第13話
双子の兄である王太子パールレッドは、ずっと僕を監視していたようだ。
王城を飛び出し、平民の兄妹のもとに隠れ住み、魔道具の研究をしていたことも知っていたらしい。
そして僕に絶望させるために、兄パールレッドはロゼを誘惑した。
兄は、黙っていれば誰もが見惚れる美貌を持つ。
双子のはずの僕とは違う。
そんなところも、僕が冷遇された理由の一つだ。
ロゼも甘い言葉を囁かれ、王妃にはなれなくても贅沢をさせてやるという甘言に乗せられたのだろう。
後ろから僕を刺したとき、ロゼはものすごい顔で言った。
「死んで、私のために。パールレッド様が約束してくれたの。あなたを殺したら、愛人にしてうんと贅沢をさせてあげるって」
僕は、あのときのロゼの目と言葉を忘れられないでいる。
ロゼは、家に誰もいないことを見計らって僕を刺した。
しかし、僕は死なず、死力を振り絞って家から飛び出して逃げたのだ。
ロゼに抵抗することもできた。
だけど、僕はとてもそんなことをする気になれなかった。
だって、僕の命の恩人だから。
親友のテェシと並んで、行き場のなかった僕を受け入れてくれた命の恩人なのだ。
だから、とてもロゼに抵抗することはできなかった。
きっと、そんな僕の性格も分かったうえで、兄はロゼを利用したんだと思う。
逃げる途中、親友のテェシともすれ違った。
テェシは目を見開いて、びっくりしていた。
事情を知ったら、どれほど驚くだろう。
そんな二人のその後だけが気がかりだった。
「死んだよ・・・・」
ぽつりと、龍族のヌバックは言った。
「え?」
「二人とも死んだ。殺されたよ。二人を殺した者たちは、王族の護衛の騎士たちだ。きっと王太子の命令だろう」
「テェシ殿は、あの後殺された。残されたロゼも王城へ連れて行かれたみたいだが、王太子から、ワインレッドを殺すために利用したのだと言われたようだ」
「その後、ロゼは泣きながら家へ戻り、翌日には死体が発見された」
「・・・・」
僕はあまりの悲惨な話に、何の返答もできずにいた。
一体、あいつはどこまで僕を苦しめる気なんだろう。
かろうじて出てきた感情が、兄である王太子への憎しみだった。
それから50年後。
僕はあれからずっと、龍族の隠れ里で暮らしていた。
魔族の身体は人族よりも寿命が長く、50年の月日が経っても、あの当時のまま若々しい。
しかし、あの事件の顛末を龍族のヌバックから聞いて以降、僕は心が死んだままだった。
ただ、朝が来たから起きて。
仕事があるから働いて。
お腹が空くから食事を取って。
そして夜が来たから寝る。
そんな生活を繰り返していただけだった。
そんな僕の心を救ってくれたのは、新しい命だった。
龍族の隠れ里に住む夫婦が、何千年ぶりかに龍族の赤子を生んだのだ。
龍族は、この世界が創造神様により創り出されてから、最初に生まれた生命体と言われている。
十万年前に十数名が生まれて以降、増えることはないとされていた。
なので、十万年以来の快挙といえるのだ。
僕は、そんな慶事の場に立ち会うことが許された。
そして、僕に名付け親になってほしいと頼まれたのだ。
多分、心が死んだような状態になっている僕を励ましたいという気持ちからだったろうと思う。
僕は、その赤子にマホガニーという名前をつけた。
マホガニーとは、もともと木材の名称だ。
高級感があり、加工もしやすいので、いろんな場面で役に立つ。
この赤子も龍族としての誇りを持ちつつ、龍族を新しい道へと導いてほしい。
そう願ってつけた名だ。
名付け親になったので、せっかくだから赤子のお世話をさせてもらうよう願い出た。
ミルクをやったり。
添い寝したり。
泣き止むまでおんぶをしたり。
ウロコもまだ柔らかく、赤子の肌同様もちもちとしている。
おんぶにしても尻尾は小さいので、可愛いものだ。
不思議なもので、手の中に汚れを知らぬ赤子がいることで、自分も頑張らねばという気になってきた。
龍族は寿命が長い代わりに、成長も遅い。
生まれてから30年経っても、人族でいう5歳児程度だ。
しかし、その頃には、やんちゃな少年としてマホガニーは僕と一緒に過ごしていた。
マホガニーは五歳児程度ではあったが、さっそく人族の姿を取ることができている。
これほど早く人族化を習得することは珍しいらしい。
こやつめ、天才か。
よしよし、かわいいなあ。
僕は、ことあるごとにマホガニーを可愛がった。
