考えていると、ラナンがやってきた。
「やあ、また変なことに巻き込まれたね」
爽やかな笑顔で声をかけてくる。
「君、たしか文官科だよね。剣は使えるのかい?下手に出場して大怪我したら目も当てられないよ」
軽口を言っているが、表情を見るに、心配してくれているようだ。
だが、その心配は杞憂に終わった。
僕はさくさく勝ち進み、ついに決勝にまで進んだのだ。




