第9話
「ちょっとあなた。あなた、エルマール男爵様の取り巻きよね?私たちをエルマール男爵様に会わせなさい!!それと・・・・」
「っ、なんでもないわ」
こんなふうに絡まれるのは、今日でもう三回目だ。
講座と講座のあいだに移動するのだけど、廊下を歩いていると令嬢たちから絡まれることが増えた。
そのたびに断っているんだけど。
近くにいる従者のクレオメは、むすっとした視線を令嬢たちに向けている。
やっちゃっていいですか?
そう目で聞いてくる。
ダメに決まってるでしょ。
だけど納得できないクレオメは、風属性魔法も操ることができるので、少しの風を起こして令嬢のスカートを揺らす。
令嬢たちはスカートが揺れるとキャアキャアと叫び、風のないところまで避難するのだ。
正直、助かる。
以前は突風を起こそうとしたぐらい過激だったんだけど、最近ようやく調整できるようになった。
クレオメは純粋というか、目標が定まると周りが目に入らない傾向にある。
ちなみに、エクレアとシェラも従者として側にいる。
ただ、エクレアとシェラは、僕が助けを求めるまでは手を出さないでいてくれるのだ。
いつもはそうしてもらっていたのだけど、今日は別の生徒から助け舟が出された。
「くすくす。君たち、みっともないよ。以前は箸にも棒にも掛けない態度を取っていたのに、今さらそんなことを言われても、男爵はいい気はしないよ」
「それに、男爵の友人にそんな態度を取る令嬢にもね」
そう言って助けてくれたのは、フェレット様だった。
フェレット・モンステラ伯爵令息。
この方は以前、ラナンから、実は身分を隠してアカデミーに通っているシルバー王国王太子ではないかと噂されている人物だと聞いたことがある。
フェレット様は「スレートの盾」寮長でもある。
以前、呼び出されたときにもいたが、あのときも僕を責めるような表情ではなかったので、よく覚えている。
そんな人が、僕に助け舟を出してくれたのだ。
あと、ナスからは、フェレット様はいつも周りに令嬢を侍らせていると聞いていた。
だが、今日は近くにいないようだ。
僕は、
「助けてくれてありがとうございます。おかげで助かりました」
と言って、頭を下げる。
「いやあ、いいんだよ。彼女たちもあからさまだよねえ。あんなことを言われて、いい気はしないよ。それに、君と話をしたかったんだ。今ちょっといいだろうか?」
そう言って、静かな場所で話をしたいと言われた。
僕は大人しくついていくことにした。
「実は、君とは話をしてみたいとずっと思っていたんだ。だけどその前に、あんなふうに責めるような真似をしてしまって、庇うこともできず申し訳なかったと思っている」
アキレア・クローバー侯爵子息の件のことを言っているみたいだ。
フェレット様は、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
この人も、コミュ力が高そうだ。
なんだか、ラナンと雰囲気が似ている気がする。
「で、本題なんだが、大将軍シェーラ様とはどんな関係なんだい?言っておくけど、僕だけじゃなく、シルバー王国の国民全員がそのことを気にしていると思っていい」
そう言って、フェレット様は僕の顔をじっと見つめる。
「君に絡んでいる令嬢の大半も、そのことについて聞きたいんだと思うよ。だから、僕がみんなを代表して聞いていると思ってくれ」
・・・・まあ、そうだよね。
僕が四人の寮長の前であんなありえない約束をして、本当にシェラが剣術大会という大勢の前で姿を現した。
大将軍シェーラがシルバー王国の表舞台から姿を消して、その行方は誰にも知られていなかったのに、だ。
僕が何かしたと思われても仕方ない。
そして、あの表彰式でのシェラの僕への態度。
周りからはっきり聞かれてはいないけど、僕とシェラの関係が気になるのだろう。
だから、僕はこう答えることにしている。
「実は、シェラ、いえ、大将軍シェーラ様とは家族のような付き合いをしています。もう少し詳しく言うと、母親代わりに育ててもらったんです」
「僕には十歳以前の記憶がありません。気が付いたときにはシェラ以外にも何人かのメイドがいて、その人たちに育ててもらったんです」
僕は自分が知っていることを話した。
誤魔化す必要はないからだ。
ただ、従者としてずっと側にいることだけは伏せておいた。
今も側にいるしね。
フェレット様は、僕の話を聞いて納得したとは言えない表情をしていたが、なんとか受け入れてくれた。
「う~ん。にわかには受け入れがたいが、嘘をついているようでもないし、とりあえず分かった。君に聞いても、これ以上詳しい話は出てこないようだしね」
「それに、実はシルバー王国の上層部では、君に質問などをして迷惑をかけるなと、大将軍シェーラ様直々に命令が下っている」
「だから、僕はいま違反しているわけだ」
そう言って、フェレット様は口に指を当てて、にやっと笑う。
おおう。
イケメンは、そんな仕草にも男の色気がある。
僕はちらりとシェラの方を見るが、別に怒っている様子はない。
ほっ。
良かった。
こんなことで罰せられるのも後味が悪い。
僕は、このフェレット様が嫌いではない。
話してみて分かったけど、貴族らしくなく、平民の僕の話もよく聞いてくれるし、とても感じのいい人だと思った。
今まで僕が出会った貴族は、平民を見下し、利用し、物のように扱う人ばかりだったから。
「最後に、これも聞いておきたいんだけど・・・・」
何だろう。
答えられることは全部答えよう。
僕がそう考えていると、全く思っていなかったことを聞かれた。
「ラナンキュ・・・・、ゴホン。ラナン様、いや、ラナンのこと、どう思っているんだ?」
ラナン様?