マホガニーの両親が言うには、人族の姿の方が剣術の練習ができるからという理由で、マホガニーは頑張って人族化したらしい。
それも、僕と一緒に練習したいからだそうだ。
なんとかわいいやつ。
こやつめ、天使か。
あ、龍か。
よしよし。
そんな僕とマホガニーは、剣術や魔法の修行に励んだ。
ただ、僕には魔力がない。
しかし、魔力制御の修行はできる。
僕は得意の魔力制御を、マホガニーに教えた。
マホガニーは龍族なので、その身に莫大な魔力を有している。
しかし、それを十分に活用できるかは、魔力制御にかかっているのだ。
僕との修行のおかげで、マホガニーは剣術も魔法も超一流といえるほどになった。
さすが、僕のマホガニーだ。
ただ、惜しむらくは、少し脳筋かもしれないということだな・・・・。
会話の端々に、勢いだけの「アホかわ」な言動が目立つんだよなあ。
まあ、それもかわいいからよし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、魔導王国パールの首都を中心とした各都市では、魔道具について大きな変化があった。
リリー先生ことアマリリスが、ワインレッドの研究を引き継いでいた。
魔石を魔力増幅の媒介として使う技術は、古くから存在していた。
だが、魔力を持たない人族でも扱えるよう、魔石を安定した外部魔力源として魔道具に組み込む技術は、まだ確立されていなかった。
アマリリスが完成させたのは、まさにその部分だった。
魔力を蓄える石、魔石を魔道具に装着するのである。
こうすることで、事前に魔石へ魔力を蓄えておき、魔力を持たない者でも魔道具を扱えるようになった。
これは、魔道具史上の革命ともいえる出来事と言っていい。
魔石という新たな道具を必要とするが、事前に魔石に魔力を蓄えておくことで、大型の魔道具を起動させることも可能となった。
パール国王は、これを軍事兵器に転用した。
そのため、この新しい魔道具の技術に国が目をつけ、大きく力を入れるようになった。
また、その副作用として、都市のインフラに用いていた魔道具も改良されるようになった。
このため、魔力を持たない平民の人族も、魔道具の恩恵にあずかれるようになっていったのである。
ここに、ワインレッドが描いていた理想の一部が実現した。
リリー先生ことアマリリスが平民の人族が住む街を歩くと、人族の住む民家から明かりが見え、家族団らんの声が聞こえてくる。
「水が出てくるよ。お母さん。すごいや!!」
「そうね。魔石は値段が高いけど、水と明かり、そして調理に使う火まで出してくれるんだもの。本当に便利になったわ。この魔道具を作った人に感謝ね」
アマリリスは改良された魔道具への感謝の言葉を聞き、人族が喜んでいることに満足した。
龍族の隠れ里を訪れたアマリリス。
アマリリスは、ワインレッドに、かつて描いた理想が少しずつ実現していることを伝えにやって来た。
そして、ワインレッドとマホガニーが剣の鍛錬をしているところを見つけた。
「こんにちは。久しぶりですね」
リリー先生ことアマリリスは、かつてリリー先生と名乗っていた時に身につけていた深いローブを着て姿を見せた。
その言葉に気づいたワインレッドは、すぐに誰だかを思い出した。
「これは・・・・リリー先生?!どうも、お久しぶりです」
久しぶりにワインレッドに会えたアマリリスは、現状の魔道具の様子を説明した。
そして言う。
「どうですか?魔道具の功績は自分だと名乗りを上げる気はありませんか?改良型は国のすみずみまで広がっており、いまさら旧型に戻ることはありません」
「これほど素晴らしい魔道具の設計をしたのは、あなた、ですよ。この功績があれば、王族に復帰することも可能かもしれません」
アマリリスは嬉しそうにワインレッドに告げたが、ワインレッドは首を振る。
「リリー先生。お気持ちは嬉しいですが、僕にその気はありません。それに、そもそも改良型魔道具は僕の功績じゃありません。先生でしょう?」
「ですが・・・・」
「本当にいいんです」
「もし先生が改良したのでないとしたら、それは僕ではなく、親友のテェシでした。でも、あいつももういない・・・・」
「だからいいんです。僕は功績を上げたかったんじゃない。他人の笑顔が見たかったんだ」
「今は胸を張って、そう言えます」
そう言ったワインレッドは、近くで遊んでいるマホガニーを見て、笑顔をこぼしていた。




