第5話
「ちっ、またいじめてやがる」
アカデミー内を歩いていると、隣にいたナスが、校舎の陰で数人の生徒が一人を囲んでいるのを見つけた。
「行くぞ!!」
そう言って駆け出すナス。
僕もそれについていく。
校舎の陰まで行くと、数人の男子生徒が、一人の男子生徒を足で蹴飛ばしていた。
蹴飛ばされた生徒は、黙って耐えている。
「やめろ!!」
ナスがそう言って飛び出すと、いじめていた生徒たちは「逃げろ!」と言って、ぴゅうっと逃げ出した。
「大丈夫か!?・・・・なんだ。また、おまえか」
どうやら、一回や二回ではないらしい。
蹴飛ばされた生徒は、それでも黙って立っている。
「よお。おまえもなんとかしてやってくんねえか。こいつを」
ナスが僕にも助けを求めてくるので、理由を聞くことにした。
いじめられていた生徒は、エルマール男爵当主。
若いとはいえ、立派な男爵家当主だ。
男爵といえば、貴族の一員である。
あんなふうにいじめられる理由がない。
ナスが言うには、エルマール家は少し前まで公爵家で、その当主は政務大臣を務めていたほどの権勢家だったという。
ところが数年前に、その大臣が大将軍シェーラを追放してしまった。
それがきっかけで、シルバー王国は国力を大きく落とし、近隣諸国からも舐められた。
あわや大国の地位を維持できなくなるところまで、堕ちかけたらしい。
その後、なんとか持ち直した。
だが、シルバー王国を危険な目に遭わせ、大英雄である大将軍シェーラを追放したことから、エルマール家は爵位を落とされた。
周りの貴族や平民からも、大きく信頼を損なったという。
その当主は、自殺したそうだ。
残された家族もみな離散し、残ったのは彼だけだという。
彼には兄がいたそうだが、数年前にプラチナ帝国との戦争で第三将として出陣し、死んだ。
仕方なく跡を継いだ彼の名は、アイベックス。
アイベックス・エルマール男爵。
ほかに後継ぎがいないため、彼が男爵家の当主を務めざるを得ない状況だ。
しかし、周囲はいまだにエルマール家を蔑んでいるらしい。
「というわけで、いまだに父親のことで責められているそうだ」
ナスが簡単な説明をしてくれた。
アイベックス・エルマール男爵は、目に光がないまま言う。
「父がした行為のせいで、この国から大将軍様がいなくなったのです。責められても仕方ありません」
何もかも諦めたような表情だった。
ところで、話に出てきた大将軍シェーラって、シェラのことだよね。
今もすぐそばで、僕の側にシェラがずっといるんだけど。
相変わらず認識阻害魔法で周囲から目立たないようにしているけれど、一体どんな顔で聞いているんだろう。
ちらりとシェラを見ると、どこ吹く風といった表情だ。
そして僕と目が合うと、顔を赤くしてにっこり微笑む。
アイベックス・エルマール男爵は顔色が悪く、悲壮な表情をしている。
その落差が激しすぎて、見ている僕がいたたまれない。
なんとかならないか。
いっそのこと、シェラをシルバー王国に戻すか。
色々考えていると、アイベックス・エルマール男爵が言った。
「ナス先輩。こんな僕を気にかけてくださり、ありがとうございます。でも、これ以上僕に関わると、あなたたちまで巻き込むかもしれません」
そう言って、またグッと我慢する表情をする。
かわいそうに。
耐えることに慣れてしまっている。
僕たちには、どうすることもできない。
なので、せめてその日は側にいて、これ以上いじめられないよう周囲を牽制することにした。
その晩。
「シルバーの栄光」寮共有の談話室にて、僕はナスと昼間のことで話をしていた。
そこへラナンも加わる。
「ああ、彼ね。エルマール男爵は王国民から侮蔑されているよ。なんせ、大将軍シェーラ様を追放したきっかけを作った一族だからね。しょうがないよ」
ラナンですら、こうなのか。
「なに?もしかして、なんとかしてあげたいと考えてる?ふふ、君はお人好しなんだねえ。でも、そんな君も嫌いじゃない」
ラナンはいつものようにからかう調子で言っていた。
けれど気づくと、真剣な目で僕を見ていた。
翌日。
僕はナスとアイベックス・エルマール男爵の三人でいた。
少しでも時間を作って、他の生徒と接触しないようにするぐらいしか思いつかなかったからだ。
ところが、そこへピンク髪の女生徒が来て、アイベックス・エルマール男爵に向かって叫んだ。
「あんたなんか嫌い。最低よ。婚約は破棄するからね!!」
僕たちが突然のことにびっくりしている間に、そのピンク髪の女生徒は、すぐに走って去っていった。
ここは道の真ん中。
耳目を集めるには充分だ。
周囲から、ひそひそと悪口が聞こえてくる。
「あれ、エルマールの家だ。婚約破棄されたぞ」
「やっぱり我慢ならなかったんだ」
何なんだ?
一体。
あのピンク髪のせいで、さらに悪い評判が流れるぞ。
ところが、
「いまの誰?知らない令嬢なんだけど」
アイベックス・エルマール男爵は、呆れた顔をしている。
彼に婚約者はいなかった。
評判が悪すぎて。
じゃあ、今のは誰に言ったんだ?
昼休み。
ラナンが僕のところへ来て、言った。
「やられたね。完全に後手に回ったよ。君をアカデミーから追い出すか、評判を落として大人しくさせるための芝居のようだよ」
僕が、先ほど婚約破棄を叫んだ令嬢のことをラナンに聞いたら、こんな返答が返ってきたのだ。
僕?
僕を狙ってのことなのか?
そのために、わざと婚約破棄を大声で叫び、注目を集めたと言うのか。
「むむむむ」
「むむむじゃないよ!エルマール男爵はともかく、そばにいた君まで評判を悪くし、君を推薦したジングート政務大臣の評価まで下げようとしているみたいだ」
「おかげで、相手の正体が分かったよ。ジングート政務大臣の政敵、クローバー侯爵だ」
「クローバー侯爵は内務卿を務めているが、ジングート政務大臣が目の上のたんこぶなんだ。そもそも、ジングート政務大臣は軍人出身だ」
「ところが、エルマール家が起こした事件によってシルバー王国がガタガタになったとき、当時第一将だったジングート殿は強力なリーダーシップを発揮した」
「まず一時的に軍務卿に格上げされ、事態の収拾を図ったんだ」
「それでも、シルバー王国内の混乱は収まらなかった。今まで抑えられていた勢力が、反乱を起こすまでになったからね」
「けれど、その反乱を速やかに鎮めてみせたのが、第一将ジングート殿だ」
「そんなジングート殿を一時的に政務大臣につけ、王国の内外に強力な指導者の存在をアピールした。それでようやく、政情が安定したというわけ」
「ジングート殿はそのまま王国の会議を再編し、法のもと、国王を戴きつつ安定して政治を行えるようにした」
「だけどそれは、当時、政務大臣の一段下にいたクローバー侯爵から見たら、結局、軍人の若造に政務大臣の座を奪われてしまった形なわけよ」
ラナンが得意げにジングートを褒めつつ、シルバー王国で最近起きた政治の舞台裏を説明してくれた。
なるほど。
そういう理由なら、クローバー侯爵がジングート様を狙うのも分かる気がする。