ラナン様って言った?
今、この人。
ラナン様って、ラナンのこと?
この人、今、ラナンのことを様づけした?
ラナンって平民かと思っていたけど、貴族のフェレット様が敬称をつけるということは、貴族だったのかな?
「えと、どう思うと言われましても、いい友人だと思っています」
「それだけかい?!」
「え・・・・、あとはどう思えばいいんですか?それよりも、ラナンって貴族なんですか? 平民だと思っていたので、そのように接しろということなんですか?」
僕がそう聞くと、フェレット様はしまったという表情をする。
「いや・・・・そんなことはない。ただ、無礼な真似を・・・・いや、なんでもない」
僕はついでに聞いてみる。
「僕からもいいですか?フェレット様は、シルバー王国の王太子という噂があると聞きましたが、本当のところはどうなんですか?」
僕がそう質問すると、フェレット様の頬がぴくりと動いた。
「誰から聞いた噂だ?」
「え~と、ラナンですけど」
フェレット様は僕の答えを聞いて、はあ、とため息をついた。
「一応、一応、王太子らしい振る舞いをしているつもりだ。一応な!だが!しかし!アカデミーでは、王太子を探すことは禁じられている!!」
「今回は大目に見るが、君も気を付けたまえ!!」
「聞きたいことはそれだけだ。時間を取らせてしまい申し訳なかった。それでは、これで失礼する」
そう言って、フェレット様は去っていった。
あの様子だと、王太子ではないが、そう思わせるような振る舞いをしろと命令を受けている、ということか。
たしかに、王太子が身分を隠してアカデミーにいると言われれば、誰だって探したくなる。
その身代わりの役をするよう命令を受けているというなら、先ほどの言動も納得できる。
もしそうだとしたら、フェレット様は王太子の側近か、それに近い人物だろう。
とすると、王太子は一体誰なんだ。
僕はもう出会っているのかな。
フェレット様の話から察するに、あまり目立たないように隠れているみたいだ。
まさか、剣術大会に出た人の中にはいないよね。
それに、フェレット様はラナンのことを気にしていたけど、ラナンと仲が良いのかな。
今度聞いてみよう。
夜。
談話室にて。
僕は昼間、フェレット様に出会ったことをラナンに話した。
それから、ラナンについてどう思うかを聞かれたことも話した。
「フェレットにも困ったもんだね。ごめんよ。彼とは、いわゆる幼なじみというやつだ。彼はとても優秀で、寮長を任されるほどだ。ぼくの自慢の幼なじみだよ」
「ぼくは残念ながら、そこまで優秀ではない。『シルバーの栄光』寮に入る程度だからね。だけど彼は情に厚い性格をしているから、ぼくと一緒にいる君が気になったんだろう」
「幼なじみのぼくの側にいていいやつかどうか、調べたんだと思うよ」
そう言って、ラナンは困った表情をしていた。
なるほど。
それなら納得できるかな。
それにラナンははっきり言わないが、ラナンは貴族。
それも高位貴族かもしれない。
はっきりとラナン様、と言っていたしな。
でもまあ、ラナンが自分から言わないことは聞かないでおこう。
言いたくないのかもしれないし。
「それよりも、フェレットはぼくのことを気にしている余裕なんてないのにね」
ぐふふ、とラナンは笑う。
「?」
僕が、なんで、という顔をすると、
「今、彼、婚約者とトラブっていて、婚約破棄をされるかもしれない事態なのだよ」
と言った。




